百十九話
「そうなんですか……じゃあ、那須川さんは、今は本隊と全く連絡も取れていない状態なんですか?」
「えぇ、申し訳ありません……」
「いえ、そんな!全然、大丈夫ですよ!」
声をかけてきた青年に言われるがままワゴン車に乗り込み、和やかな雰囲気で会話する二人を見る。
運転している男も助手席に座る男も、バックミラー越しにちらちらとこちらの様子を伺っているようだった。
「そちらの……柳木さんは?」
「……ついさっき、偶然出会ってな。」
「お一人で行動されているのですか?凄いですね!」
青年の言葉に首をすくめる。
歳の頃は20かそこらだろう、前に座る二人も似たようなものか。
貼り付けたような笑顔、と言えばいいのか、そんな第一印象だった。
いや、そう感じるのは、敵意感知が反応しているからか。
危機感知こそ働いてはいないが、警戒反応を越えるような敵意が彼らからは感じられる。
もっとも、那須川さんら二人が特別なだけで、今の世界で他人に向けるべき最初の感情が敵意であるのは然るべき反応で、それについては文句も無い。
しかし、どうにも最初の反応が強すぎた。
那須川さんと車を探していたあの時、遠方から向けられた強い敵意にあの場をすぐに離れようとしたが、今は何故だか先程の会話からそれが僅かばかり下がっている。
「……連絡をとっておいてくれ。」
「了解……聞こえるか?生存者を見つけたから連れて行く。男二人と女の子一人だ。」
『お。久しぶりだねー。はい了解ー。』
青年がリーダーなのだろうか、助手席に座る男にそう指示すると、応答先からはそんな気の抜けた返事が聞こえてきた。
「皆さんも、凄いですよ。こうして我々を助けてくださっているのですから。」
「……そんな、大したことではないですよ。銃声が聞こえたので辺りを見に来たんです。いやあ、運が良かった。」
言葉の割に、敵意がいつまでも消えないのを感じて、頭をかく。
率直に言って、こいつらがとてもただの善人とは思えなかった。
「ナノハちゃんは、何才なの?」
俺の後ろ、那須川さんに抱えられるように座るナノハに目をやり、青年がにこやかな笑みをその顔に浮かべながら言う。
「11才だよ!」
「はは。ナノハちゃんは元気だね。小学五年?六年生かな?」
「あっ……えっと、うん!六年生!」
その様子を横目で伺い、ナノハがほんの一瞬暗い表情を浮かべたのがわかった。
……パンデミックが起こったのが三月、学生ならばまだ春休みの時期。
カエデが俺と出会った時、本当なら高校一年生、と答えたように。
タケルが、ほんとなら高校二年、と答えたように。
ナノハもそこに何かしら思うところがあったのかもしれない。
こんな世界になっていなければ、彼ら彼女らは、そんな新たな学校生活に身を置いていたはずなのだから。
そう思うと、特にタケルとモモには、悪いことをしたかもなと思う。
青年が、那須川さんとナノハを交互に見て、さらに口を開いた。
「あ、それじゃあ、那須川さんはお父さん、というわけではないのかな。」
その言葉に、びくりとナノハが体を震わせる。
それをなだめるように、那須川さんがナノハの身体を強く抱き締め、頭に手を置いた。
「えっと、すみません。その話は、あまりしないで貰えたら助かります。」
「……あぁ。こちらこそ、なんだか、すみません……」
青年と那須川さんのその会話を最後に、しばらく車内は気不味い沈黙が支配した。
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案内されたのは、寂れた商店街にある小さな四階建ての雑居ビルだった。
二階にはカーテン、そこから上の階の窓には外のゾンビ共からの視線を遮るためか全て目張りがしてあり、青年達がここまでこの世界を生き残れてきた理由が多少なりとも伺えた。
助手席に座る男が無線機で連絡を取ると、一階部分のシャッターが静かに開いて、ワゴン車が中へと入っていく。
