百二十六話
「……そのどちらかを選ばなければならないのであれば、全員で、移動することを選びます」
長い沈黙の後、那須川さんは静かに言葉を発した。
そう答えるだろうとは、思っていた。
彼は昼間、俺が一人で車を探してくると言った時、それをよしとはしなかった。
そこに含まれていたのは、自国民を守りたいという自衛官としての矜持のようなものであったのだと思う。
ならば当然、俺が一人で駐屯地まで行ってくる、というのは彼にしてみれば到底受け入れられるものではないのではないか。
勿論、自分の目で駐屯地の状況を見たいという想いもあるのかもしれないがな。
「なら、それで決まりだな」
「……」
そう言う俺の言葉に、那須川さんは反応を示さなかった。
口を閉じ俯き、視線こそこちらに向けていないが、しかしそれは俺の提案に抗議をしているかのようだった。
正直な話、彼の言わんとしていることは、言葉にされなくとも理解出来ているつもりだった。
全員で移動するということは、その分だけサクラ達を新たな危険に晒すことになる可能性がある、ということだろう。
だが現実問題、ここまでに挙がった三択では、俺にしてみればこの方法がやはり一番マシに思えるものだった。
「……以前。パンデミックから一ヶ月程経った頃か。警察署と市役所が隣り合っている避難所にいてな」
どうにも納得がいっていないが、しかし俺のスキルの余波のせいでそれを発言も出来ないでいると思われる那須川さんを見て、俺は口を開く。
「自衛隊のヘリが救助に来た。彼らは後日また来ると言って、市役所にいた人達を連れて行った……だが、そのヘリがまた来ることはなかった」
その言葉に那須川さんは目を見開いて、顔をあげてこちらを見た。
かと思えば、すぐにその頭を深く下げた。
「すっ、すみません、自分達が、至らないばかりに……」
那須川さんがそうするのも当然だろう。
俺の話し振りでは、彼からしたらその不手際を責められているのだと思うはずだ。
ましてこんな状況の中だ、それは俺達の命を見捨てたのかと、続く言葉でさらに責められるのだと考えても仕方のないことだろう。
「なっ、なにか、事情が……」
「那須川さん、頭を上げてくれ。何も、謝って欲しいわけじゃない」
だが、俺の言いたいことはそんなことではない。
そもそも、俺には彼らがそれを出来なかった理由が、わかっているのだから。
「……その、事情ってやつだ。結論から言えば、その駐屯地は墜ちていた。だが付近の海岸線には、自衛隊の車両があった」
本当は、現段階ではこの話をするつもりではなかった。
だが、無事な駐屯地を見つけたら遠く離れた場所へと救援を送ってもらうのだから、結局はその時に話すことになる。
ならばここで話しておくのも構わないだろう。
「それならあの時に救助に来た自衛隊は、まだ生きている可能性があったということだ。だが結局彼らが救助に来ることはなかった」
顔をあげて、じっと俺を見る那須川さんにさらに言葉を続ける。
「彼らのその後の事情は知らんが。何にせよ、今から向かう先の駐屯地が無事だとしても、なんらかの事情で救援を飛ばせない可能性は十分にあり得るということだろう?」
そうなった場合、織田さん達デパートの面々なら自衛隊の救援が出せなくとも俺が戻り手助けすればいいだけだが、サクラ達の場合は違う。
今ここで俺が一人で駐屯地まで行ったとて、余計な手間がかかるかもしれない。
だからこそ、俺の提案は全員で移動することなのだ。
「柳木さんの考えは、分かりました。その通り、だと思います」
「納得して貰えたようだな」
目を伏せて、そう答える那須川さんを見て思う。
俺の提案の理由に納得はしたようだが、流石に新たな疑問が浮かんだか。
「……あの、柳木さん。一つ、お聞きしたいのですが。柳木さんは、どうやって、その駐屯地の状況を知ったのですか……?」
