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気楽な茶会には頼もしいおばさま達


「エリーゼ様、本日はお招きいただいてありがとうございます」


 レジーナの母が特に親しくしていたクールソン侯爵家のお茶会に招かれていた。レジーナはいつもよりも落ち着いた色のドレスを選び、宝飾品も品があるが小ぶりのものにしている。

 王都では肌を見せるように胸の開いたドレスが流行っているが、年配者には眉を顰められているドレスは選べない。ここでは派手さよりも上品な装いがふさわしい。


 レジーナの挨拶を受けて、エリーゼ・クールソン侯爵夫人はにこりと温かな笑みを浮かべた。


「レジーナ、わたくし、聞いておりますわよ?」


 エリーゼはどことなく秘密めいた様子でそんなことを言ってくる。何を聞いたのか、わかっていないレジーナは首を傾げた。


「あの、何のお話でしょう?」

「うふふ、隠したいのはわかるけれども。こういうことはわたくしたちがお手伝いできることも多いのよ」


 よくわからないが、何かの噂話を聞いてその内容がとても歓迎できるものであり、何かあれば助けてくれる。そんな風に捉えて、とりあえず笑みを浮かべた。気になるのは何の話かさっぱりわかっていないところだけだ。


「ありがとうございます。おばさま達にそう言ってもらえるのは嬉しいですわ」


 案内されたエリーゼご自慢の中庭にはすでにモニカ・スキナー伯爵夫人がいる。このモニカもレジーナの母の親しい友人だ。エリーゼと同じくらい社交界でも頼りになる人物だ。


 レジーナの母が亡くなった後、ブルースでは行き届かない事柄について、レジーナたち姉妹をよく面倒見てくれた。まともな令嬢に成長できたのはこの二人の夫人の力によるところが大きい。


「ごきげんよう、レジーナ」

「お久しぶりでございます。モニカ様」


 丁寧に挨拶を返せば、目を細められた。


「今日も美しいこと。本当にあなたのお母様……レイチェルにますます似てきたわね」


 娘時代のレイチェルが社交界の華だと謳われていたのを散々聞いていたので似てきたと言われるととても嬉しい。レジーナの口元が自然とほころんだ。モニカに貴族令嬢として認められることで、自分に自信が持てる。


「それで、あなたはわたくしたちに報告することがあるでしょう?」


 エリーゼがレジーナを席に座らせると、さっそく本題に入った。そう言われても、何を期待されているのか、全くわからない。変わったことと言えば、連絡も入れずにフィオナが帰ってきたことぐらいだ。


「報告ですか? 先日、姉が戻ってきたことでしょうか?」

「あら、フィオナが帰ってきたの?」


 驚きに声を上げるのはモニカだ。エリーゼも知らなかったのか、目を丸くしている。二人の様子にレジーナは慌てた。


「姉のことではなかったのですか?」

「聞きたかったことは違うわね。でも、聞いてしまったからにはフィオナからね。何をしでかして出戻ってきたの?」


 出戻ってきた限定なのか、とレジーナは苦笑した。

 フィオナのことをよく理解している二人は何かをしでかしたに違いないと顔を見合わせた。


 フィオナの行動はレイチェルが生きていた時からこの二人にも迷惑をかけていた。フィオナは黙っていれば儚い感じの美女なのにどうしてか行動が雑だ。口を開いた瞬間にその儚さはどこかに飛んで行ってしまう代物である。


