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ダリアの初恋1

ダリアの初恋は全3話です。


 ダリアの母リンジー・バートンはとても美しい人だった。


 華奢な体つき、細い腰に、豊かな胸。


 顔は小さく人形のように整った顔立ちをしていた。整った容姿、艶やかな赤毛に黄色の混ざった薄い茶色の瞳は自然と人の目を引く。


 貴族でも通じるほどの美貌を持っていたが、リンジーは平民だった。リンジーは自分の美貌を知り尽くしており、のし上がるための武器にしていた。恋人を作り、恋人よりも上流の人に出会えばその男に乗り換える。そんなことをしながら、徐々に貴族階級へと近づいていった。


 短期間で男を乗り換えていくリンジーは貴族社会に受け入れられるはずもなく、最終的には誰からも遊び相手として扱われた。本気の恋をしたこともあったが、相手の男は時期が来ればあっさりとリンジーと別れ、決められた貴族令嬢と結婚していく。


 そのことに遅まきながら気が付いたリンジーは最期の獲物としてサイムズ家の当主の弟であるアンディに声を掛けた。


 アンディはとても自由な気質で、リンジーともすぐに肉体関係を持った。ただ二人は最後まで恋人とは言えないような関係だった。リンジーがさり気なく匂わせても、アンディは笑って躱した。

 それでも妊娠した時にはにんまりと笑った。結婚できずとも、貴族の愛人であればそれなりに裕福に暮らせる。それがリンジーの狙いだった。


 思惑通りアンディは責任を取る形で、リンジーを愛人にした。アンディはリンジーと生まれたダリアのために小さな屋敷を手に入れた。このままリンジーとアンディの関係は愛人関係であっても、少なくとも外からは幸せそうな家族に見える。それで我慢しようと思っていた。時期を見て、婚姻届けを出してもらおうとも思っていた。


 ところがアンディは元々自由な気質だ。ダリアが1歳になった頃、元の生活に戻っていった。彼は子爵家の家業の手伝いで他国に出かけるようになった。定期的に生活費としてリンジーにお金が届いたが、貴族として暮らしていくにも十分な金額だった。


 なかなか帰ってこないアンディを待ちながら、リンジーは娘のダリアに言い聞かせる。


「ダリア、可愛いわ。貴女はもっと上の人を捕まえなさいね」


 ダリアもそのうち言葉がわかるようになると、リンジーに疑問をぶつけるようになった。


「どうしてお父さんは一緒に暮らさないの?」

「お父さまは貴族でお仕事が大変なのよ」

「でも、一緒に暮らしたい」


 ダリアが住んでいる場所にほど近いところに住んでいる友達は皆父親と一緒に暮らしている。数か月に一度、確かにアンディは帰ってくるが、お土産を持ってくるだけですぐに出かけてしまう。


 そのことを訴えてみれば、美しい顔をした母が目を細めた。


「お父さまがお仕事をしているから、いい生活ができるのよ。ダリアだって庶民の着ているドレスなんて着たくないでしょう?」

「うん」


 比較的裕福な友人たちであったが、それでもダリアの着ているドレスとはかけ離れていた。ダリアには王都の人気のあるお茶や菓子を与えらえていたが、友人たちは与えられていない。ちょっとした生活水準の違いを幼いながらに理解していた。


「ここで綺麗にして、お父さまを待っていればいいのよ。そのうちお父さまも外ばかり行かずに、ずっと家にいてくれるようになるわ」

「でも、もっと一緒にいてもらいたい」

「そうね。だったらお父さまが外に出られなくなるようになったら、一緒にいられるかもね」


 ふふっとリンジーは笑った。その笑みがとても陰湿な感じがしてダリアはじっと母を見つめた。


 ダリアは素直に頷いた。父親が一緒に暮らしていなくとも、ダリアには母がいたし、生活も豊かだ。強い不満などなかった。


「あなたは本当にいい子。わたしに似て大人になったら素敵な女性になるわ」

「本当? お母さんみたく綺麗になる?」


 ゆっくりとダリアの母はダリアの頭を撫でた。艶やかな赤毛に指を通す。


「もちろんよ。貴女は誰よりも素敵な男性と出会って幸せになるのよ。もし、一緒にいたい男性に他の女がいるようだったらその男性が捨てられてしまうようにしてしまえばいいのよ」

「どうして?」

「相手の女を排除しても、手に入るとは限らないの。だったら、自分しか側にいられない状況にするべきなのよ」


 難しい話に、ダリアは何も言えなかった。だけどこの話はリンジーはお酒に酔って気分がよくなるたびに話して聞かせる。リンジーはそうやって男を選んできたとまで娘に話した。


「お母さんの話は難しいわ」

「そうね。大人になったらわかるわよ」


 そんな幸せだった生活は5歳で母が亡くなったことで終わった。熱が上がったと思ったら、あっという間に亡くなってしまった。使用人によって色々と手配され、ダリアは母親がいないことを受け入れられずに茫然としていた。


「サイムズ子爵が引き取ってくれたらいいのだけど……」

「あの女は愛人だったんだぞ。普通に考えれば、こちらの親戚が引き受けるのが筋だ」

「でも、あの家も余裕がないから……孤児院か修道院だろうね」


 母親の葬儀の日、そんな母方の親族たちのひそひそ話が聞こえてくる。ダリアはぼんやりとしながら、座っていた。話の端々から、母が親戚に嫌われていることも分かった。そして愛人の子供は母方の方へと引き取られることが基本らしい。

