百四十話
感度を鋭くした"常在戦場"の気配感知ならば、その動きを見ずとも感知範囲内に入った時点で、グールとゾンビの区別がつく。
予想していたことではあるが、デパートへの道中でもグールの存在はいくつも確認出来た。
やはりこのゾンビがグールに変わるという現象は、おそらくは世界中で起こっていると考えても良いのではないか。
空を見上げるゾンビの姿も散見出来て、いずれはさらにその数を増していくのではないだろうかという、嫌な予測もつく。
いよいよデパートとの距離も近くなって来ると、これまで通ってきた場所と比べ動いているゾンビの数も少なくなってきていた。
以前あそこを出た時にゾンビ共を一心不乱に狩り尽くした状況からそう変わっていないということだろう。
事きれた多くのやつらの死骸が、夏の暑さで酷い有様となっている。
こんな状況では、虫やら何やらが大量にわくであろうし、また何かしら疫病の類も発生するかもしれない。
そのような場合、俺のこの力があったとて、問題を解決するには至らない。
俺には、ゾンビ共を倒すことくらいしか出来ないのだから。
「……」
駐屯地を探しにいく前にこしらえた、デパートからやや離れた場所を囲むように設置したバリケードが目に映る。
道路を塞ぐように車両を横にして並べたそれらは、最悪用意した大型車両で突っ込めばぶち抜ける程度の簡易的なものだった。
ある程度の範囲内にそもそもゾンビを入れないようにと考えて作ったものが、取り敢えずこちらの方向から見る限りは、数体のグールを含むゾンビがいる程度で、突破された形跡はなさそうだ。
ゾンビの掠れたようなうめき声とは違うグールの咆哮は、その声量のためか、他の何かが作用しているのかは分からないが、ひどく周囲のゾンビ共を引きつける。
出掛けに念入りに周辺のやつらを処理していて良かったか。
バリケード前のやつらを無視して急ぎデパートへと向かう。
周囲は不気味なほどしんと静まりかえっていて、しかしだからこそ俺は安堵していた。
デパートに到着するなり立体駐車場の二階へと跳躍する。
「……無事だったか」
そこには、以前よりも数を増やした五人の見張りがいた。
「っと……柳木さんか。あんまりびっくりさせないでよ」
背後から声を掛けられたからなのか、その中にいた織田さんが驚いた様子でそう笑った。
その反応を見て、一つ胸を撫で下ろす気持ちだった。
「あぁ、すまないな……怪我人なんかは出ていないか?」
「うん、柳木さんのおかげでね。しかし、大変なことになったね」
少々その顔に疲れが見えているだろうか。
見張りの人数を増やしていることからも、織田さん達はグールについても認知はしているのだろう。
「あぁ。こんな状況になったのに、遅れてすまん」
「何、気にするほどのことじゃないよ、柳木さんも無事で良かった。おかえり、柳木さん」
織田さんはそう言って、笑顔を浮かべるのだった。
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「そっか、自衛隊は今そういうことになっているんだね」
立体駐車場の二階、場所はそのままに織田さんと話し合いをする。
俺はまずこれまで見てきた内陸の駐屯地の惨状を話した。
そのことごとくが全滅していたこと。
また国の重要施設なども同じであったこと。
最初は暗い顔をしていた織田さんだったが、その一因ともなった自衛隊の初期の対応についてを俺が口にすると、彼の顔色はすぐに変わった。
つまりは俺が自衛隊に会ってそれを聞いたということを察したのだろう。
それから、俺が偶然自衛隊の男と出会い、また一悶着ありそれで帰りが遅れた理由についても話した。
それを聞いた織田さんは何やら意味ありげな笑みをその顔に浮かべたが、俺は敢えてそれには触れなかった。
……彼も、敢えて口には出していないだけなんだろうと思う。