声を震わせながらの那須川さんのその問いに、俺は一つ息を吐いて口を開いた。
+++++
那須川さんとの会話を終えて、俺は一人で一階にいた。
サクラ達への説明は那須川さんに任せて、翌日の準備をしていたのだった。
明朝から、全くの無力の女性五人とナノハを引き連れての移動となるが、マンションの一室で決めたルートを通ればそこまで面倒では無いはずだ。
人口の多い地域をなるべく避けての移動となるから、ゾンビに関しては車に乗っている限りは特に問題は起きないだろうし、また何処かに宿泊する際も俺が先に降りて適当に蹴散らしてやれば大丈夫だろう。
それにこの周辺は元々それほどゾンビの数もいないはずだからな。
むしろ心配すべきは、人口の少ない場所だからこその、生存者との遭遇だろうか。
モモのじいさんのところのようにコミュニティを築いている人達がいるかもしれないし、ここにいた青年達のようなやつらもいるかもしれない。
道中なるべく生存者とは関わり合いになる気はないが、もし出会ったのならそこが安全そうなコミュニティであるならば、ナノハ以外の女の子達はそこへ預けるというのも一つの手かもしれない。
「……こんなところか」
一階で車の準備を終えて、一息つく。
青年達の使っていたワゴンの窓には透過率の低いカーフィルムが使用されており、そういう意味でも移動に適しているのでは無いかと思われた。
ゾンビは人間の姿を見ると、執拗に追ってくる。
外からの視認性の悪いスモークガラスなら、多少はそれをごまかすことも出来るのではないか。
もっとも、夜目の利くあいつら相手に実際どれだけ効果があるのかは分からないから、さらに視界が通らないよう念の為布で簡易的なカーテンも全ての窓に取り付けた。
ガソリンは、もしもの時に使うだろうと大量にアイテムボックスに入れてあったものを使いほぼ満タンまで補給した。
目的地である駐屯地までは、これで十分に保つはずだろう。
あとは明朝、これに乗ってここを出るだけだ。
「……」
先ほど会話していた時の、那須川さんの様子を思い出す。
俺は、一人で駐屯地を見に行ったということを、隠さずに彼に話した。
でなければ、あのデパートから程遠いこの場所にわざわざ自衛隊の救助を求めに来るのは、話がおかしいからな。
もっとも、最近見に行ったあの地獄のようにゾンビ共が溢れた駐屯地の状況については、多すぎて近づけなかった、と言うことにはしたが。
他の駐屯地についても、地理的に大都会を挟むから、という理由だ。
だからこそ、遠くとも人口の少ないこちらの方面に来たのだと言うことにしてある。
それを聞いた彼は、酷く驚いた様子だった。
俺が駐屯地の状況を一人で見に行ったことに対してもそうだったのだろうし、また何より、俺がそれだけの距離を移動してここにいるとは思ってもいなかったのだろう。
当然の反応だ。
むしろ普通の感覚であれば、疑ってかかってもおかしくないくらいの内容ではないかとすら思える。
だが彼はその話を信じた。
一度喉を鳴らし、柳木さんなら可能かもしれませんね、と。
そしてその後は、またも彼は俺へと頭を下げた。
警察署にヘリを飛ばせなかったのもあわせて、俺に今こうさせていること自体に、酷く罪悪感を抱いているようだった。
彼からしたらあの駐屯地の面々は、遠く離れた別の部隊。
ヘリが来れなかったのは、あくまでその部隊が撤退を余儀なくされたからだ。
言ってしまえば、彼自身には、何の非も無い。
しかしそれでも、彼はああして自衛隊という大きな括りの中で、責任を感じていた。
それこそ、頭を上げてくれと言ってから見せたその瞳に、涙を浮かべていた程にだ。
「……仕事熱心、か」
青臭い。
そう思っていた彼に、俺は少しだけ好感を抱くのだった。




