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何もかもが手に負えません


 色々と考えることを放棄したレジーナは毎日忙しく仕事をしていた。伯爵であるブルースはやはり年齢が年齢なので、細々とした仕事はレジーナの担当だった。


 領地からの報告書を読み、農産物の生産量や取引量や金額、様々な数値の確認を行う。今年は領地内のどこの場所も順調らしく、特に問題点もないように思えた。順調だという報告書を処理済にしてから、領地内の村や町からの要望書を手に取る。

 橋の老朽化や農作物を保存する建屋の増設、他には私兵の増強など様々な要望が書かれていた。


 どれもが必要なことではあるが、資金は有限だ。優先順位をつけて、方針を立てていくのがレジーナに任された仕事だ。最終的にはブルースの判断になるのだが、その判断の基準を作成することにレジーナはやりがいを感じていた。


 レジーナがこの仕事を始めたのは、留学に行っていたフィオナがそのまま嫁いでしまった後だった。3年前のことなので、16歳の時だ。生まれた時から長女であるフィオナが跡取りであったため、レジーナは貴族家に嫁ぐために必要な程度の教育しか受けていなかった。


 逆にフィオナは両親の生前中からオルコット伯爵領主になるための教育を受けて育っていた。爵位を持つことができなくとも、オルコット伯爵領はフィオナが継ぐのだからそれなりに厳しいものだった。


 フィオナが他国に嫁いでしまったことでレジーナの取り巻く環境はがらりと変わった。

 今まで次期領主として領民と接していたフィオナに対して、レジーナはあくまで領主のお嬢様だ。細かなところで次期領主としてのフィオナとレジーナの扱いには差があった。領民は気を使っていたようだが、やはり言葉の端々やレジーナと接する態度はフィオナとは違う。


 突然の跡取りの変更に表向きは協力するような姿勢を示していても、レジーナはフィオナと違い何も知らないお嬢さまだ。

 フィオナから引継ぎすらされていない状態であったため、最初の頃は何を言われてもわかることが少なく、何度も何度も説明を求めた。ようやく理解しても、その後の案などレジーナが持っているはずもなく。泣きそうな顔をする次期領主に皆不安だったろう。


 それでも3年、領民たちの手を借りながら、どうにかそれなりになってきた。レジーナも泣くのをこらえ、頑張ってきた。

 その歩みを無駄にしないためにも、レジーナが婿を迎えることが最善であることはわかっていた。


 わかっていたが、どうにもならない感情がある。


 貴族令嬢として、領地のために政略結婚をするのは当たり前だ。どうしてもその当り前が苦しい。


 一度自分の心の底を見つめてしまえば、ランドルフの顔が思い浮かぶ。そして引きずられるようにして出てくるのがダリアだ。二人が寄り添うところを想像し、胸の奥がほんのわずかだけギュッと掴まれる。


 その痛みを忘れようと、レジーナは仕事の方へと意識を切り替えた。不毛な葛藤を繰り返しているうちに、扉がノックされた。


「どうぞ」

「お茶を用意したわ」


 顔を出したのはフィオナだ。フィオナは休憩も取らずに仕事をし続けるレジーナを休ませるために、こうして適当な時間にやってくる。すっかり体重も適正に戻り、お腹がせり出してきたフィオナは動きにくそうにしながらもレジーナの面倒をみる。


「あと少し」

「もう昼過ぎよ。一度、休憩しないと効率が悪いわ」


 昼過ぎ、と言われてようやくレジーナは時計を見た。確かに時計は昼を回っていた。あっという間に午前中が終わってしまっていた。


「時間が足りないわ」


 そんな呟きを落とせば、フィオナが少しだけ険しい表情になる。


「ちょっとは休みなさい。体を壊すわ」

「そうね」


 フィオナは手慣れた手つきでお茶を淹れ、軽食を並べた。美味しそうなお茶の香りと彩の綺麗な食事にレジーナも空腹を覚えた。


「ほら、こっちに来て」


 レジーナを長椅子の方へと促すと、フィオナはレジーナに食事を取り分ける。


「ありがとう」

「お礼はちゃんと料理長に言いなさいね。いろいろ気を回して食べやすいものにしているのよ」

「わかったわ」


 色々な人に心配されていることにも気が付かなかったことにレジーナは恥ずかしさを感じた。いつだって自分のことだけでいっぱいいっぱいになってしまう。周りの人の優しさにも気が付けない自分がとても嫌だった。


「そうだわ。エリーゼ様からお茶のお誘いがあったの」

「エリーゼ様から?」


 レジーナは眉をしかめた。エリーゼが呼び出すとしたら、ここ最近悩ましい噂についてだろうとあたりを付けた。エリーゼには今までも沢山心配してもらってきたが、今回ばかりは会いたくなかった。レジーナ自身、気持ちの整理ができていないため、話せる状態ではない。

 そんなレジーナの気持ちを汲み取ったのか、フィオナが柔らかな口調で促してきた。


「ねえ、わたしにも話す気になれない?」

「特に話すことは何もないわ。噂通りだとしか」

「本当に?」


 フィオナは噂の半分は嘘だろうと考えていたのか、非常に驚いた顔をする。レジーナは大きくため息をついた。


「本当よ。夜会会場で愛人として認めろ、それ相応の支度をしろと迫られたのよ。月の半分はアクロイド様をわたしの方へ通わすとも言っていたわ」

「ええ……?」


 先日の夜会のことを口にするだけで、頭がずきずきと痛くなってきた。抑え込んでいた何かがこみあげてくる。

 気持ちを落ち着けようと、お茶を一口含んだ。爽やかな香りと温かさが少しだけ体のこわばりをほぐしてくれる。気を張っていたものが緩んでしまったせいなのか、体が鉛のように重く感じた。


「アクロイド様の今までの様子から、彼女は確かに幼馴染だったかもしれないけどそれ以上の関係ではなかったと思うの」


 ゆっくりと自分に説明するようにレジーナは呟いた。フィオナは口を挟むことなくじっと妹の話に耳を傾けている。


「でもね。ダメなの。状況がとてもお父さまとお母さまによく似ていて。どうしても重ねてしまう」


 まだダリアの存在がなければここまで思い出すことはなかった。フィオナの両親についての話も混ざっており、自分の記憶が両親の顔ではなく自分とランドルフ、それにダリアの3人になってしまう。 


 深く考えることを避けていたのは、この記憶のせいだ。少しでも考えてしまえば、過去へと戻ってしまう。目を閉じれば、母の悲鳴がいつまでも聞こえるような気がした。


「レジーナはアクロイド様をどう思っているの?」


 フィオナはじっと妹の顔を見つめたまま、尋ねた。


「どうって」

「結婚するとか、しないとかではなくて、彼本人をどう思っているのかしら?」


 レジーナは言葉が全く浮かんでこなかった。



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