招待の理由
フィオナはクラークとべったりと部屋に籠ってしまい、レジーナは早くも翌日から時間を持て余していた。
この招待はフィオナを呼びよせるものであったため、レジーナには何も予定がない。仕方がなく侍女が勧めるように庭の散策をする。
丁寧に手入れされた庭は確かに素晴らしい。季節の花が咲き、花も多すぎず少なすぎず配置されていた。仄かに香る甘い香りが気持ちを落ち着ける。
「綺麗な花ね」
足を止め花を見つめていると、心の蓋が取れそうになる。
いつもなら仕事で誤魔化していたが、こうして何もすることがないと頭の中はどうにもならない現実を考えてしまう。
結局、行きつくところはレジーナの結婚についてだ。レジーナが結婚したくないという気持ちを優先することで起きていることである。レジーナがたとえどんな種類の結婚をしようとも、結婚をしたという事実があるだけですべてがうまくいく。
レジーナは自分で子供を産まなくとも養子を取ることができるし、オルコット家はなくなることはない。フィオナだって、実家の事情がなければもっと好きに動けるだろう。
レジーナはフィオナが離縁して実家に戻り、生まれた子供が家を継ぐとは思っていなかった。フィオナは王位継承権を持つ子供を産むのだ。こちらの事情を優先すれば、外交問題にも発展する。
花を楽しみながらも、つらつらとそんなことを考えて歩いた。
世間の喧騒から逃れるためなら、やはり領地に行けばよかったと後悔し始めていた。大きくため息をついて、後ろに控えている侍女の方へと体の向きを変えた。
とりあえずフィオナを捕まえて、今から領地に行こう。
「お姉さまには会えるかしら?」
「申し訳ございません。ハガード公爵夫人様はまだお休みになっておられます」
大公家の侍女に声をかければ、やや申し訳なさそうにそんな回答を得た。レジーナは昨日のクラークの様子にそうだろうなと納得してしまった。長らく離れていて、さらにフィオナは妊娠している。愛おしく思わないわけがない。今日中にフィオナに会うことも難しいかもしれない。
「そうなのね。では大公殿下にはお会いできるかしら?」
「聞いてまいります」
フィオナに会えないのは仕方がないので、アンブローズとの面会を希望する。一言、領地に帰ると告げるだけなのでフィオナには伝言でも問題ない。レジーナにはクラークと話す用件もないので、引き留められることもないはずだ。
ぼんやりと長椅子に座って侍女を待っていれば、部屋にノックの音が響く。入るように告げると、扉が開いた。姿勢の良い初老の家令が入ってきた。
「旦那様がお会いになるそうです。ご案内します」
「ありがとう」
レジーナは頷いて、家令の後をついていった。案内された部屋に通される。彼の性格なのか、一度訪問した貴族院の執務室と同じように装飾品の少ない機能的な部屋だ。
アンブローズの向かう執務机には山ほどの書類が積まれており、彼は書類仕事をしているところだった。レジーナはその書類の山を見て、一日で裁くには難しそうだと内心気の毒に思う。
「やあ。何か用があると聞いたけど?」
読んでいた書類を机の上に置くと気さくに声をかけてきた。家令に長椅子を勧められたが、長居するつもりはなかったので断る。
「これから領地に戻りますので、ご挨拶に参りました」
「領地?」
「ええ。ここにいてもやることもないですし、元々いくつか領地での仕事を予定しておりましたので」
「君は真面目だね」
感心したのか、呆れているのかよくわからない声音でアンブローズが呟く。レジーナは反論しかけたが、ぐっとお腹に力を入れて言葉を飲み込んだ。
男性にいくら訴えても笑って流されるか、不愉快そうな顔をされるかのどちらかだ。この国では独身女性が男性と同じように働くことに不快感を表す人間が多い。そうせざるを得ないもっともな理由がない限り、女性の出しゃばりを喜んでくれる人は男女どちらにも少ない。
今後あまり付き合いのない彼相手に余計なことを言う必要はない。
そう心の中で強く自分に言い聞かせながら、儀礼的な笑みを浮かた。
「祖父も年ですし、動けるのはわたししかいませんから」
「少し待ってもらえるかな?」
アンブローズは幾つか書類に署名をすると、立ち上がった。
「折角だから、帰る前に庭に案内しよう」
「忙しいのでは? それに先ほど散策させてもらいましたから……」
「奥にある温室も見たかな? 我が家自慢の花たちが満開なんだ」
本当は庭を見るよりは早く帰りたい。だが、こうしてわざわざ時間を作ってくれているのを断るのはとても申し訳ない気がした。クラークの要望とはいえ、別邸にフィオナを呼んでくれたのだ。色々と無理をしたところもあるはずだった。
レジーナが否定の言葉を口にしなかったことで、アンブローズは満足そうな色を浮かべる。彼はレジーナの側に歩み寄り、手を差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
差し出された手に自分の手をのせる。彼はゆっくりと歩き出した。
「クラークと私は年が離れているけど、長い付き合いでね」
そんな風にアンブローズは切り出した。レジーナはクラークのことは実はあまり知らない。留学に行った際に知り合ったフィオナが突然結婚をしたため、親しくする期間はなかった。
クラークの事務的な情報だけを得て、よく理解する間もなくフィオナは嫁いでいった。嵐のようだったと思う。色々思うこともあったが、姉の幸せそうな笑顔にどうでもよくなったのを覚えている。
クラークは礼儀正しく、オルコット家を蔑ろにせずに対応していた。小国と言えども、王位継承権を持つ公爵だ。フィオナが大切にされるかどうかは、彼の態度にかかっていた。
実際は、知らないうちに侍女によって毒を盛られたりしたのだが、二人の関係は良好なようだ。
「問題は現国王の王子が一人で、しかも病弱だと言うことだ」
「それほど弱いのですか?」
「寝台から起き上がれない日の方が多いと聞いているね。だから第一王子でありながら、王太子として認められていない」
確かにそれならば、王位継承はクラークの方へ移りそうだ。健康面の不安がある王子を王太子にしたら国内が荒れる。
「本来ならば、国王は王妃と離縁して新しく縁を結ぶ必要があるんだけどな」
「……王妃様がもう一人子供を設けることは望めないのでしょうか?」
よく知らないが、王妃がもう一人子供を生めば解決する話だ。子供の性別によっては問題もあるかもしれないが、それでも直系であるのだからいないよりもいいはずだ。
「王妃は王子の時に難産でね。それ以降、子供ができないらしい。国王は王妃との離婚に頷かないから、自然とクラークの方へと矛先が向かう」
「そのような事情があるなら……」
レジーナはぽつりと呟いた。王妃がフィオナに子供を産ませないために毒を飲ませる必要はないのではないかと。
このことをアンブローズが知っているのかわからなかったので、レジーナは黙った。そしてアンブローズが何故この話をレジーナに聞かせたのかもようやく理解した。
フィオナの性格から、離縁することと子供をオルコット家の跡取りにすることを茶会の席で話している。その情報を得ていて、アンブローズが動いた。他国の王族ともめ事は起こしたくないのだろう。
ため息を一つ落とすと、レジーナは立ち止まった。エスコートしていたアンブローズも自然と足を止める。
「心配なさらなくても、姉の立場は理解しています」
「レジーナ嬢」
「お話がそれだけなら、わたしはこれで失礼します」
これ以上はここにいたくなかった。
アンブローズも気まずいのか、表情を曇らせたが引き留めなかった。