 これからは辛い生活になるのかと、ぎゅっと両手を握りしめ小さくなって座っていた。早く父親が迎えに来ないかと、祈るような思いで待っていた。


 でも、国外に出ているアンディはダリアを迎えに来ることはなかった。もちろんサイムズ子爵家からも誰も来ない。


 ダリアはその後、孤児院へと入れられた。


******


 今までの生活が一変した。


 孤児院では何でも自分でしなければいけないし、与えられた仕事もする必要がある。食事も決まった時間に一日2回、おやつの時間はなかった。

 着ているドレスも手触りの良い滑らかな生地ではなく、少しごわついた固めの生地で作られていた。所有する服も3着と決まっていた。それに今までは気にしたことがなかったお風呂も、一週間に一度だけだ。


 それでも普通の孤児院に比べたらはるかに待遇がよいとのことだった。話だけならそうかと頷けるが、その生活が耐えられるかといえば、耐えられない。

 ダリアは夜になると一人こっそりと泣いた。ここでは母親譲りの美しい顔立ちは役に立たない。どちらかといえば、女子にいじめられていた。

 ダリアができずに泣いていれば、男子が率先して手伝ってくれるからだ。女子の目に男に媚びているように見えたようで、仲間外れにされていた。


 そんな生活が1年ほど続いた。6歳の時に、待っていた迎えが来た。


「君がダリア?」


 父のアンディかと思っていたら、まったく違っていた。とても仕立てのいい服を着た父よりも年上の男性だ。期待していた人物ではなかったことに体が固まった。


「ふうむ。あれに似ているかと思ったが、全く似たところがないんだな」


 じろじろと観察するように見つめられ、ますますダリアは体を縮こませる。


「どうなさいますか?」


 孤児院長は男に静かに尋ねた。男はダリアから孤児院長へと目を向けた。


「本当にリンジー・バートンの娘かね?」

「それは間違いありません。ただ、父親に関しては何とも」

「わたしのお父さんはアンディ・サイムズよ!」


 父親がわからないなんて言われて、かっとなって叫んだ。ダリアの叫びに、男は頷いた。


「そうか。では、我が家に引き取ることにしよう」

「え? お父さんは?」


 驚きに声を上げれば、男は悲しそうに笑った。


「君のお父さん……私の弟だがね。船の事故で亡くなったんだ」

「うそ……」

「一か月前の話だよ。海で嵐にあって、船が沈んだんだ」


 その後の話はよく覚えていない。ただその日を境に、ダリア・バートンはダリア・サイムズとなった。養女としてサイムズ家に引き取られた。

 サイムズ家に行けば、そこにいたのは、サイムズ子爵家の家族だった。ダリアにとっては伯父家族になる。


「よろしくお願いします」


 本当に小さな声で言えば、サイムズ子爵夫人が優しい笑顔を見せた。


「これから家族になるのよ。仲良くしましょうね」


 サイムズ子爵夫人は事情を知っているのか、ダリアにも優しかった。サイムズ子爵夫人は子供のダリアの目から見てごく普通の女性だった。子供を産んでも儚げな美人であるダリアの母とは違い、子爵夫人は貴族夫人らしい人だ。


 二人の義兄とは年が離れており、娘がいなかったのもよかったのかもしれない。

 ダリアは孤児院のようにいじめられることなく、サイムズ子爵家で暮らした。リンジーと暮らしたときも孤児院で暮らしたときも、貴族としての教育は受けていなかったが、サイムズ子爵夫人はリンジーにも貴族の教育を受けることを望んだ。


 6歳にして初めて習う貴族の習慣にダリアは四苦八苦した。マナーは難しく、好きに動けないことは苦痛だった。いつ使うのかわからない語学の勉強や貴族家の名前など興味のないことも多くて、なかなか身につかない。


「新しいドレスを作りましょう」

「本当?」


 嬉しさに笑顔を見せれば、一番上の義兄のレットがため息をついた。二人の義兄とは仲が良くも悪くもない。そこにいるという認識ぐらいだが、意地悪をされていなければダリアとしても特に問題はなかった。


「飴と鞭だ。ドレスを作るということは、どこかに連れていくという事だ」

「どこかってどこ?」

「女子は茶会だ。マナーの実践だと思うぞ」

「まさか」


 ダリアは笑い飛ばしたが、レットの読みが正しかった。サイムズ子爵夫人は義兄たちを連れていくお茶会にダリアを参加させたのだ。


 サイムズ子爵家の親戚筋であるアクロイド侯爵家のお茶会など行きたくはなかったが、参加した日にそんな思いは吹っ飛んだ。


 アクロイド侯爵家の息子たちは3人いて、上の二人は年が離れすぎていて相手にされなかったが、3男であるランドルフはダリアの2つ年上で、ダリアにとても優しかった。


 茶色の髪は日の光を浴びるとキラキラと金色に輝く。新緑のような緑の瞳もとても綺麗。

 いつだって優しくしてくれる。

 おとぎ話に出てくる王子さまのようだった。


 ダリアが何か無茶なことを言うと、困ったような顔をしても希望通りにしてくれる。その特別扱いはとても嬉しいものだった。決してダリアを馬鹿にしたり、蔑ろにしない。


 二人の義兄たちはやはり男の子で、体を動かすのが好きであったため、大人しめのダリアには全く合わなかった。

 それがどうだ。

 ランドルフはゆっくりと話を聞き、ダリアを一人にはしない。


 ダリアは恋をした。


 自覚はないまま、ダリアはランドルフに纏わりついた。なるべく義兄たちについてアクロイド侯爵家に通った。初めは一緒に行くのを嫌がっていた義兄たちも、最後は諦めてダリアを連れて行った。


 ダリアはランドルフが王子さまで自分がお姫さまのように感じていた。

 王子さまはお姫さまと結婚して幸せになる。おとぎ話の二人はいつだって幸せになる。


 だからダリアもランドルフといずれ結婚したいと思い始めていた。



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