そして、無事な駐屯地を発見したこと。
そこには各地から自衛官が集まっていること。
今現在、国の上層部は行方不明であること。
また、一つ手助けをしたことも、一つ自衛隊と約束をしたことも、全て話した。
「皆んなには悪いが、自衛隊がこちらに来るかどうかは、半々というところだろう。彼らにしてみれば、"救助"の必要性は薄いと考えてもおかしくはない」
俺は彼らの前でこの力を見せた。
そしてこの力があるのならば、そもそも救助などしなくても何とかなるのではないか、と考える可能性も十分にあり得るはずだ。
「柳木さんがそんなことを気にする必要はないよ」
織田さんのその言葉に、周囲にいた警察官も頷いた。
なんなら柳木さんは自衛隊より頼りになるしな、なんて笑うものもいる始末だ。
俺が苦笑でそれに返す中、織田さんはさらに言葉を続けた。
「そんなことより……柳木さんは、力を明かしたんだね」
じっと、どこか申し訳なささえ感じる瞳で、織田さんは俺を見た。
大方、自衛隊を探しにいくと決めたことで、結果的に俺がそうせざるを得なかったことに何かしらの罪悪感のようなものを抱いているのかもしれない。
そんな彼を見て一つ息を吐くと、俺は口を開く。
「……力を見せたこと。そんなに、後悔はしていないさ。彼ら自衛隊はこんな世界になってなお、誰かを助けようとしている……織田さんのようにな。そんな彼らを助けるために使ったんだ、少なくとも今は、それほど後悔なんかしていない」
「柳木さん……」
俺の言葉に、織田さんは気恥ずかしそうに一度下を向くと、顔を上げて微笑む。
「まあ、国の上層部に知られるのは勘弁願いたいもんだがな」
「はは、気持ちはわかるよ。さすがに呆れるね……自衛隊との約束、何か条件をつけても良かったんじゃない?」
「それも考えたがな。救助についてもそうなんだが、そいつはやめておいた」
そう、俺は彼らに約束を破った場合どうこうする、などは言わなかった。
救助についても同様に、必ず来てくれなどとは言っておらず、お願いするに留めておいた。
それは、俺のこの力を明かしたからというのが大きな理由だった。
彼らは俺がグールやゾンビ共を駆逐した様を見て、もしも俺と本気で敵対したら、まず敵わないことを理解しているだろう。
俺はそんな力を盾に、彼らに約束を守らせる、言うことを聞かせる、などということはしたくはなかったのだ。
それでは武力で脅すのと何ら変わりないことであろうから。
勿論、向こうの捉え方次第では同じこととなるかも知れないが、だからこそ那須川さんには救助に来てくれなくとも文句は言わないと伝えた。
そしてわざわざこうした一番の理由は、傲慢なことかもしれないが、俺は彼らの気持ちをもっと量りたかった。
那須川さん個人については、その中にある熱い想いをこれ以上ないほどに理解出来た。
だが自衛隊全体での想いはどうなのだろうか。
遠くのこの場所まで来るのであれば、さらに信頼に足るものであると言えるのではないだろうか。
「なるほどね……」
「あぁ。彼らが救助に動くようであればいいんだがな……おそらくだが、あの走るやつら、グールはこの先数を増やしていくだろう。そうなれば、俺達だけで農業などとてもやってられん。それならある程度の信頼のおける武力を持った集団と合流した方がいいだろう」
「そうだね……よし、じゃあ色々と準備しなきゃいけないね。とは言ってももう大分終わってあるから、そんなにやることもないだろうけど」
織田さんは一つ頷くと、そう言って見張りの人らに声を掛けてから、無線を手に取る。
予めどう動くか決めていたかのようにテキパキと指示を出すその様子は、相変わらず頼りになるものだった。
「柳木さん、早速で悪いんだけど、少し手伝ってもらってもいいかな」
「あぁ、勿論さ」
さて、自衛隊はどう動くのか。
取り敢えずは、準備をして待ってみるとしようか。