一匹ゾンビが中に侵入したようだったが、そのまますぐにシャッターが閉じていった。
「電動シャッター、か。」
「えぇ。ボロいビルのくせに、ソーラーパネルが付いているんですよ。いい物件でしょう?」
元は通路であっただろう場所をチャリチャリとガラス片を踏みしめる音を立てながら少しばかり進むと、入ってすぐの階段から男達が現れ、まずは侵入したゾンビを片付けた。
だいぶん手慣れているようで、すぐにアンデッドの反応が消え失せる。
「……すみません。中に入る前に、念の為武器を預からせていただいてもよろしいですか?」
一部始終が終わり、車を降りたところで青年がそう言って、手を差し出してきた。
大人しく俺は言葉に従い打刀を渡す。
その様子を見てか、那須川さんも同じように弾の入っていないアサルトライフルとコンバットナイフ、俺から譲り受けた拳銃を差し出した。
男達に囲まれながらさらに軽くボディチェックを受けてから、階段を上がる。
二階へと着くと、割られたガラス戸から物のほとんど置かれていない一室へと通された。
青年の言う通り、中はパンデミック前からすでに使われていないもののように思われた。
となると窓の目張りも殆ど廃ビルだからこそのものだったのかもしれない。
青年は窓際に行きカーテンをほんの少し開けると、こちらを振り向いた。
テナント内に光が差し込み、少し眩しそうに隣に立つ那須川さんが目を細めた。
……ピリピリと、周りの男達から敵意が向けられているのがわかる。
こうして拠点に案内しておいてのこの反応、しかし危機感知は未だに働いていない。
そのことに頭を悩ませる。
ただこの敵意のままに俺たちに害を加えようと思っているのならば、危機感知も働いてもいいような気もするのだが。
「ふー。無事にみんな着けて一安心ですね。」
青年が、にこりと笑って声を出した。
「……率直に言います。那須川さん、柳木さん。僕達の、仲間になりませんか?」
そう言うと、俺達の背後から、さらに男が二人現れる。
まあ、近づいてきているのは分かっていたのだが。
「仲間……?」
「はい、仲間です。正直、この世界は生きるのに大変だ。協力しようってことです。」
那須川さんの、呑気、とも言える声色での疑問の言葉に、青年は答える。
「それは勿論、出来る限りは協力しますが……しかし……」
「本当ですか?それは良かった!柳木さんは?」
那須川さんが続けようとした言葉を遮って、青年が俺へと視線を向ける。
その浮かべた笑顔が、少々、狂気じみているように感じられた。
「聞きたいんだが、その仲間、というのは、今ここにいる人達で全部なのか?」
「あー……まあ、そんな感じですね。人数も少ないので、苦労してるんですよね。どうしてです?」
この部屋にいる人数は、俺、那須川さん、ナノハ、と、他に青年達の七人。
七人とも血色も良く、随分と活きのよい生命反応だ。
「……いや、なんとなくだ。」
青年はああ言ったが、俺は感じていた。
このさらに上の階にある気配を。
数名の気配であるそれは、この場にいる男達とは違い少しばかり弱った生命反応だった。
仲間がここにいるのが全てであるならば、それらの反応は何なのだろうか。
「那須川さんは自衛官ですし、柳木さんも腕が立つって話です、仲間になっていただけたら、これほど頼もしいことはありません。あ、勿論、タダでとは言いませんよ!」
「タダ、ってな。こんな世の中になって、タダも何もないだろう。」
「食料もそこそこありますし、ここもなかなかに安全です。それに……女も何人かいるんですよ。」
……あぁ、成程。
上の階に感じる気配を仲間と言っていないあたり、やはり"そういうこと"か。
その貼り付けたような笑顔が、途端にいやらしい笑みに感じられた。
周りの男達の下卑たにやけづらにも胸糞が悪くなる。
青年の言葉に、那須川さんが繋いだナノハの手をぎゅうと握ったのがわかった。




