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思わぬ出会い


 なんというのだろうか。

 不似合いというのか、浮いているというのか。


 レジーナは思わず足を止めてしまった。午前中には急ぎの仕事を終え、気晴らしにと侍女を連れて王都を散策していた。普段から行きつけている店の前でうろうろとしている男性を見つけた。


 お昼前なのでまだ女性客はちらほらと見える程度だが、色とりどりの美しい花を飾った明らかに女性向けの店の前をうろつく彼はかなり目立っていた。特に黒が多めの服装だから余計に明るい空気の中では黒いシミのように浮いてみえる。入ろうとしては躊躇って、ということを繰り返していた。その行動がまた人の目を引いていた。


 見なかったことにして立ち去ろうかとも考えたが、彼にはフィオナを助けてもらっている。流石に困っているところを無視するのは礼儀に反していると思えた。ただ、こんな女性同士、もしくは男女の組み合わせで訪れるような可愛らしい菓子を売る店先で二人いるところを見られてしまったらまた変な噂が立ってことだけが気がかりだ。


「どうしますか? わたしが声をかけてきましょうか?」


 レジーナの迷いを読み取ったのか、侍女が控えめに声をかけてくる。確かに侍女を介して声をかける分にはいいとは思うが、彼はあの店に用事があるのだ。侍女が声をかけたところでレジーナも関わることになる。その様子がまた変に捻じれればいいことはないように思えた。


「いいわ。わたしが声をかけるから。貴女は後ろに控えていてくれる?」

「わかりました」


 侍女は頷くと、いつものように後ろに控えた。


「こんにちは。お困りですか?」


 意を決して彼に近づくと意識して明るい調子で声をかけた。声をかけられたエドマンドは大げさに体を揺らしてから、レジーナの方へと視線を向けた。彼の厳つい顔は無表情と言って差し支えないほど感情が浮かんでいなかったが、緊張しているのか、いささか顔色が悪い。


「レジーナ嬢……」

「このお店に何か用ですか?」


 にこやかに尋ねれば、彼は少しだけ視線を外した。言いにくそうにぼそぼそとした声で説明する。堂々と周りの空気など読まずに入っていくのではないかと思っていたから、そのいたたまれない様子に驚いてしまう。


「この店が最近とても女性に人気があると上司が聞いて、一番人気の菓子を買ってくるようにと頼まれたんだ」

「そうでしたの」

「はあ、やっぱりこんな厳つい男が入るような店ではないな」


 堅苦しいエドマンドに意地悪く言いつける上司を想像し、おかしくなってくる。誰かに頼まず自分で買いに来るところが彼の真面目な性格を表しているようだ。しかも彼のボヤキもおかしくて、笑いをこらえることができずにとうとう笑ってしまった。


「ごめんなさい、笑ってしまって。もし入りにくいのなら、一緒に入りませんか?」

「……お願いしてもいいのだろうか?」


 躊躇(ためら)いながらも断ってこないところを見ると、よほど困っていたのだろう。レジーナはにっこりとほほ笑んだ。


「もちろん。お姉さまを助けてくださった方ですもの。お店に一緒に入るぐらい問題ありませんわ」

「ありがとう」


 ほっとしたような彼の厳しさの緩んだ表情に思わず見入ってしまった。いつも唇を引き締め、無表情であるから勝手に堅苦しい人だと思っていたのだが、こうして表情を柔らかくすると厳しさがなくなる。


 よく見れば顔立ちも整っているし、ランドルフのような甘い雰囲気を持っていないがとても誠実そうだ。モニカやフィオナが彼を結婚相手にどうかと勧めてきた理由が分かった気がした。モニカの言うように二人の間に確かな信頼関係を築けたら穏やかな愛情を持った夫婦になれそうだ。


 そんなことを思いつつ、彼と一緒に店の中に入った。店の中は貴族女性が好む内装をしており、色とりどりの焼き菓子が置いてある。その種類の多さにべインズ伯爵はその場に固まった。目を見開き、食い入るように菓子を見つめている。凝視する様子は傍から見れば菓子を憎んでいるようにも見えた。その様子がおかしくて、くすくすと笑えばぎこちなく彼が動き出す。


「もし、お菓子の指定がなければわたしが選んでもいいかしら?」

「お願いする」


 絞り出すような掠れた声に楽しくなりながら、レジーナの好きな菓子を選んでいった。本当ならば店の者におススメを聞いた方がいいのだろうが、何となくレジーナの好きなものを食べてもらいたいと思ったのだ。


「お願いされた方には嫌いなものはありますか?」

「そうだな。木の実が多いものは好まないようだ」


 男の人にしたら珍しいと思いつつ、プレーンなものと果実を使った焼き菓子を選んだ。いくつか質問をしつつ、彼の好きなものも聞き出しながら選んだため、かなりの量になった。


「多すぎたかしら?」

「多い分には大丈夫だ。余ったら、いつも使用人たちに分けているんだ」


 なるほど、なかなかいい上司らしい。使用人にも心を配れるのだから、仕事場の環境はとてもいいのだろう。


「お茶を一緒にどうかな?」


 上司に頼まれたという菓子を手に入れたエドマンドはそう誘ってきた。この店はお茶と菓子をその場で楽しめるように飲食できる場所があった。趣味のいいテーブルと椅子、花や小物で飾った空間はちょっとしたサロンのようだ。


