百二十一話
「一応、警戒していてくれ」
床に座り怯えた視線を送る那須川さんとナノハの方を見ずにそう言うと、俺は一人部屋を出た。
そのまま通路を進み、階段を見上げてため息をつく。
取り敢えずは、何とかなった、か。
敵意感知から、こうなるかもしれない、と予想は出来ていた。
最初に危機感知が働かないせいでどういうつもりかと思ったが、つまりは実際に彼らは本当に仲間を探していたのだろう。
だがあの問答の後に向けられた殺意は本物だった。
俺からすると、それは"有難い"話だったがな。
自衛隊員である那須川さんの前で、敵意を向けているから、などと言う目に見えない理由でやつらに危害を加えるなど出来るはずもなかった。
そういう意味でも、早い段階で彼らがその本性を剥き出しにしてベラベラと喋ってくれたのは好都合だったという訳だ。
だが、状況からして少々無茶をせざるを得なかったも事実だ。
俺だけならばどうということもないが、隣には二人がいた。
もしあの場で二人に銃弾が放たれた場合、それを全てはたき落とすことも不可能ではなかっただろうが、それはさすがにやりすぎだ。
なので今回はかなり強めの"威圧"を使わせてもらった。
そして攻撃の意思を失わせ、念の為那須川さんらから射線を外すように移動した。
あとは"動きの止まった的"に弾を当てただけの話だ。
まあ、射撃についてはこれまでに少々練習したから出来ることではあるんだが。
得意ではないが、投げナイフの応用と考えればそこそこ上手くいった。
……まだ投げナイフの方が勝手は良さそうだがな。
しかし警察署でカエデを助けた時の比ではない強さの威圧スキルの余波は、あの二人にかなりの影響を及ぼしたことだろう。
さすがにあの明るく快活な少女、ナノハから向けられた表情と瞳には、少々胸が痛む。
二人への対処だけならばまだいいが、問題はそれ以外にもまだ残っていることに憂鬱な気分になりながら、頭をかいて階段を上る。
建物内の全ては感知範囲ではないからこれ以上いるかもしれないが、感知しているこの五人の気配。
青年の言葉から、これらは全てやつらに囚われていた女達、ということになるだろう。
階段を上がり、通路に大量に物が置かれているのを見て、俺はまた一つため息をつく。
内側から開けられないよう、もしくは無理矢理にでも開けようとした場合にすぐに気付けるようにしたのだろう。
オフィステーブルなどの重い物が、ドアを塞ぐように置かれていた。
それらを寄せて、二度ノックをしてからドアを開ける。
まず向けられたのは、敵意を含んだ五つの視線だった。
視線の元を辿れば、扉からなるべく離れるようにして座る五人の女性の姿があった。
五人ともが若く、皆薄着で、下着姿の者もいた。
歳の頃は上は20かそこら、下は中学生くらいだろうか、カエデよりも幼く見えるような子もいる。
男達とは違い、皆それ程満足には食を取らせてもらえていなかったのか、少々顔色も良くないように見えた。
また顔以外にはアザのようなものがある子もいて、随分と乱暴に扱われていたのだろうことがうかがえた。
「……あー、なんと言えばいいか。殺されそうになったのでな、ここの男共には死んで貰った」
少々目に毒、というような光景と、痛々しい彼女達の姿を見て胸が痛んだのもあるだろう。
またそれに加えて、ずっと向けられる怯えを孕んだ視線を受け、少しだけ冷静で無かったのも手伝って、そんな随分と直接的な言葉が口をついた。
言ってから、もう少し言い方というものがあったろう、と自省する。
俺の言葉に困惑した様子の彼女達だったが、相も変わらず敵意の視線は向けられていた。
「自衛隊の男と来たんだが……ここにいた男共があれで全部なのか見て欲しいんだが、誰か一緒に来てくれないか」
その警戒を解くにはやはり、自衛隊、という単語を出すのが一番いいのではないかと思われた。
