百四十四話
9/26 二回目の更新です。
機体内部、左右に配置されたシートに少し窮屈そうにデパートの面々が腰掛けていた。
不安そうな顔つきをしているものが大半だろうか。
俺の隣に座るカエデも、おっかなびっくりと言った具合に、その身を俺に寄せていた。
そんな中にあって、見るからにわくわくとした様子の者がいた。
カエデのさらに隣に座るシュウだ。
その年頃の男子ともなれば、"こういったもの"に対しては恐れよりも好奇心が勝つのだろう。
他の面々と同じく不安げな表情を浮かべながらその手を繋いでいるユキとの対比が面白い。
その感情が表に出ていただろうか、視線に気づいたユキは唇を尖らせて俺を睨んだ。
この騒音が無ければ何を言われていたかわかったものじゃないな、と思いながら、軽く手を振って彼女に謝罪しておく。
自衛隊は予定通り昼間にはデパートに大型輸送ヘリでやってきた。
今俺たちがいるのは、そのヘリの中だ。
ちなみにヘリが来るまでの間、那須川さんは一人デパートに残り駐屯地へと一緒に運ぶ物資の選別などをしていた。
運ぶのは主に元々警察署内にあった武器の類などになったが、これは俺や織田さんとの話し合いの結果そうなった。
理由は単純に、食料品などは俺が現地で回収しやすいからだ。
またもう一つの理由として、織田さんがデパートに食料をなるべくそのまま置いていきたい、と考えていたというのもあった。
俺達はもうデパートを離れ駐屯地へと向かうが、もしこの近くで生き残っていた人達がいて偶然デパートに辿り着いたなら、それで生き延びてほしいという想いが織田さんにはあったらしい。
置き手紙なんかも律儀に残したりと相変わらず彼の人の良さがうかがえて、「せっかく柳木さんが集めてくれたのにいいかな?」なんていう彼の言葉に、俺は笑みを浮かべながら気にするなと言うしかなかった。
別にそれについてどうこうなど、元々考えていなかったしな。
操縦席側にあるランプが、赤から緑に変わる。
話によれば、ランプが緑の間はシートベルトを外して自由に動いてもいいらしい。
先程から落ち着かない様子のシュウが早速立ち上がって、そこにへっぴりごしでユキがついて行く。
しかし機内にある小窓から二人して外を覗いては、さっきまでの元気さはどうしたのか、暗い顔でシュウは席へと戻ってきた。
同じように立ち上がり外を覗いた他の面々も、同様の反応だった。
……上空からこの世界を見て、彼らは改めて感じたのだろう。
あの平和な世界はもう終わってしまったのだと。
隣にいるカエデに視線を送り、窓の方を親指で指差すと、彼女はこくりと頷いてゆっくりと立ち上がる。
手を取り小窓へと近づけば、長袖を着たカエデは、眼下に広がるゾンビで溢れた世界をぼんやりと見つめていた。
+++++
ヘリは無事に駐屯地へと辿り着き、降り立った俺たちは那須川さんらに早速居住区の方へと案内されることとなった。
ヘリポートから大所帯で移動する俺たちに周囲の自衛官の視線が突き刺さる。
自衛隊内で話は共有しているはずだろうから、大方、これは俺がいることによるものだろう。
そこに少々居心地の悪さと、また皆に対する申し訳なさのようなものを感じていると、それを吹き飛ばすような声が響いた。
「おにーさーん!」
そう声のする方に目をやれば、セミロングの黒髪と胸部についたものを揺らして駆け寄る見覚えのある姿があった。
その後ろから、これまた覚えのある少女達の姿も。
「おにーさん、良かった!来てくれたんですね!」
「おっ、おにーさん……?」
近づくなりサクラがそう言って俺に満面の笑みを浮かべるのを見て、そばにいたユキがぼそりと呟いてジト目で俺を睨む。
……いや、言いたいことはわかる。
いい歳した俺がそう呼ばれるのはなんとも面映ゆいものがあるからな。
その気まずさを誤魔化すように頭を一度かいて、咳払いをしてから俺は口を開いた。
「あー……ほら、言ってたろ。例の子らだよ。なんか知らんがこう呼ばれてな」
「ふーん……ふーん!」
「なんでそんな不機嫌そうなんだ……」
何故だか口を尖らせるユキに、頭を抱える。
そんな俺の気持ちなどつゆ知らず、ユキはすぐに笑顔になると、サクラと互いに自己紹介などし始めた。
