百四十五話
「……こんなもんか」
道路を塞ぐようにずらりと並べられた車両を見る。
その殆どは、タイヤをまともに接地させてはいない。
これらはデパートにいた時にしていたように、バリケード代わりに車体を横にして設置しているのだ。
もっとも、ゾンビ共が大勢押し寄せてくればこんなものはすぐに突破されてしまうだろう。
「っと」
腰にぶら下げていたバールを手に取り、自分の真横へと振り抜く。
ぐしゃりと頭蓋のつぶれた音がして、次いでゾンビの倒れる音がした。
視線を通りへと移せば、今こしらえたバリケード内には未だ多くのゾンビ共が存在している。
……こいつらも、後で綺麗に片付けておかないとな。
ひとつ、小さく嘆息する。
俺は駐屯地についてからしばらく、ゾンビのいる中放置された車で簡易的なバリケードを作り、その周囲のやつらを殲滅するという、この作業を繰り返していた。
「……」
数日前。
俺たちが駐屯地に到着してまず行ったのは、自衛隊本部との会合だった。
そこでは俺の他に、織田さんとその部下二人も同席しての話し合いとなった。
その場でまず確認されたのは、俺のこの力のこと。
報告にはあがっていただろうが、本部としては、実際にその目で見ておきたいと言うのが心情という物だろう。
それについてどうこう言うつもりもない。
もっとも、その場でできることなど限られているので、単に馬鹿力を見せる程度が関の山だったがな。
俺の力を見た彼らの反応はといえば、そこにあったのは戸惑いが主だっただろうか。
勿論怯えや、訝しげな視線も向けられ、そんな様々な感情が渦巻く中、しかし強い敵意の反応がなかったことについては、ひとつ胸を撫で下ろす気持ちだった。
ここまで来てそんなことになったのでは、酷く面倒だし、またデパートの皆に申し訳も立たないからな。
ちなみにだが、俺はそこで自分の力の全てを明かしてはいない。
具体的に言えば、スキルのことと、そしてアイテムボックスのことだ。
これらについては、まだ話すには時期尚早で、もう少し信頼を築いてからで良いだろうという考えだった。
勿論織田さん達とも口裏は合わせてある。
これらについて明かすのは、怯えや疑念からきていると思われる、少しだけ感じる敵意が綺麗さっぱり消えてからでいいだろう。
相手の心が読めるスキルでもあれば、俺としてもこんな警戒などしなくてもいいのだがな。
その後は、そんなゾンビをものともしない俺が、彼ら自衛隊を手伝う意思があると言う表明をしてからの、今後の作戦行動についてを話し合った。
その場に織田さん達を連れて来た意味は、そこにあった。
俺は正直なところ、ことゾンビに対しての作戦を立てることに関しては、自衛隊なんかよりは織田さんの方がよほどうまくやるのではないかという考えがあった。
パンデミック初期に自らの判断で迅速に警察署を封鎖する勘の良さや、また警察署を避難所にしてからの物資調達で一人も犠牲者を出さなかったという織田さんの手腕は、賞賛に値するだろう。
詳細な事情は知らないが、いくつもの駐屯地を崩壊させた自衛隊より俺にとっては信頼が置けた。
だからこそ、これから自衛隊が何か作戦を立てる際には、織田さんも共にそれに加わって欲しいと考えていたのだ。
自衛隊と合流して、やっとゆっくりできると織田さん達が考えていたなら申し訳ないと思ったが、そんな俺の思考を話したら彼らは嫌な顔ひとつせず、了承してくれた。
むしろ、俺にそこまで信頼されているなんて、と嬉しさをあらわにしたくらいだ。
そしてそんな織田さんを加えての会議で決まったのは、まずはこの駐屯地をより安全なものにすると言うこと。
具体的に言えば、駐屯地周辺、一定の範囲内を壁で塞ぎ、新たに外からゾンビ共が来るのを防ぐ、という単純なものだ。
自衛隊が防衛線を張っている場所からさらに距離の離れた場所にこれらを作れば、駐屯地の安全はより確実なものになる。
しかし口で言うのは簡単だが、これにはかなり長い期間を要するだろう。
さすがにその範囲が広すぎて、デパートの時とはわけがちがう。
「ふーっ」
一人大きく息を吐く。
そう、この場に生きている人間は、俺しかいない。
今の作業は、俺一人で行っていた。
もっとも、この壁を作る作業の全てを俺だけでやると言うわけではない。
今は、仮の壁を作っているだけのこと。
ある程度の安全を確保してから、本格的に自衛隊が着工すると言うわけだ。
胸ポケットから地図を取り出し、ペンで印をつける。
取り敢えず目標としていた範囲への壁の設置は、今日中には終わりそうだ。
……それにしても。
この作業については自分で言い出したことなんだが、酷く面倒なことを言ってしまったものだなと苦笑する。
当初は自衛隊も最初から共に作業をする方向で話が進みかけていたのだが、それを遮りこうして一人で作業することを俺は提案したのだ。
理由は二つあり、一つ目は単純に、"最初から共に作業すると提案して来た自衛隊の身を案じた"からだ。
俺の力を知ってなおそう提案して来た自衛隊は、やはり一目置ける存在で、そんな彼らにわざわざ無駄な危険を負わせたくはなかった。
そして二つ目は、こちらが理由の比率としては大きいのだが、"自衛隊にもっと恩を売っておきたかった"というのがある。
俺がこれまで彼らに売った恩といえば、以前那須川さんに頼まれてゾンビの群れを殲滅したことだろう。
しかしそれについては、デパートまで救助に来てくれたことである意味相殺されていると考えてよいと思う。
では何故またさらに恩を売っておきたいと考えたのか。
それは俺達デパートの面々を"特別扱い"して欲しいという考えからだった。
そしてその理由は、カエデにある。
カエデの左腕には、今なおあの時の噛み跡がうっすらと残っている。
駐屯地へ移動した際には当然身体検査も行われると予想していた俺は、デパートで待機となっていた那須川さんにカエデのことを話していた。
彼女が一度ゾンビに噛まれたこと。
それを俺が一つしかない薬で治したこと。
それを説明するのには、異世界のことを話すしかなかったというのは仕方のないことだろう。
話の流れから当然、俺の力の源が異世界由来のものであるということは、自衛隊の人達にも伝わっている。
ともあれ、そんな傷跡のある彼女だが安全であるということを彼に伝え、納得させた。
駐屯地についてからは念の為、避難民が寝泊まりしている宿舎とは違う別の部屋で俺とともに一晩過ごすことになった。
またその後もカエデはデパートの面々と共に、他の避難民とは少々離れた位置での生活をしている。
カエデについては自衛隊内で話は共有してあるが、俺の力と同様、避難民には伝えられていない。
それは余計な不安を煽ることで、当然の判断だろう。
自衛隊としては、そんな彼女がいることを少なくとも良くは思ってはいないだろう。
別に悪くも思ってもいないかもしれないが、ともあれそう言った理由で、俺は自衛隊にさらに恩を売りたいと思っているのだ。
「……さて」
死者の群れに囲まれながら、一度大きく伸びをする。
気付けば随分と、ゾンビ共が集まって来ていた。
そろそろまとめて狩ってやるとしようか。
俺はまたひとつ小さくため息をついては、空間に開けたアイテムボックスの次元の穴から日本刀を取り出し、ゆっくりと鞘から刀を引き抜いた。
まったりと?五章開始でございます。
また漫画版二話も更新されておりますので、そちらの方も是非是非チェックしていただけると幸いでございます!
今後とも、よろしくお願いいたします!