「それが聞いても答えてもらえなくて、よくわからないのです」

「なんだか不安だわ。あの子のことだから嫌がらせの仕返しをして追い出されたとかそんなところかしら?」


 モニカがぽつりと呟けば、エリーゼもため息を漏らす。


「やりかねないわね。覚えているかしら? レジーナにいたずらをした男の子が仕返しに蜂の巣を投げつけられたことを」

「あれは大変だったわね。蜂も興奮してしまって収拾がつかなくて」


 二人の夫人はしみじみと昔を思い出し語り合った。レジーナもすっかり忘れていたけれど、確かにフィオナはそういう人だ。特に理不尽な嫌がらせには極端な反応を示した。


「わかったわ。今度、フィオナも招待するから二人できてちょうだい」


 エリーゼは少し考えたが、レジーナがあまり情報を持っていないとわかるとすぐに切り上げた。そして何故か期待するような目を向けてくる。


「それで?」


 促されたけどさっぱりだ。困ったようにモニカを見れば、こちらも人の悪そうな笑みを浮かべている。


「わたくしが聞いたところ、夜会ではかなり親密な男性ができたとか」

「はい?」


 親密な男性、と言われてレジーナは呆けた。そんな相手を作った覚えはない。


「評判の悪い男に絡まれていたところを助けられ、ダンスを踊りながら見つめあった後、二人してダンスホールを後にしたそうじゃない」


 何を聞きたいのか、ようやく合点がいった。二人が期待している内容は分かったが、聞き捨てならない言葉もある。


「見つめあって?」

「婚約も時間の問題とも言っていたわね」

「誰がそんなことを言っていたのですか?」


 ランドルフと言われたら、後でぶんなぐってやろうとレジーナはやや食い気味に尋ねた。


「誰がって、あの会場にいた人たちがよ。どうやらランドルフ・アクロイドが一歩前に出たようね。今までじれったかったけど、ようやくといったところかしら」

「あら、わたくしはそれ以上の情報を手にしましたわよ?」


 モニカがちょっと得意気に口を挟んだ。エリーゼが頬に手を当て首を傾げた。


「どのようなことを?」

「ランドルフ・アクロイドが一歩リードしているのは間違いないのですが、べインズ伯爵が割って入ったとか」

「まあ!」


 興奮したように声を上げる。モニカは少しだけ声を落とした。誰も盗み聞きなどしていないのだが、雰囲気的にこっそり教えたいと思っているからなのだろう。エリーゼもモニカの方へと自然と体が傾く。


「ランドルフ・アクロイドはレジーナを傍らから離さず、べインズ伯爵と対峙したのですって。そして彼の見ている前でキスをしたようですわ。見ている方もうっとりするほど情熱的なキスだと評判です」

「情熱的なキスなんてしていません!」


 ぎょっとする言葉が出てきて、呆けていた頭がまともに動き始めた。慌てて二人に否定した。あれはキスじゃない。ちょっと行き過ぎた挨拶だ。


「うふふ、わかっていますよ」

「顔を真っ赤にして可愛いわ。この程度で狼狽えてしまって」

「エリーゼ様!」


 ころころと笑いあう二人。とても勝てる気がしない。どういったらちゃんとわかってくれるだろうかと、混乱する頭で考える。


「真面目な話、ランドルフ・アクロイドは侯爵家の3男で貴女とも家格のバランスもいいし、年齢も近い。結婚相手にはいい青年だと思うけど。性格だって穏やかで、とても評判がいいわ」

「あら、べインズ伯爵だっていい男ですよ。慣れるまでは少し硬い感じがありますが、誠実そうに見えていいじゃないですか。それに全力で守ってくれそうなところがあって」


 エリーゼがランドルフを勧めれば、モニカは負けじとべインズ伯爵を褒める。二人の途切れることのない会話を聞いていて、レジーナはようやく理解した。エリーゼはアクロイド侯爵家と交流があり、モニカはべインズ伯爵家と繋がりがあるのだ。


 以前べインズ伯爵をレジーナの結婚相手に勧めたのはモニカだったと思い出した。そして、結婚を勧める二人を眺めてやはり自分の味方ではなかったのだと実感する。


「お二人はわたしが結婚することをお望みなのですね」


 そうぽつりと呟けば、二人の夫人は会話をやめてお互いの顔を見合わせた。


「勘違いしてほしくはないのだけど」


 エリーゼが笑顔を消し、真面目な顔をしてふっと息を吐く。


「わたくし達は貴女たち姉妹の幸せが一番だと思っておりますよ。レイチェルが亡くなって受けた傷がどれほどのものなのかも理解しています」

「それならば」


 痛ましそうな視線がモニカから向けられた。彼女の視線を頬に感じながら、そちらには目を向けずにエリーゼだけを見つめる。


「ジェッド……あなたのお父さまは本当に家族を大切にしていたのよ。だけど、たった一度の愛人の問題で評判が悪くなってしまった」


 わかっている。


 何度も何度も、様々な立場の大人がそう慰めにきた。フィオナとレジーナはお互いを支えるように抱き合いながら、大人たちの言い分を聞いていた。

 この国の貴族は様々な理由で愛人を持つことは許されている。愛人に対して寛容であれというのがこの国の貴族の心構えでもある。もちろんそれは男女ともに言えることなので、不平等感はない。我慢が必要なのは王家に嫁いだ場合ぐらいだろうか。

 そのような文化であるから、父のジェッドには問題はなかった。問題は両親を殺した女にある。


 でもどうして忘れられるだろうか。


 レイチェルは二人の娘を庇うように覆いかぶさったまま死んでいった。


 狂ったように泣きわめく女の甲高い声。

 やめるんだと叫ぶジェッドの怒声。


 どのくらいの時間が経っていたのかわからないが、気が付けばフィオナとレジーナは着替えを済ませ喪服を着て葬儀に立ちあっていた。


 何があったか、記憶は曖昧だ。

 覚えているのは、母の血の気の引いた青白い顔。

 痛いほど抱きしめられて。


 あの時、強く思ったのだ。


 どうして愛人が必要だったのだろう、と。レジーナたち家族はとても仲が良くて、愛し愛される家族だった。それなのに、いつの間にかジェッドには愛人がいて、その愛人が屋敷でレイチェルを刺した。


 大人にしかわからない事情があると言われても、納得できない。

 憶測は沢山聞いた。一番多かったのは、愛人は結婚前ジェッドの恋人だったということだ。

 政略結婚したレイチェルが憎くて殺したのなら、結婚はなんて恐ろしいのだろう。


 すすり泣きがあちらこちらから聞こえる葬儀の日、これは夢で悪夢の中にいるのだと思っていた。早く目が覚めないかと祈っていた。

 でも、実際は現実で。


 両親は帰ってくることはなかった。



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