と、見れば隣にいるカエデが両手で胸をおさえていた。
「……何をしてる?」
「えっ!?あっ、いや、何でもないですよ!?あは、あはは……」
俺の問いに、慌てた様子で自分の胸から手を離したカエデが、その手を所在なさげにわたわたと自分の前で振っては、赤くなって空笑いをする。
そうしながらも、彼女はちらちらとサクラの方を見ながら、何故だか小さく嘆息するのだった。
……二人とも、何を考えているんだか。
そう思い大きくため息をついた俺に、幼い少女が遠慮がちに寄ってきては、俺を見上げる。
その年齢よりも随分と背の低い彼女は、そのまま真っ直ぐに俺を見つめた。
その表情には、すでに畏れの感情はないように見えた。
むしろ、彼女に初めて会った時のような、キラキラと憧れているかのような感情を孕んだ瞳が俺を射抜いていた。
「あー、ナノハ。元気にしてたか?」
「うん!おじさんおかえり!ね、頭撫でて!」
「……別に構わんがな」
"威圧"スキルの影響で酷く怖がられていた時のことを思えば、彼女のその反応は随分と可愛げのあるもので、俺はそれに一つ安堵の気持ちを抱きながら、ナノハの頭に手をおく。
彼女は心地良さそうに、その顔を綻ばせた。
「……柳木さんは、凄いね」
「なんだ、唐突だな」
何故だか唇を尖らせているカエデを尻目に、ナノハの頭から手を離しては、そう呟いた織田さんに顔を向ける。
互いに挨拶などするデパートの面々とサクラ達を眺めて、彼は口元を押さえながら、僅かに瞳を潤ませていた。
「柳木さんがいなかったら、こうして自衛隊と合流なんてできなかった。そして柳木さんは、僕達だけじゃなく、この子達も救ったんだろう。やっぱり、凄いよ」
「……織田さんがいなかったら、こうはなってないさ」
何処か遠くを見るような目をする織田さんに、俺はそう返した。
それは世辞でも何でもなく、本心からの言葉だ。
そもそも彼がいなければ、ここに今避難してきたデパートの面々も、ユキだってきっといなかった。
合流以前の問題だ。
そいつは、紛れもない事実だろう。
元々他人のために尽力していた彼に、俺は偶然手を貸しただけに過ぎない。
サクラ達を救ったのだって、織田さんの言葉で自衛隊を探しに行くとなり、単にその道中で偶然救っただけのこと。
「まあ、織田さんにそう言われるのは、悪い気分じゃないがな」
そう言って、今にも泣きそうな彼の肩を叩く。
彼はそれに対して、不恰好な笑顔を俺に向けた。
……駐屯地に着くなり随分と賑やかなものだと、その場にいる面々の顔を見る。
気付けばその誰もが、笑顔を浮かべていた。
「……アザミさん」
ふと、カエデが俺のそばに寄ってきては、袖を掴んだ。
「うん?」
「えっと、怒らないで、聞いてくださいね?」
「……なんだ?」
「あの。やっぱり、アザミさんは、優しいです」
「……」
「だって、こうしてみんなを見て、そんな顔してるんですもん」
カエデにそう言われ、自然と自分の口角も上がっていることに気づく。
「そんな優しそうな笑顔、なかなかないですよ?」
ふふ、とイタズラっぽい笑みを浮かべながらのカエデの言葉に気恥ずかしさを覚えて、一度彼女から顔をそらす。
気持ちの上でも、彼らの表情を見て、きっと織田さんと同じような感情を抱いていたのを自覚していただけに、より決まりが悪かった。
「あー……まあ、気のせいだろうな」
その気恥ずかしさを誤魔化すように俺はあっけらかんとそう言うと、カエデにもう一度視線を向ける。
俺の答えに不服なのか、僅かに頬を膨らませながらも、彼女は小さく笑みを浮かべていた。
そんなカエデや、またここにいる面々を見て思う。
俺はこれからも、彼ら彼女らを助けていきたいと。
それは同時に、この駐屯地にいる面々も助けていくことになるだろう。
その行為は、俺がかつて望んだものではないのかもしれない。
だが今は、何故だかそんなことはどうでも良かった。
ただ守りたいものを守る、その過程で救える命があるのなら、それはそれでいいじゃないかと、そう思えるのだった。
これにて四章終了でございます。
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