九十九話
デパートの側の建物の屋上に辿り着き、そこから様子を探る。
すでに何度か銃声が聞こえてきていて、中で戦闘が行われているのではないかと思われた。
デパートの屋上には知った顔の避難民達がおり、おそらくは不測の事態が起きた際にはあそこに集まることにしていたのだろうと予測される。
確かにあの場所は立体駐車場とは繋がっていないから、守るならば妥当な判断だろう。
階層ごとに防衛地点を設けたところで、結局は立体駐車場を突破されたのならどの階も入れることになるからな。
俺は目の前で起きている出来事を前に、すぐに助けに出ていけなかった。
それは警察署にいた頃のあの半グレグループの一件で、俺が織田さん達から"この世界らしい経験を奪った"と以前考えたが故の葛藤だった。
また何よりこの力を彼らの前で見せるということへの躊躇でもあった。
逡巡の後に、かぶりを振って建物から飛び降りる。
空中でじいさんから貰った打刀をアイテムボックスから取り出し片手へと収める。
いや、何を迷うことがある。
あそこには、カエデやユキもいる。
力を見せ畏れられるかもしれないこと、彼ら彼女らの命が失われてしまうかもしれないこと、それらを天秤にかけたとき傾くのはどちらの方か。
考えるまでもないようなことを考えてしまった自分の臆病さに反吐がでる。
それにくそったれな経験などもうこの時点で十分すぎるだろう。
この銃声は織田さん達の意識に嫌という程刷り込まれているはずだ。
全身に魔力を纏い静かに着地し、デパートの正面入り口に身を隠すこともせず歩み寄る。
今はまだ周辺に動いているゾンビの姿こそなかったが、背後からのそれらの侵入を拒むためか、何台かの車が入り口を塞ぐように半円を描いて停められていた。
「なかなかしぶといっすね。」
「逃げ場はねえんだ、ゆっくり追い込んでやればいい。」
「っすね。この前屋上で見た女共がみんな無事だといいんすけどねえ。」
「全面降伏してくれりゃ話は早かったんだがな。あんなあっさり食料をくれたんだ、物資もしこたま溜め込んでいるんだろうしいい場所を見つけたもんだ。」
その奥からいかにもな会話が聞こえてきて、眉間にしわを寄せる。
「……なるほど。それなら略奪者ということで間違いはなさそうだな。」
車を飛び越えてからそう声を出して、やっと俺の存在に気付いたのか、すぐさま数人から銃口を向けられる。
「なんだ!?」
ライダージャケットにフルフェイスのヘルメット、そして刀を携えた俺の姿はさぞ不気味に映ったことだろう。
幽霊でも見たかのような表情をしながら男のうちの一人がそう声を出すと、しかしそこからの彼らの判断は早かった。
迷うことなく発砲。
数発の銃弾が俺の体に当たり、最後には頭を狙って放たれる。
「なっ!?」
「……いいな、それらしい対応だ。」
チュイン、と鋼鉄に阻まれるかのような音を立てて地面に落ちる銃弾を前にして目を丸くする男達。
何かの間違いであってくれとでもいうかのように再び銃弾が撃ち込まれるが、そんなもの、俺に効きはしない。
先の会話から悪党であることは疑いようのないことだろうが、しかしこいつらはある意味この世界に順応しているように思う。
生きている人間を必要とあらば躊躇なく殺す覚悟を持っている。
自らの欲望のためにそれを行うことを良いことだとは思わないが、俺からするとその精神は多少好ましくすらあった。
だが。
「……もちろん、殺される覚悟もできているな?」
俺はそんな彼らを前に、ゆっくりと鞘から刀を引き抜いた。
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正面入り口から伸びるエスカレーターと奥の非常階段、また立体駐車場からと、略奪者の侵攻ルートはおそらく三方向からだろうが、俺はそのままエスカレーターからやつらの侵攻をなぞるようにのぼった。
何かの拍子に一階からゾンビが侵入して来た時のためにと設置されていた二階部分の簡易バリケードが破られていたため、間違いなくそのルートは略奪者が通っているだろうと考えてのことだ。
最初は入り口にいた奴らに撤退命令でも出してもらおうかと思ったが、残念ながらあの中にリーダー格のものはいなかったようで、仕方なしの選択だった。
もっとも、このようなクズどもを生かしておくつもりなど微塵もなく、全て斬るつもりではあるのだが。
このデパートは二階から上にあがるエスカレーターは、正面入り口前のものを上った先からは少し離れた場所にある。
そこへと移動する際、しかし俺はその思いとは裏腹に、敵対するものを問答無用に皆殺しにするようなことはしなかった。
それは以前半グレグループとやりあった際に行った、相手に一度攻撃させようとかいうそんなぬるい理由ではなく、単に避難民がその中にいることを危惧したためだ。
"常在戦場"の気配感知には俺が以前ここにいた時に知っている者は全て登録されているが、それから一ヶ月も経っている。
新たな避難民が訪れていてもおかしくはない。
とはいえ、やつらはらしい言葉遣いにらしい対応をしてくれるものだし、状況からその選別にそう苦労はしない訳なのだが。
「おい、外のやつ応答しろ!」
「後ろから変な奴がきてやがるぞ!なんだこいつは!?」
「撃てっ!撃てっ!」
自分たちが侵入してきたはずの方向から迫る謎の敵に向けて、略奪者達は各々引き金を引く。
その全ては無意味な行為で、むしろある意味で彼らの死期を僅かばかりか早めるだけだろう。
どの道、待っている結果は同じな訳だが。
「……変な奴とは随分な言い草だな。」
「待っ……!」
刀を上段に振りかざしそう言うと、目の前の男はそう命乞いしかけた。
無論そんなものに耳を貸す気はなく、容赦なく刀を振り抜く。
遅れて、頭頂部から股にかけてピシリと亀裂が入ったように男の身体は半分に裂けて、その中にあった臓物を撒き散らしながらべしゃりと床に落ちていった。
「ひっ、ひぃ……」
隣で無残な死に方をした仲間を見て、腰を抜かした男がフルフェイスのヘルメットに包まれた俺を見る。
恐怖の感情に埋め尽くされてるその顔を、俺はどこか冷めた目で見ていた。




