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九話 不二楓2

 

 指定の避難所は私が春から通う予定の高校で、車なら家から15分程の場所にありました。

 しかし、家を出て10分もすると渋滞が酷く殆ど進むことが出来ません。


「まるで進まないな……」


 父はハンドルをトントンと指で叩いて、苛立ちを隠せないようでした。

 遠くに見える信号が、青に変わり、赤に変わり、そしてまた青に変わる。

 それを数度繰り返しても車は微動だにすることが出来ないでいました。


「事故でもあったのか?埒があかないな」


 父はハンドルを切りそばの店の駐車場に車を止めました。

 ぽつぽつと他の車も入ってくるのが見えました。


「仕方ない、ここからならそう時間はかからないし、歩いて行こう」


 父の言葉に車を降ります。

 駐車場に入ってきた他の車からも続々と人が降りてきて、皆父と同じように考えたようでした。


 渋滞を横目に歩いていくと、先ほどまで見ていた信号の下、交差点に何やら人だかりができているのが遠目に見えました。

 クラクションの音でなんだか騒がしい感じがします。

 やはり事故か何かだったんだな、と思いその距離を詰めていくと、その音に人の声が、いや、悲鳴が混じるのを聞いて、なんだか胸の奥からもやもやとした不安が鎌首をもたげてきます。


「お母さん……大丈夫かな……?」


 隣にいる母に問いかけます。

 一体何に対してどう大丈夫なのか。

 それすらもわからないただ漠然とした問いかけに母はぎゅっと私の手を握り応えました。


 と、横道から何人かの人影が現れたのがわかりました。

 私たちと同じように、車を降りて避難に向かう人達かなとその時は思いましたが、なんだか様子がおかしく、足取りはふらりふらりと頼りないものでした。

 ですがその時の私は交差点に見える光景に目を奪われて、それを気にも止めていませんでした。


 そしてその人影のうちの一人の男がこちらに真っ直ぐ近づいてくると、隣に立つ母に覆いかぶさるように襲いかかってきたのです。


「なっ……」


 母は地面に引き倒されてその男に組み伏せられました。


「このっ!」


 すぐさま父は反応して後ろから男を引き剥がして投げ飛ばします。

 学生時代ずっと柔道をやっていたんだよ、といつかの食卓で話をされたのが一瞬だけ頭をよぎりました。


「大丈夫か!?」


「っ……」


 父は母を起こすと、投げ飛ばした男の方に警戒を向けます。

 強く地面へと倒れたように見えましたが、男はこたえた様子もなく、ゆっくりと起き上がって来ました。


「きゃあ!」


「ひぃ!」


 気付けば、ここまで一緒に歩いて来た人達も、現れた人影に同じように襲われていました。

 悲鳴は側からだけでなく、前からも、後ろからも聴こえて来ます。

 私は何が何だかわからなくなり、ただ立ち竦むばかり。


「楓!」


 言葉と同時、ぐいっ、と乱暴に父に手を引かれました。

 私はがくりと落ちそうになる膝をなんとかギリギリのところで持ちこたえさせました。


 悲鳴は前後から聞こえ、人影の現れた横道に逃げるなど以ての外、私達は車道を渡り逃げ出しました。


 車を降りてそのまま逃げ出す人もいます。

 すぐ近くを通る人がもしかしたら襲ってくるのではないか。

 その恐怖に、人でごった返したその場はパニックになっていました。

 私も、もう手を繋ぐ父と母以外は信用出来ません。


 現れる人影をとにかく避けて、時には父が突き飛ばしながら、逃げて逃げて。

 手を引かれ着いたのはホームセンターでした。


「職場が近くにあって助かった。とにかく、建物の中に避難しないと」


 父はこのホームセンターに勤めていて、店長をしていると聞いています。

 父は正面入り口から私たちを店内に入れてすぐに鍵を閉めると、少し考えてから、スマホを取り出して小さな明かりをつけて、私たちの手を引いて暗い店内へと歩みを進めました。


 何度か来たことのある父の職場は、普段見る光景とまるで違って見えて、しんと静まりかえる店内は店の外で今も聞こえる騒動と相まってどこか不気味に感じます。


「痛っ……」


 と、隣に立つ母が腕を抑えて私にやや身体を預けました。


「お母さん!?」


「どこか怪我をしたのか!?」


 父がスマホの明かりを母に当てます。

 見れば、コートの腕の部分が不自然に破れ、そこから血が流れていました。


「あいつ……刃物でも持っていたのか……」


 グッと怒りを堪えるように、父がスマホを握りしめました。


「取り敢えず上に行こう、スタッフルームに応急セットがあったはずだ」


 そう言って、父が歩みを進めたその時でした。


 バン、バンバンと、音が聞こえてその方向を見ると、店のガラスの前にたくさんの人影が張り付いていました。


「ひっ……」


 私はそのおぞましい光景に目を見開いて息を詰まらせ立ち尽くすことしかできません。

 父も、母も、その異様な光景に一瞬時が止まったかのように動けないでいるようでした。

 が。


 パキン


 小さな、音でした。

 そして、すぐにがしゃんと大きな音がしたかと思うと、なだれ込むように、しかしゆっくりと外の人影が店内へと入って来たのです。


「こっちだ!」


 父はすぐさま動き私たちの手を引いて非常階段へと走り出しました。

 防火扉を乱暴に締めながら、階段を駆け上がります。

 おそらく父は、この時すでにあれがただの人ではないと言う、何か確信めいたものを抱いていたのかもしれません。

 最上階の三階に着くと父はすぐに、家具コーナーにある売り物の家具を片っ端からエスカレーターの方へと移動させるとバリケードを作りました。


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