百十七話
「おじさん、すごいね!」
マンションの一室に入るなり、少女-ナノハ-はキラキラとその瞳を輝かせながら俺を見上げた。
ナノハが言っているのは、ここへと来る間、襲い掛かるゾンビ共を俺が残らず始末したことだろう。
「なに、大したことはない。」
先程お互い自己紹介を交わしたのち、刀以外に何も持っていない俺を見て、那須川さんは荷物のことを聞いてきた。
二人を見かけそう言ったことを考える間も無く焦って出て来てしまったから、マンションに荷物は置いてきたということにして、民家からこうして移動して来たのだ。
本当は全てアイテムボックスに入っていただけなのだがな。
「そんな、謙遜を。その腕前でしたら、ひょっとするとその筋ではさぞ有名な方なのでは?」
「……この騒動から、身についたものさ。」
少し遅れて続いてきた那須川さんの言葉に、首をすくめる。
その返した言葉は正確ではないが、あながち嘘でもない。
時期は同じことだ、それくらいの言葉違いは構わないだろう。
先に部屋の中に入りアイテムボックスから取り出して置いておいたリュックを持ち上げ、どかりと床に座りそれを開ける。
「那須川さん、これを。そのデカイやつは、弾切れなんだろう?」
言って、中から拳銃を取り出すと彼は少しの戸惑いを見せたが、特に俺に敵意を向けることなくそれを受け取った。
「柳木さん……有難いですが、あなたの分は?」
「勿論持ってるさ。まあ、使うこともなかったがな。」
「……そう、でしょうね。」
本当は銃器の類はこれ以外はアイテムボックスに仕舞ってあるのだが、ともあれ俺の言葉に那須川さんは納得顔で相槌を打った。
……彼を見ていて、少し思うところがある。
それは、あまりにも無防備だということ。
今こうして拳銃を取り出した時の反応。
いや、そもそもあの民家の二階で初めて顔を合わせた時の反応からしてそうだ。
助けられたからと言うにしては、敵意が無さすぎる。
今の世の中で、知らぬ他人に会ったならばまず何かしらを警戒しても良いものを、それが無いのはどうにも不可解だった。
「……二人は、駐屯地を出てから誰か生存者と出会ったりは?」
そんなことが頭に浮かび、当然の疑問が口をついた。
駐屯地内は、外のゾンビ共を除けば、きっと平和だったのだろう。
だがその後は?
「一回だけ、20人程のコミュニティに遭遇しました。」
「ほう?」
そのコミュニティとは、同行していた者達が倒れ、ナノハと二人きりで移動をしていた時に出会ったのだと言う。
人口の少ない町の学校を拠点としていたそのコミュニティの面々は、年齢も性別もさまざまだったが、ともあれ彼ら二人をもてなしたのだそうだ。
那須川さんはそのコミュニティの手伝いなどしつつ、数日間をそこで過ごし準備をしてから、またこうして移動してきたらしい。
「……そこに留まろうとは思わなかったのか?」
「それも一つの選択だったかもしれません。ナノハちゃんには、そうして欲しかったんですけどね。」
そんな那須川さんの言葉に、ナノハはぎゅうと彼の服の裾を握りしめた。
苦笑いしながら少女の頭を撫でると、彼は続ける。
「自分には、向こうの駐屯地を確かめるという、使命がありますから。」
それは彼が死んだ仲間達と交わした約束で、本隊と合流して多くの人を助けるという使命感らしかった。
彼が一人でコミュニティを出て行くと言った時、ナノハは大層泣いたらしい。
ぐずって、ぐずって……そして死ぬとまで言った彼女を止める術を、彼は持たなかった。
結局、本隊と合流出来たのならコミュニティにも必ず助けに来ると残して、彼は少女と二人でそこを出たのだと言う。
「……仕事熱心なことだな。」
それを聞いては、この那須川という男のことを、なんと言えばいいか、言うならば青臭い男だと思った。
その熱は若さ故なのだろう、しかしあげく先程のような目にあっているようでは、その使命感とやらはこの世界を生きる上で随分と邪魔くさいものにも思える。
「酷いでしょ?なのはを置いていくなんて言うんだよ?」
「……そう、なのかもな。」
「でしょー?」
反面、聞き分けのない、と言っていいのか、少女のその気持ちは今は少しだけ理解できた。
話を聞いて頭に浮かんだのは、カエデがゾンビに噛まれエリクシールでその傷を癒したあの日、眠りこける前に俺に吐露した気持ち。
きっとナノハにとって、この那須川という男はそれだけ大事な存在なのだろう。
膨れっ面を晒すナノハにそう相槌を打てば、満足したのか少女はその顔に笑みを浮かべた。
「まあ……それなら尚のこと駐屯地の無事を確かめなければならないな。」
表面上は、そう言葉に出しながら思う。
人に対しての危機意識が低い、とでもいうべき彼らのその反応は、この変わった世界での人の悪意に触れていないからこそのものなのだと。
まして駐屯地の外で出会った人間、俺を含めてのサンプル二件が、お人好しの面々とあっては、そうなるのも無理からぬ話なのかもしれない。
……お人好し、か。
自らをそう表したことに、小さく自嘲する。
「柳木さん?」
「ん……あぁ。その子を見て、少し思い出に浸っただけさ。」
考えてみれば、カエデと出会った時の俺は、まさしくそのお人好しというに相応しい行動をしていた。
今はただ彼女を大事に思う気持ちがあるからこそこうしているが、あの時は知らぬ他人に随分と世話を焼いたものだ。
「そうですか……えっと、柳木さんは、どうして自衛隊を探しに?」
俺の言葉に那須川さんは何故か暗い表情を一瞬浮かべるが、それを誤魔化すかのようにそう話を振ってくる。
何やら勘違いしてそうな気もするが、まあ別段今話すようなことでも無いからそのままにしておく。
「そうだな……平たく言えば、那須川さんと同じような理由かもな。助けて欲しいコミュニティがある。」
「そうなんですね!自分も、お世話になったあの人達を早く迎えに行ってあげたいです。」
もっとも、彼の言うその使命感とは違い、俺はあのデパートにいる面々を助けたいだけなのだがな。
「なら、早速行動に移るとしよう。」
俺はそう言うと、リュックから地図を取り出し床に広げた。