期待通り彼女らから敵意が少しだけ薄れ、また暗い色を宿していたその瞳に僅かに光が灯ったような気がする。
その言葉ののちに視線を流せば、しかしびくりと体を震わせ瞳を逸らす少女達。
俺の言葉をそのまま全ては信じられない、ということなのだろう。
最後に目に留まったのは、こちらを強い眼差しで見つめる彼女らの中で一番年上であろう、セミロングの黒髪の女性だった。
「……来てくれるか?」
「……」
俺の問いかけに彼女は無言で立ち上がると、ちらりと後ろに座る少女達に一度視線を送ってから、こちらへと足を踏み出す。
俺がそのまま部屋を出れば、彼女は静かについてきてそのドアを閉めた。
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部屋の前に置かれていたサンダルを履かせた女性を連れて二階へと戻ると、那須川さんら二人は騒動のあった部屋の外に立っていた。
死体のある部屋の中にナノハをいつまでもいさせたく無かったのだろう。
周囲への警戒は怠ってはいないようだったから、それについて特に何も言うことはなかった。
戻ってきた俺を見るなりその身を震わせる二人を見て、やはり威圧スキルの余波がかなり残っているのだと思う。
ナノハに至っては、那須川さんに抱きついて俺の姿を見ないようにする有様だった。
那須川さんはといえば、俺が連れてきた女性のことを聞きたいのか一度口を開くが、畏怖の感情からか声を発せないようで、口をパクパクとするばかりだった。
「……上にいた。あいつらに捕まっていたようだな」
そんな二人の様子を見てなんともやりきれない気持ちになりながら、抱いている疑問に答えるように彼の目を見ずにそう言葉を投げる。
「……ほ、本当に、自衛隊の方なんですか……?」
「那須川さんはな。俺は違うが」
迷彩服姿の那須川さんを見て、女性の瞳に光が宿る。
この一瞬で、つい先程までも警戒の視線を向けていた彼女から随分と敵意が消え失せた。
「……取り敢えず、死体の確認を頼む」
「わ、分かりました」
那須川さんが言葉を交わしてこないことに怪訝な顔を浮かべる女性だったが、俺がそう言うと素直に部屋の中へとついてきた。
「ぅぷ……」
部屋に入っての女性の第一声が、それだった。
死体に慣れていないのか部屋の中に仏が七体転がっている様を見てか、はたまた充満するその血の匂いに当てられてか、必死に吐き気を堪えている様子だった。
「すまんが、頑張ってくれると助かる」
そんな具合の彼女には申し訳ないが、しかしやってもらわないことには困る。
それさえ終われば、取り敢えずはひとつ緊張の糸を解いてもいいだろうからな。
彼女はそんな体たらくであったが、俺にそう言われれば、涙目になり口を抑えながらも、おっかなびっくりといった様子でそれぞれの死体を見て回った。
時折、怯えと期待の色、その両方を併せ持ったような瞳をちらちらとこちらに向けながら。
「……私の知る限り、全員、です。うっ……!」
最後に恐怖に歪んだ顔のまま死んだ青年の顔を見終えた時、彼女はそう言うとついには胃の中の物を吐き出してしまった。
これまで酷い目にあってきただろうその身体に触れるのは憚られ、背をさすることなどできるはずもなく、俺はその様子をせめて見ないでやることくらいしか出来ない。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、すまなかったな。ありがとう」
吐き終わり一息ついてから謝罪する彼女にそう言うと、俺は部屋の外からこちらを覗く那須川さんの方に向き直る。
視線が合い体を硬直させる様が見て取れたが、それに構わず言葉を投げ掛けた。
「上に、もう四人女の子が居た。手当が必要な者もいそうだから、手伝ってくれないか」
その言葉を聞いた彼は、俺に恐怖を抱いているはずなのにも関わらず、強い意思を感じるような瞳でこちらを見つめた。




