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フィオナの事情、レジーナの事情2


 どうしようかと焦っていたが、あまりにもフィオナが普通過ぎて、レジーナもすとんと落ち着いた。当事者がドンと構えているのだから、レジーナがやきもきする必要はない。


 フィオナに促されて、長椅子に座る。フィオナは向かいに座り、野菜の挟んであるパンをつまんだ。美味しそうに食べる姉を見ていると、お腹が空いてきた。レジーナも野菜と肉を挟んだ小ぶりのパンをつまむ。


「本当にひどかったのよ。クラークがいなくなると王妃からの指示なのか、侍女が色々仕掛けてくるの。毒は毎日出されるお茶に入っていたのよ」

「よく毒が入っていると気が付いたわね」


 姉に毒を判別するような知識があっただろうかと疑問に思って呟けば、フィオナ聞けば目を輝かせた。どうやら一番聞いてほしかったことらしい。


「初めは風邪でも引いたのかと思って、気にしないようにしていたのだけど、出先で倒れてしまったの。そこで医師に診てもらったら、もしかしたら中毒かもしれないと言われてわかったの」

「そんなに簡単にわかるものなの?」

「そうみたい。この国ではあまり聞かないけど、道端に生えているどこにでもある雑草なんですって。毒草だとわかっていても、割と間違えやすいそうよ」


 フィオナは何でもないことのように説明するが、そこまで明確な悪意がある中で生活をするのは辛いと思う。その辛い生活を想像して胸も痛むのだが、なんというのだろう。フィオナが艶々して丸くなっているせいか、辛かっただろうとは思っても大したことのないようにも感じる。


「そんな事情で子供ができたことが分かった後、屋敷では食事ができなくなったわ」

「食事ができない」


 食事ができないという割にはだいぶ肥えている。信じられない思いでレジーナはフィオナの全身にさりげなく視線を走らせた。フィオナは困惑気味のレジーナにふふふと得意気な笑みを浮かべる。


「仕方がないから、毎日、外で食べることにしたの」

「……それは」

「お昼前からお茶を始めて、お昼を過ぎたら軽食と菓子を食べ始めるの」


 フィオナはそれからどんな食事をしたのか、どのように過ごしたのかを事細かに説明してくれる。軽食の内容や、珍しい菓子の話もあったが今はそのような些末なことはどうでもいい。

 フィオナが喉を潤すために言葉を切ると、レジーナはすかさず聞いた。


「その昼食会、何時に終わるの?」

「そうね、大抵の人は途中で去っていくけど……わたしは最後まで残ったから終わりは日が沈んだあとね」


 一日、ダラダラと食べていれば屋敷で食事をとる必要はない。しかも動かず口当たりのいい菓子ばかり食べていたら確実に太る。それは間違いなかった。


「こちらに戻ってきたから、体にいい食事に切り替えているのよ。太ったまま出産するのはよくないと医師にも言われてしまったわ」

「お祖父さまは知っているの?」

「昨日、話したわ。なんだかとても顔色が悪くなってしまったけど。泊りがけの仕事が大変だったのかしら? お祖父さまも年齢を考えて少し仕事を減らした方がいいかもしれないわね」


 何とも見当違いな感想だ。ブルースの不調は泊りでの仕事の疲れではなく、衝撃が強すぎたからだ。だが、あえてそれは口にはしなかった。ブルースもまさか孫娘が王位継承権を持つ子供を宿したことを隠して帰国したなど考えていなかっただろう。


「離婚するという話もお祖父さまにはしたの?」

「ええ、もちろん。予定通りに男の子ならあなたの養子にするわ」


 そっとフィオナがお腹をさすった。その慈しむ仕草はすでに母親のもので、表情も穏やかだ。穏やかなのに、どこか強い意志を感じさせた。

 レジーナにはわからない、母としての気持ち。


「……お姉さまはそれでいいの?」

「もちろんよ。育てるのはわたしだし。国への登録がどうなるかだけの違いでしかないわ」


 少しだけ考えるように言葉を切った。伏せていた目を上げて、フィオナはレジーナを真っすぐに見る。


「ねえ、レジーナ。もし結婚したくなったら気にせず結婚してもいいのよ」

「……どうして結婚という話が出てくるの?」


 予想していない言葉に首を傾げた。


「え、だって今、世間ではあなたを巡る三角関係が注目されていると聞いたから」

「なんと言いました?」


 聞捨てならない言葉に眉を寄せた。フィオナはどこか面白がるような顔をしている。


「いいじゃない。折角きれいな顔で生まれたんですもの。少しぐらいロマンスがあったっていいと思うわ。恋は人生の色どりよ。男性2人に思われているなんて、素敵じゃない」

「……」


 勘違いを訂正しようと思ったが、やめた。

 否定すればするほど、根掘り葉掘り今まであったことを色々聞いてくる。否定したい気持ちを抑え込んで聞き流すことに決めた。


「お祖父さまはアクロイド様のようだけど、わたしとしてはべインズ伯爵の方をお勧めするわ」

「お姉さま」

「送り届けてもらった時に色々話したけど、なかなか落ち着いていて信頼できそうな人だったから。オルコット家とも親しい家柄というのもいいわよね。よく遊びに来ていたようだけど、わたし、全然覚えていなくて」


 どうやらフィオナも覚えていなかったようだ。レジーナは自分だけではないことに内心ほっとした。


「わたしも覚えていなかった」

「そうなの? でも今からでも大丈夫よね」

「今から?」


 何の話だと思えば、フィオナがころころと笑った。


「彼、独身よ。婚約者もいないみたい。だから頑張って! 押して押していけばあのタイプは(ほだ)されて結婚してくれるはずよ」

「頑張るも何も、わたしは今のところ結婚するつもりはないわ。養子をとるつもりよ」

「でも、許可が出ないんでしょう? 貴女はまだ若い上に未婚、国の法もあるから、まずは結婚してみてと言われるのは仕方がないと思うわ」


 どうやらフィオナは結婚推進派らしい。おすすめはエドマンドだ。

 レジーナはやや厳しい表情をしたエドマンドを思い浮かべた。確かに立っているだけで華やかなランドルフよりも落ち着いた空気がある。女性にとっては近寄りがたい雰囲気であるが、堅実で誠実そうである。世間の評価もわたしの評価とあまりずれはないはずだ。


 それでもやはり結婚という気が起きなかった。


「わかっているのよ」


 レジーナはそっと目を伏せた。

 誰とも結婚するつもりがないのなら、男性を近づかせない方がいい。周囲から固められたら逃げられなくなる。


 レジーナは恋心が何よりも恐ろしかった。何がとはっきりと説明できないが、この恐ろしい気持ちは夫を愛していると胸を張って言えるフィオナには理解されないと思った。



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