百三十七話 松葉なのは2
8/1、2回目の更新です。
駐屯地には私のような避難民が大勢いた。
恒之さんや自衛隊の人達は、そんなみんなを守るヒーローだと思う。
でも、やっぱりテレビの中にいるようなヒーローなんて、現実にはいない。
避難した先の駐屯地までもが感染者にめちゃくちゃにされた時、私は改めてそう思った。
「おじさん、すごいね!」
マンションの一室で、私は目の前にいるおじさんに、目一杯の笑顔を浮かべた。
自衛隊の駐屯地が崩壊して、恒之さんと他の駐屯地を目指している最中。
車が故障して感染者に囲まれて、難を逃れようと近くの民家へと駆け込んだ。
二階の部屋に逃げ込んで、入られないようドアの前に箪笥を置いた。
それでも今にも突き破られんばかりに激しくドアは叩かれて。
窓から飛び降りるにしても、外にもたくさんの感染者がいた。
そんな絶体絶命のピンチを救ってくれたのが、目の前にいる柳木薊さんというおじさんだった。
あんなにたくさんいた感染者を全部倒してきたと、おじさんは言っていた。
嘘みたいな話だったけど、このマンションに移動してくる時も、おじさんはまるでヒーローが雑魚敵を倒すみたいに、一人で感染者をばっさばっさと薙ぎ倒していた。
あの日から完全に無くしたと思っていた淡い期待が、私の中でまた少しだけ顔を出した。
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「……相手が、悪かったな」
耳鳴りのする鼓膜に、さらにもう一度拳銃の発砲音が響く。
まるでゴミでも投げ捨てるようにおじさんがその手を離すと、ついさっきまで生きていた人の亡骸がごとりと床に落ちた。
……おじさんは、人を、殺した。
あっけなく七人の命を奪ったことに対して何か気にするそぶりもなく、おじさんは大きくため息をつくと、こちらを振り向く。
目が合って、言いようのない恐怖が全身を駆け巡った。
あの殺された人達は、間違いなく悪い人達だった。
おじさんは、そんな悪い人達から私と恒之さんを助けてくれた。
それを分かっていながらも、何故だかずっとずっとおじさんのことが怖かった。
やっぱり、人を、殺したから?
でも、おじさんは捕まっていた人達も救って、一人で外に出てお洋服まで用意してあげてた。
そんなおじさんが、怖い人なわけないのに。
自分でも訳のわからない感情に支配されたまま数日を過ごして、あの出来事が起こった。
交差点のど真ん中でワゴンが横転して、周りをたくさんの感染者に囲まれた。
今度こそ、私はここで死ぬんだって思った。
でも、そうはならなかった。
フロントガラスの向こうでは、まるで漫画かアニメのような現実離れした光景が繰り広げられて。
視界いっぱいに倒れ伏すたくさんの感染者の亡骸を前に、おじさんは、涼しい顔で立っていたんだ。
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おじさんは、自分のことは他の人に言わないようにって言ってた。
テレビの中のヒーローが自分の正体を周りのみんなに隠してる、なんてのはよくある話で、それと同じようなことが現実でも起きていることに、私の胸の鼓動は少しだけ早くなった。
「……柳木さんなら、この状況を、どうにかできたり、しますか」
そんな約束を、恒之さんはすぐに破ってしまった。
でも、私はそんな恒之さんを責められない。
今でもはっきりと覚えている。
駐屯地でよくしてくれた人達がたくさん死んでいく様。
一緒に脱出出来たのに、道中で怪我を負ってしまった人が、別れ際に見せた言葉では言い表せない表情。
あの時と、また同じようなことが起こるかもしれない。
そんな状況で、恒之さんがおじさんのことを黙っていられるはずもなかった。
私だって、そう。
パパとママと別れた時、もう死んじゃおうかと思った。
でも恒之さんがいてくれたから、私はまた笑顔を取り戻すことができた。
もう二度とあんな思いはしたくないし、ここに避難している人たちにだって、そんな思いはして欲しくない。
約束を破ることになっても、私だって、勇気を出しておじさんに助けを求めようと思ってた。
恒之さんはそんな嫌な役目を買って出てくれたんだ。
……おじさんは、恒之さんを責めなかった。
その代わりに、遠くを見ているような、何処か悲しい目をしてた。
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私はどうして、おじさんのことを怖がっていたんだろう。
このピンチも、おじさんは救ってくれるはずなんだ。
だっておじさんは、きっと、本物のヒーローなんだから。




