百三十六話 松葉なのは
8/1、1回目の更新です。
「なのはは本当にそういうの、好きよねえ」
テレビの前から離れない私に、ママが呆れたように笑った。
テレビの中ではヒーローが怪人と対峙して、いよいよ最後の必殺技を繰り出そうとするところだった。
日曜日の朝から流れる子供向けテレビ番組。
春休み明けから6年生になる私がまだ見ているのは、子供っぽいかなーなんて思う。
せめて女の子ならこの前番組のアニメを見ているんだろうけど、私は幼い頃からこういう特撮ヒーローモノの方が好きだった。
「えー。だって、カッコいいでしょ?恒之さんも、そう思うよね?」
「うーん……まあ、ヒーローには憧れるよね」
私の言葉に、隣に座る恒之さんは優しい笑みを浮かべた。
恒之さん。
本当は、恒之叔父さん、なんだけど、いつだったかそう呼んだら少し複雑そうな顔をしたから、それ以来、恒之さん、って呼んでる。
その時はママも、まだおじさんには早いかしらね、って笑っていた。
ママの弟で、自衛隊で頑張っているらしい。
今日はたまの休みで、久しぶりに会えて私はこうして一緒に過ごしているのだ。
私は小さい頃から、恒之さんのことが好きだった。
テレビの中のヒーローには敵わないけど、自衛隊で頑張る恒之さんもまた、私の中ではヒーローだったから。
「僕もかっこいいと思うよ。男ならヒーローに憧れるもんだよな」
少し離れた場所でパパが新聞の陰から顔を覗かせる。
いつも忙しそうなパパだけど、今日は恒之さんが来るからと、珍しく朝からゆっくりしていた。
「ほらー。パパも恒之さんもこう言ってるー」
必殺技が当たり大爆発すると共に怪人を倒して、決めポーズをするヒーローに満足して、ママの方を向く。
ママは少し困ったような苦笑いを浮かべて、まあねえ、と適当に相槌を打った。
「むー」
ママのその様子に、唇を尖らせる。
きっとママは、せめて女の子らしいのを好きになれば良いのにとか、そんな子供っぽいものをだとか、そんなことを思っているんだろうな。
まあ、私ももう子供じゃないんだから、分かってる。
いくらかっこよくてもこれは全部作り物で、現実にこんなヒーローはいないんだって。
でも、幼い頃はそんなヒーローの存在を私は信じていて、そのことを時折思い出しては、実は本当にいたら良いのになあなんて今も淡い期待を抱いていた。
「あはは、ごめんごめん。まあ、なのはが明るくいてくれるならなんでもいいわよ」
「パパもママも、いつも言ってるもんね。大丈夫、なのはは今日も元気だよ!」
私のその言葉に、パパもママも、恒之さんも微笑んだ。
いつだったか、パパとママは言っていた。
なのは、って名前は、私がいつでも明るくいられるように、って願いが込められているんだって。
なんでも、菜の花の花言葉から来ているみたい。
私はそんな願いの込められた自分の名前も、また大好きだった。
+++++
「うっ……」
自分が泣いていることに気づいて、ハッとなって目を覚ます。
どうやら、夢を見ていたようだった。
硬いコンクリに寝そべっていた私は、一瞬今ここがどこなのかが分からずに、慌てて周囲を見渡した。
周りには、私と同じように横になっている人や、膝を抱えて俯いている人が何人かいて。
"ここを囲っている金網"に手をかけて黄昏れるように遠くを見ている人がいた。
……そうだ。
ここは、私の通っている小学校の、屋上だった。
さっきまで見ていた夢を思い出す。
自然と、また涙が溢れ出てきた。
世界が壊れてしまったあの日、私はパパとママと一緒に学校に避難していた。
けどそう時間もたたないうちに、避難所は避難所でなくなってしまった。
暗闇の中、パパとママと必死に逃げ回った挙句、私はただ一人この屋上へと辿り着いたのだった。
私とママを庇って感染者に捕まったパパの最後の言葉。
私を庇って感染者に噛みつかれたママの最後の姿。
屋上に避難してからそれは何度も私の頭をよぎって、その度に私は泣いていた。
やっぱりテレビの中のヒーローなんて作り物なんだって、苦しいほどに理解させられる。
そんなヒーローがいたら、こんな、苦しい思いなんてしてないはずだもの。
パパだって、ママだって、きっと助けてくれたはずだもの。
声を押し殺して、周りの人にバレないよう顔を腕で覆って、静かに涙を流す。
そんな私の悲しい気持ちを嘲笑うかのように、私のお腹が小さく鳴った。
「……」
ここに避難してから数日。
食べ物は、何も無かった。
あの日、みんな慌てて逃げ回ってここに辿り着いた人たちばかりなのだから、当然だった。
幸運だったのは、屋上に設置してある貯水槽を開けることができたことだった。
そこにある水だけが、私たちをこうして生きながらえさせている。
あと何日生きることができるだろう。
このまま、お腹が空いて、みんな、死んじゃうのかな。
パパ、ママ。
私はもう、明るく笑顔でなんて、いられないよ。
+++++
轟音を響かせながら上空にホバリングするヘリから降りてきたのは、私のよく知る顔だった。
「ナノハちゃん!」
避難所でママが言っていたことを思い出す。
その言葉通りにとは言えないけれど、それでもこうして恒之さんは私の前に現れてくれた。
私は恒之さんの胸に飛び込んで、ボロボロ泣いた。
もう限界だった私は、何を言ったのかも覚えていない。
覚えているのは、恒之さんもたくさん泣いていたこと。
そして、そんな涙をこぼすちょっと頼りない恒之さんは、やっぱり私にとってヒーローだと感じたことだった。




