十三話 不二楓6
私は防火扉の前でそのまま一日過ごしてから、スタッフルームへと戻りました。
ふらふらとした私の足取りは、映像で見た感染者と見分けがつかないのではないかと思いました。
そしてスタッフルームにある私に割り当てられたリュックを持って、また防火扉の前に座り込みます。
「お父さん……」
ほんのわずかに残った食料を食べて、父の帰りを待ちます。
遠くに食料を探しに行ったわけでもなく、ただ、下に置いてある売り物を取りに行っただけ。
それなのに一日経ってもまだここに父がいないと言うことは、"そういうこと"なんだろうと頭では理解していても、すぐには受け入れられたものではありませんでした。
母のことは、父がいてくれたから、なんとか受け入れられた。
じゃあ、父のことは?
私は母がいた部屋、バックヤードの女子更衣室の方に視線を向け、それから頭を振りました。
私は、何を考えているんだろう。
でも、私はこれからどうすればいいんだろう。
答えの出ない考えがいくつも頭の中に浮かんでは消えて、私の意識は途切れました。
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それからどれくらい経ったでしょうか。
空虚になった私は時計を見ることも忘れ、ただひたすら無為にその場に座り込んでいました。
何度目かの空腹を耐えていましたが、それでもやはりお腹は空いて、私はぼーっとした頭のままスタッフルームに戻り、何かないかと父のリュックを開きました。
そこで私が見たものは、ほとんど手つかずの携帯食料でした。
「嘘……」
リュックの中身を全てテーブルの上に開けると、食料は約二日分程丸々残っているようでした。
最初に母に渡した食料は一日分で、その残りの二日分を二人で分け、一人四日分でやりくりしていたのですが、父は十日近くの間さらに少ない二日分しか食べていなかったことになります。
「なんで……」
と、テーブルに無造作に置かれた物の中に、綺麗に折りたたまれた紙を見つけました。
私は震える手でそれを掴み広げると、中に書かれたものに目を通しました。
『楓へ
楓はいい子だから、この手紙を読む時は、きっと本当にお腹が空いてどうしようもなくて、とうさんの荷物を開いた時だと思う。
そしてその時はきっと、とうさんは楓に会えない状態なんじゃないかと思う。
かあさんがああなってしまって、この上さらに、楓を一人残してしまうことを許して欲しい。
食料はもっと残して置ければ良かったんだけど、これでもとうさん結構頑張ったんだぞ?
最初から救助がすぐには来れないことがわかっていれば、もう少し残せたんだろうけど、ごめんな。
少しずつ、少しずつ食べて、1日でも長く生き延びるんだ。
とうさんだって出来たんだ、楓ならもっと上手くやれるさ。
そうしたら、そのうち救助が来たりするかもしれない。
もしかしたら電気が戻って、電話も戻って、救助が呼べるかもしれない。
それとも、通りすがりの誰かが助けに来てくれるかもしれない。
とうさんは、感染者の奴らなんて怖くないんだ。
いや、全然怖くないなんて言えば嘘になるかもしれないけど。
でもそんなことよりも、楓を一人残してしまうことがとても怖い。
楓が無事に生き延びてくれるかとても心配なんだ。
ああ、書きたいことがたくさんあるけど、上手く言葉に出来ないよ。
楓、愛しているよ。
とうさんもかあさんも、楓のことをたくさん愛しているんだ。
楓、とうさんからのお願いだ。かあさんもきっと同じことを思ってる。
楓、生き延びてくれ。
どんなことをしても。何をしてでもいい。悪いことだってしてもいい。
楓はいい子だから、出来ないかもしれないけど、それでも。絶対に、生き延びてくれ。
とうさんより』
読み進めるごとに私の視界はどんどんとぼやけ、手紙の上に、ぽたりと私の涙が落ちました。
最初からぼやけていたインクの上に落ちた涙に触れて、父もきっと、この手紙を書きながら涙をこぼしたんだろうなと思いました。