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十一話 不二楓4

 

 母はその後、一人女子更衣室へと入りました。


「あなた、私をここに閉じ込めてちょうだい」


 そう言った母の瞳は、未だ嘗て見たことない程に、強く、鋭いものでした。

 普段温厚な母のギャップと相まって、有無を言わせぬものを感じました。

 父も同じように感じたのかその提案に反対はせず、売り物の毛布と少量の飲食物を渡して、母を女子更衣室へと入れました。


「どうせ内開きなんだから私が無事なら出られるだろうし、念のためドアの外に家具でも置いてちょうだい」


 と言う母の言葉に素直に従って、父と私は重い家具をそこに置きました。


「ごめんね。でもね、怖いのよ。あれを見たらもう。私が正気を失ってしまうかもしれないことが。何より、そうなってしまった私が、あなたや楓を同じようにしてしまうかもしれないことが」


「お母さんはきっと大丈夫よ!」


「楓……ふふ、そうね、そうかもしれないわね……本当は、こんな所じゃなく、私はもう下にでも降りて二人から離れたほうがいいのかもしれない。でもそれも怖くて出来ないのよ、弱いお母さんでごめんなさい」


「そんな事言わないでよ……」


 私と母はドア越しに話しているはずなのに、なんだかその距離がどんどんと遠くなっていくように感じました。

 きっと、父も同じように感じていたのだと思います。

 そんな不安をかき消そうと、私と父は、母としばらくその場で語り合いました。

 一時間程が過ぎて、母は、


「なんだか少し疲れちゃったみたい。今日はもう休みたいのだけどいいかしら」


 と元気無く言いました。


「……わかった。警察とかには俺が連絡し続けてみるからゆっくり休んでくれ」


「あなた、頼りにしてるわね。楓も、お父さんのこと手伝ってあげてね。色々任せちゃってごめんなさい」


「大丈夫だよ。お母さん、また明日話そう?」


「そうね、また明日ね」


 母のその言葉で、私と父はその場から離れ、スタッフルームへと戻りました。

 母と話していた時も何度も警察や消防に電話をかけていましたが、やはりまだ繋がりません。


 テレビをつけスマホでも情報を集めながらなんとか救助を求めようとしましたが、結局どうにも出来ない状況に疲れ果て、私は知らない間に眠りに落ちていきました。


 +++++


 翌朝目が覚めた私は、自身にかけられていた毛布を見て、いつの間にか寝ていた自分を恥じました。


「……楓、起きたか。まだ寝ててもいいよ」


 私が起きたのに気づいて、静かな声で父は言いました。


「お父さん、ずっと起きてたの?」


「……ああ。残念だが、救助は呼べそうにないよ。電話がまだ繋がらない」


 椅子に座り、ボリュームを小さく絞ったテレビの方を向いて、オフィステーブルに肘をついて頭を抱えながら父は言いました。


「そっか……お母さんは起きたかな?」


「どうだろう、起こしに行ってみようか」


 そう言って私が起き上がると、父も椅子から立ち上がりました。


 父の方を向くと、丁度テレビの映像が目に映りました。

 そして、各地の病院でも同じ状況で、感染者に噛まれた人には絶対に近づかないでください、というような声がテレビから聞こえてきます。

 形容しがたい不安が鎌首をもたげて、心臓の鼓動が自分でもわかるほどに激しく鳴り響きました。


 私と父はスタッフルームを出て、女子更衣室へと向かいます。

 うっすらと暗い廊下を歩くその距離はたかだか数メートルなのに、なんだか不気味で、とても長い距離のように感じました。


 家具を積まれ塞がれたドアは異様な雰囲気を醸し出しているように思えて、一瞬、声を出すのを躊躇われました。


「……お母さん、起きてる?」


 私の問いかけに、返事はありません。

 代わりに、カリ……と、何かを引っかいたような音が聞こえました。


「お母さん……?」


 二度目の呼びかけに、ドン!と急に大きくドアを叩く音がして、私と父は飛び跳ねるかのように体を震わせました。

 カリカリとドアを引っ掻く音はやがてガリガリと言うようになり、メリメリと何かが剥がれるような酷く不快な音を立てていました。

 私と父は、その返ってきた反応に、声も出せずにただ震えながらその場で佇む事しか出来ません。


 ドアは言葉にならないうめき声とともになおも激しく叩かれていました。


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黒井さんは、腹黒い?

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