百四十三話
9/26 一回目の更新です。
「……来たか」
独り言のように呟いた俺の言葉に、隣にいる織田さんが顔をこちらに向けた。
まだ彼には聞こえていないだろうが、俺には遠くで鳴るヘリのローター音が確かに聞こえていた。
魔力による身体強化で、聴覚も強化されているからだ。
この変わってしまった世の中で聞こえたそれは、自衛隊のものに間違いはないだろう。
「予定通り、狼煙をあげるとしよう」
車一つない立体駐車場の最上階で、発煙筒を焚く。
十分な広さのあるここにヘリを着地させようとあらかじめ準備していたのだった。
やがて上空には小さなヘリがやってきて、ゆっくりと駐車場に着地した。
その中から、見覚えのある顔が降りてくる。
その人物は一度俺と織田さんに向かい敬礼をした後に、ヘリの操縦席にいる自衛官へと合図を送った。
そうすると、ややあって、ヘリのローター音が止む。
そしてまたその中から、一人の女性自衛官が降りてきてこちらへと駆け寄ってきた。
俺がいるのをしっかりと確認した上で、安全だと判断し騒音を考慮してエンジンを止めたといったところだろう。
初顔合わせとなるその女性の自衛官と、また織田さんと那須川さんが軽く自己紹介を兼ねた挨拶を交わす。
「……柳木さん、すぐに来れなくてすみません」
その後、那須川さんはそう俺に向かって少し気まずそうな表情を浮かべた。
今は俺が駐屯地を離れてから二日目の朝。
彼の言葉のようには、俺は微塵も思っていなかった。
来ない可能性もなくはないと思っていたくらいだ。
「何を言ってる。むしろ思っていたよりもずっと早かったさ」
「そういっていただけると、助かります」
彼がこのような表情をしているのは、その言葉通りというのもあるのだろうし、また駐屯地で俺に助けを求めた負い目からというのもあるのだろう。
彼はあの時俺との約束を破った。
その事実は拭えるものではなく、しかしだからこそ、すぐさまここへと来れなかったことに必要以上の罪悪感のようなものを抱いているのかもしれない。
「で、これは救助に来てくれたということでいいのか?」
「はい。場所の確認と、無事の確認……は柳木さんがいるから心配はしていませんでしたが、ここを離れていないかの確認で一度来させていただきました」
そう言うと那須川さんはぐるりと一度周囲を見回してから、さらに口を開く。
「柳木さんの言っていた通り、ここなら十分な広さがある。大型ヘリも停めることができそうです」
「そいつは良かった。面倒がなくていい」
事前に受けていた説明では、彼の言う大型ヘリならこのデパートにいる人数を一度に運べるらしかった。
しかし全長10mほどもあるそれを使う場合、相応のスペースが必要となってくる。
この場所がそれに見合うものかは正直俺には分からなかったから、彼らは一度こうして見にきたということなのだろう。
無理だった場合は他に何処か一旦移動するなり、そのために範囲内のゾンビ共を綺麗に片付けるなりしなければならなかったから、手間が省けたな。
「一度軽く顔合わせなどしたいのですが、宜しいでしょうか?デパートの中に入らせていただいても?」
「ええ、構いません。一応ここにある物資や武器などについては資料にもまとめてありますので、その辺も確認してください」
「よろしくお願いします」
那須川さんと織田さんが少々ぎこちなくそう会話する様を見る。
織田さんは、何処か喜びを隠しきれないような表情をしていた。
思えば、警察署にいた頃から彼はこうなることを強く望んでいた。
避難民のために、自衛隊に救助されることを。
一度破れてしまったその念願がいよいよ叶うとなれば、その胸中はどれほどのことだろう。
そんな彼の気持ちを察して、俺は小さく笑みを浮かべるのだった。
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「織田さんは警察署長だったんですね。警察官の皆さんでこうして避難民の方々を保護していたなんて、素晴らしいですね!」
「いえ……僕らはやれることをやっただけのことです」
「そんな謙遜を。すごく立派なことだと思います」
デパート内を歩みながら、早くも意気投合したのか、そんな会話を続ける二人を見る。
織田さんと那須川さんは、似ているところがある。
知らぬ他人を助けようとする、その芯にある正義感とでも言うべきもの。
ならばこうなるのも当然と言ったところだろうか。
もっとも織田さんには多少暗い経験もあるのだが、それは那須川さんには預かり知らぬところで、少しだけ織田さんが苦笑いを浮かべているのに気づかないのは仕方のないことだろう。
「……柳木さん。あの時は本当にすみませんでした。そして、ありがとうございました」
「ん?あ、あぁ」
一度二人の会話が途切れたところで、ふいに那須川さんがそう俺に顔を向けた。
唐突なその切り出しに面食らって、そんな間抜けな声を出してしまう。
「……ここへすぐに来れなかったのは、本部の方で少し話し合いがあったからなんです」
「だろうな」
そう言うと、那須川さんは駐屯地での会議の内容を語った。
その辺りの話は、救助の必要はあるのかだとか、俺を引き入れることに危険はないのかだとか、予想していた通りの内容だった。
「正直、これは自分勝手な都合のいい妄想かもしれませんが……柳木さんは、自分達自衛隊を試しているのではないかと思ったんです」
「……」
「柳木さんは、自分達に何かを強く求めたりはしなかった。救助についても、約束についても。でもだからこそ、もしも自分達が柳木さんの期待に応えられたなら、柳木さんは力を貸してくれるのではないか、と自分は考えました。自分やナノハちゃん、サクラさん達を助けてくれたりと、柳木さんは決して危険な人物ではないということも加えて、それらも本部に話したら、納得してくれました」
そう語られた那須川さんの言葉に、一つ大きく息を吐く。
カエデにも言っていたように、自衛隊が救助に来たのならば、俺は彼らを手伝おうと思っていた。
そして、そこに彼らを試すような傲慢とも言える気持ちがあったことについても那須川さんに当てられ、俺は少々の居心地の悪さを抱く。
「そいつは、確かに随分と都合のいい話だな」
それを誤魔化すかのように俺は頭をかくと、言葉を続ける。
「だが、あながち間違ってはいない。ここにいる人たちが世話になるんだから、それ相応の働きはしようかとは思っていた」
「柳木さん……」
「まあ……多少条件もつけさせてもらうし、我が儘も言うと思うが、その辺りは我慢してくれ」
図星をつかれたことに苦笑いしながらそう言うと、那須川さんは「お手柔らかに頼みます」と笑顔でそれに応じた。