 開かれている空間であるから、二人きりになる心配もない。もちろん側には侍女が控えているので問題はないのだが、どうしても閉ざされた空間は二人の関係を親密に見せてしまう。

 とはいえ、変な噂が出回っているこの時期に二人でお茶を楽しんでいたと噂されるのも嫌なのだが、もっと彼と話してみたいという気持ちもあった。


 ふと、先日のフィオナとの会話を思い出し、慌てて考えるのをやめる。

 恋をしたいわけではないし、彼とどうこうなるつもりもない。ただ折角の機会なので、ひと時の会話を楽しむくらいはいいのではないかと自分自身に言い訳した。噂になっても事実は異なるわけで、ムキになって相手にせずに無視をしていればそのうちに消えるはずだ。


「喜んで」


 いろいろと自分に言い訳しながらも、口元がほころんだ。彼は黙ってレジーナに手を差し出した。大きな手は骨ばっていて男性らしい。差し出された大きな手に自分の手を乗せると、彼は空いている席へと歩き出した。エスコートする態度がとても自然で、彼の隣に立つ女性は幸せだろうなとなんとなく思う。


「ここの店には今までも来たことがあるのか?」

「ええ。来るときは友人たちや祖父と来ます」

「え、オルコット伯爵と?」


 驚きに目を丸くする彼を見て、おかしくなる。確かにブルースがこの店に来るにはちょっと年を取りすぎているかもしれない。だけど新しいもの好きのブルースはレジーナをエスコートしてここにお茶を飲みに来るのを楽しみにしていた。


「お祖父さまはこういう華やかな場所が意外とお好きなのよ」


 そして大量に菓子を購入し、屋敷にいる使用人に配る。嬉しそうに受け取る使用人たちを見るのも楽しみだと目を細めるのだ。


 そんなちょっとした話題や、今困っていることなど色々な話題に飛びながら時間を忘れて話していた。彼は聞き上手で、レジーナの言葉をいちいち否定しないから普段喋らないことも話してしまう。おいしいお茶をおかわりし、勧められるままお菓子を食べた。一通り、話し終えると会話が途切れた。途切れた時にようやく話しすぎてしまったと気が付いた。


「ごめんなさい、わたしばかり話してしまって」


 ばつが悪そうに謝れば、彼はおかしそうに唇の端を上げた。


「いいや、聞いているのはとても楽しい。君の考えは面白いな」

「どうせ女性らしくないと言いたいのでしょう?」


 拗ねたように呟けば、彼は笑みを深めた。


「さて、あまり遅くならないうちに屋敷まで送っていこう」


 なんとなくはぐらかされたような気もしたが、予定よりも帰宅が遅くなっているのは事実だ。レジーナは差し出された手を取り立ち上がった。


「送らなくても大丈夫よ。今日だって一人で来たのだし」

「それでも君を送らせてほしい」

「そこまで言うのなら」


 家まで送られるのは流石にまずいかなと思いつつも、今日だけだからと無理やり納得した。


「べインズ伯爵」

「エドマンドだ」


 礼を言おうと呼びかけると、彼はじっと真剣な眼差しでこちらを見下ろしていた。その視線にどきりとする。


「でも」

「俺だけ君の名前を呼ぶのはおかしいだろう?」


 そう言われてしまえば、返す言葉もなくなる。エドマンドがレジーナを名前で呼ぶのはブルースもいるしフィオナもいるから区別しやすい様にだと思う。


「エドマンド様。今日はありがとうございました」

「こちらこそありがとう。楽しかった」


 小さな小さな声で告げると、彼は笑みを浮かべた。その魅力的な笑みから目が離せなくなった。

 彼の笑顔は心の中を擽る。ごくわずかだが、ふわっとした安心が広がる。同時にどこかで似たような記憶が呼び覚まされた。


「……もしかしてわたし、エドマンド様のことをお兄さまと呼んでいました?」


 唐突に言葉が出てきた。エドマンドは驚いた顔をしたが、すぐに破顔した。


「思い出したのか」

「ええ、ぼんやりですけど。どこかで似たようなことがあったなと」


 完全ではないが、懐かしさを感じる。エドマンドは目を細めた。


「君たち姉妹は私にとって可愛い妹だったよ」

「そうでした?」

「ああ。私には弟しかいないからね。二人の我儘が新鮮だった」


 我儘、と聞いて思い出さない方がいいような気になってくる。エドマンドは先ほどの礼儀正しい顔ではなく、少しだけ親し気になった。男女の親しい空気ではなく、家族のような優しさだ。


「困ったら何でも相談してほしい。できる限り手を貸そう」

「妹のようだから?」

「そうだ」


 手を貸してもらうことはないだろうが、気持ちがくすぐったい。 


「では行こうか」

「よろしくお願いします」


 レジーナは懐かしい優しさに満たされながら、彼にエスコートされて店を後にした。




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