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結婚はお断りです


 仕方なくランドルフにエスコートされながら会場から出た。いくつもの視線を感じたが、あえて無視をする。気にしていたらきりがないし、ここしばらくは彼と共に行動することが多いから噂も今以上広がることはない。


 そうは思っていても、ついついため息が出る。


「そんなに嫌がらなくても」


 ランドルフがレジーナの小さな動きを揶揄った。レジーナは胡散臭い目を彼に向ける。


「わたしの気持ちもわかってほしいものだわ」

「そうだね。でもこうしないと二人の時間は持てないから」


 ランドルフは全くと言っていいほど気にしていない。こうしてやや強引なところもあるのに、嫌だと思わせないのが困る。ランドルフとの会話はとても面白いし、あまり親しくしない方がいいとわかっていても拒絶できずにいた。

 結局のところ、ランドルフは顔を合わせるたびにレジーナとの距離を徐々に詰めていた。


 会場に流れている音楽が程よく聞こえる庭に面した回廊を通りながら馬車を待たせている場所までいつも以上にゆっくりとした足取りで歩く。レジーナとしてはさっさと帰りたいのだが、エスコートされている以上、彼の歩調に合わせざるを得なかった。


「今度、一緒に出掛けないか?」

「お断りするわ」

「少しぐらい悩んでくれてもいいと思うな」


 速攻で断れば、ランドルフが嘆く。レジーナは彼の大袈裟な態度に肩をすくめた。


「最初に言ったと思うのだけど、個人的な付き合いをするつもりはないの」

「そうだね。でも僕は了承していないよ」


 そんな他愛もないやり取りをしていて周囲を見落としていた。彼の選ぶ道からどんどんと人の気配が少なくなっていくことに気が付いて足を止めた。


「こちらは遠回りよ」


 レジーナはさっと周囲に視線を走らせた。少し離れたところには会場の警備をしている護衛たちがいる。忙しく動く使用人たちを確認して、二人きりではないことにやや安心した。


「そうだったかな」

「わかって選んだのね」


 腰に腕が回っている関係でとても近い位置に彼の顔がある。少しでも離れようと一歩下がった。ほんの少しだけ距離ができて内心ほっとする。


「僕の求婚を受けられない理由を教えてもらえないか?」

「言いたくないわ」

「僕は仕事もあるから、結婚しても君の権利を取り上げるつもりはない。何を心配している?」


 真剣な目で見つめられて、息をつめた。

 レジーナも求婚者の中で彼が一番だと言うことはわかっている。去年からの付き合いではあるが、彼の人となりも悪くない。レジーナでさえ、一緒にいると穏やかな気持ちになる。


 何人か他の求婚者にも会っているが、どの人もレジーナというよりもレジーナが持つ爵位と財産を見ていた。レジーナと結婚した後、妻として据えておきながらオルコット家の財産を自由にしようと言う気持ちが見え隠れしていた。


 そんな求婚者が多い中、ランドルフだけは違っていた。彼はレジーナを尊重してくれるし、レジーナの気持ちを無視することなく徐々に近づいてくる。


 彼が結婚相手としては一番だと、わかっている。


「……誰とも結婚したくないからよ」

「本気なのかい? 君は自分の家を潰すつもりなのか?」


 誰とも結婚する心づもりはないと、かすれた声で答えれば、ランドルフは驚いたように目を見張った。

 この国では貴族令嬢が結婚しないことは瑕があると示すことであり、さらに伯爵家には跡取りとなる直系の男子がいなかった。レジーナの母には兄弟はおらず、祖父の妹たちはすでに貴族家に嫁ぎ継承権がない。オルコット家の特有の事情により、今は継承権を持つのはレジーナただ一人だ。


 だからランドルフは結婚するつもりはない、という言葉を今まではランドルフを選ぶつもりがないという言葉に変えていたのだと思う。これほどはっきりと結婚自体したくない、と明言するのが初めてだから驚くのも仕方がない。


「爵位を返上するつもりはないわ」

「……知らないわけじゃないだろう? この国は女性が爵位を継ぐことができない」


 面倒くさいことになった。こうなる前に帰りたかったな、と思いつつランドルフを見つめた。


「申し訳ないけど、このことに関して話すつもりはないわ」


 どうせ男性に話しても、嘲笑うか、哀れな子を見るような目になるかどちらかだ。ランドルフはどちらかというと気持ちのいい性格をしているが、この国の貴族社会を否定するようなことを言われれば眉を(ひそ)めるだろう。


 ランドルフは少し迷ったような顔をした。彼にしてみたら単に結婚を承諾してもらいたいだけなのに、こうして訳の分からないことを言われている。困惑するのも理解できなくはない。言葉を選んでいるのか、ランドルフはすぐに言葉を返してこなかった。


「邪魔をしてすまない。そこを通りたいのだが」


 そんな二人に声がかかった。はっとしてレジーナは声の主の方へと顔を向ける。

 声をかけてきたのは騎士かと思えるほどがっちりした体躯の厳つい顔をした男だった。上品な仕立ての服を着ているが、柔らかな甘い雰囲気はない。黒一色の服装が騎士団を想像させた。ランドルフが彼の姿を認めると、外向きの柔らかな笑みを浮かべた。


「気にしないでください。べインズ伯爵。通りを塞いでいたのは我々の方だ」


 ランドルフが応じると、通路の隅に身を寄せた。レジーナも彼の手に引っ張られて道を空ける。


「ありがとう」


 彼は鷹揚に頷く。


 べインズ伯爵。


 レジーナはその名前に聞き覚えがあった。会ったことはないが、誰かに彼を結婚相手にどうかと、勧められた気がする。参加したお茶会でのちょっとしたきっかけで出てきた話だ。レジーナは結婚自体をするつもりはないし、すでに伯爵になっている彼が結婚相手になることは絶対にない。


「では、わたしはここで失礼しますわ」


 ランドルフの手も緩くなっていて、するりと自分の手を抜いた。流石に第三者がいるところで迫っては来ないだろう。そう油断をしていたのが悪かったのか、ランドルフが腰に腕を回し、密着するように引き寄せた。少しだけ身をかがめ、レジーナの耳元で囁く。囁いたと言ってもべインズ伯爵には聞こえる大きさの声だ。


「続きは二人の時にでも」


 誤解を受けるような言い回しに頬がさっと染まった。口説き文句が慣れなくて、顔が火照るのを止められない。これでは仲のいいように見えてしまう。恥ずかしさにべインズ伯爵の方も見ることができない。


「顔が赤くなって可愛い。でも僕以外に見せたらだめだよ」


 いちいち誤解を受けるようなことを言うなんて、なんて性格悪いの!


 きっと睨みつけてみたものの、レジーナの行動こそ彼の望んでいた反応だと気がついた。彼は人当りのいい笑みを浮かべ、ちゅっと頬にキスをする。

 そのさり気ない動きに、レジーナは対応できなかった。突然のキスに驚けば、ランドルフは嬉しそうな顔をする。


 ランドルフは茫然とするレジーナの頬をするりと撫でた。


「また今度」


 気分が急降下した。



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