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ある日の夜会で


 華やかさと優雅さで満たされた夜会会場には沢山の人々がさざめいている。

 まだ社交シーズンも始まったばかりのせいか、久しぶりに顔を合わせる人々に挨拶をして回る姿があちらこちらで見られる。レジーナも他の人と同じように、知った顔を見つけては挨拶をしていた。


 知り合いの夫人と話していたから、少し油断していたのかもしれない。気が付けば、今日初めて会う男性と二人きりになっていた。

 レジーナは非常に困ったように自分の手を握って離さない男性を見た。レジーナよりも1、2歳年が下のようだが、女慣れしているのか押しが強い。

 レジーナが断りの言葉を言う前に強引にこの状況に持っていかれていた。夜会に来て、挨拶もさほど回らないうちにこんな相手にぶつかってしまって、ため息が出そうだ。


「挨拶に行きたいので手を離してもらえませんか?」


 知り合いの知り合いの知り合い、というすでに知らない人の紹介で繋がった彼は裏のなさそうな笑顔を見せる。普通の女性ならその笑顔にぼうっとしてしまう程度には整った容姿をしていた。彼はそれをよく知っていて武器の一つとして使っている印象だ。


「では一緒に」

「意味が分かりませんわ。手を離してくださる?」


 流石にイラっとしたレジーナは強引に自分の手を引き抜こうとした。だが男の方が行動が早く、逃がさないためか強く握りこまれてしまう。強い力に手が痛んだ。

 彼の顔に浮かんだわずかな怒りをレジーナは見逃さなかった。この男もレジーナの肩書が欲しいために近づいているのか、と内心ため息をついた。


 このまま離れてしまってもいいのだが、男を拒絶したことで変な敵愾心を持たれても困る。レジーナはどう対応しようかと忙しく考えた。男の出方がわからないからとはいえ、できる限り次につながるような言葉は口にしたくない。


「レジーナ嬢」


 対応に悩んでいると名前を呼ばれた。レジーナはゆっくりとそちらに顔を向けた。


「アクロイド様」


 向けた視線の先にいたのは、侯爵家三男であるランドルフ・アクロイドだ。ランドルフは背が高く男性らしい顔立ちをしているが、穏やかな表情を浮かべるので柔らかい印象を持つ。

 本人の出自とその整った容姿は常に人の目を引いた。ランドルフがレジーナに声を掛けたことで、周囲の人たちが関心を向けてくる。


 ランドルフはレジーナにじっと視線を注いだ。その視線に気が付いて見返せば、手助けしようかと目で語ってくる。レジーナにしたら一人で切り抜けるのが一番なのだが、話を聞かなそうなこの男は正直彼女の手に余った。


 黙って見つめあっていたのが気に入らなかったのか、手を握りしめていた男は少しだけレジーナを引っ張る。レジーナはバランスを崩すまいと踏ん張った。親し気に見せたいのだと思うのだが、そうはさせない。


 ランドルフはよろめきそうなレジーナの腰に腕を回した。レジーナはひくりと顔が引きつった。手を初対面の男が、腰にはランドルフが。レジーナを取り合っているように見える。

 これは噂につながるのではないかと、心配になる。


「今夜は約束していたはずなのだが……知り合い?」


 ランドルフはじろじろとレジーナの手を握る男を値踏みした。男は引くつもりはないのか、嫌な笑みを浮かべる。


「今は私と話している。後にしてもらおうか」

 

 レジーナは隠すことなくため息をついた。

 しゃんと自分の足で立ち、ランドルフから少し距離を取った。そして男に握られた手を今度こそ引き抜く。二人から近すぎない程度の距離を取ると、姿勢を正して真っすぐに男を見た。


「申し訳ありませんが、貴方とこれ以上話すことはありません」

「……何を言って」

「ここで引かないと醜聞になると思うが」


 ランドルフはのんびりとした声で怒りを含んだ声を遮った。男ははっとして周囲を見回す。興味深そうに観察されているのに気が付いたのだろう。小さく舌打ちをして、男は人ごみの中に入っていった。その後姿をなんとなく追うと、一つの集団に合流する。


「断って正解だ。あいつら、女後継人を落とすことを賭けていた。はっきりしない態度を続けていたら、間違いなく空き部屋に連れていかれただろうな」

「空き部屋に連れていかれたって……」


 何とも嫌な表現にレジーナの表情が険しくなる。ランドルフは肩をすくめた。


「あいつら、女癖が悪くて有名だからね。レジーナ嬢と一度でも関係が持てれば、婿になれると思っているんじゃないか」


 レジーナはそれを聞いてため息をついた。レジーナは伯爵家の跡取り娘だ。まだ婚約者がいないために、こうして変な男が湧いてくる。この国の女性の結婚適齢期が18歳で、19歳のレジーナはやや遅い。

 相手が決まっているのならまだしも、決まってもいなかった。縁がないと言うよりも、色々な思惑を持って婚姻を申し込む人間も多く、さらには既成事実を成立させてしまおうとする人もいる。

 レジーナの持つ立場が欲しい人が多いことは知っていたが、こうして身の危険にさらされると憂鬱になる。


「踊らないか?」


 気持ちを切り替えるためなのか、ランドルフがダンスに誘う。

 ダンスの申し込みに躊躇ったが、受けることにした。ここから離れるにはダンスを口実にした方が目立たなくていい。


「ダンスの前に少しだけ休ませてもらってもいいかしら? 喉が渇いたわ」

「もちろん」


 ランドルフは笑顔で手を差し出した。レジーナはその手をためらうことなく取った。

 ランドルフはレジーナを好奇心のある視線から隠すようにして、壁際に移動する。給仕係からお酒ではないグラスを受け取り、レジーナに渡した。


「水だよ」

「ありがとう」


 レジーナは小さく礼を言ってから、冷たい水で喉を潤す。その冷たさにほっと息を吐いて、少しだけ体から力を抜いた。彼と踊ったらもう帰ろうと決めて残りの水を飲み干す。


「そろそろ次の曲が始まる」


 そう呟くと彼はレジーナのグラスを取りあげ、給仕に渡した。優しく彼女の手を取ってダンスホールへと導く。

 ゆったりとした曲調のダンスのため、彼は密着するようにぴたりと抱き寄せた。何度かランドルフと踊ったことがあったので、特に抵抗はせず彼に体を預けた。いつも以上に距離を縮めているのにされたままになるレジーナにランドルフは低い声で唸った。


「この親しさは喜んでいいのか、嘆いたらいいのか。僕が君に婚姻の申し込みをしていることを忘れているような気がしてくる」

「もちろん忘れていないわ。気が向いたらちゃんと考えるわ」


 ランドルフの嘆きに軽い口調で応じれば、彼は少しだけ不満そうな表情を浮かべた。


「僕の何が駄目なんだろうか?」

「アクロイド様が駄目というよりも今はまだ結婚したくないだけよ」


 何度も交わされているランドルフからの婚姻の申し入れ。ランドルフは侯爵家の三男であるが、侯爵家を通しての申し出ではないため断ることができていた。


 だが、今夜はどうも様子が違う。いつもはここまでで終わるのだが、ランドルフは真剣な面持ちでレジーナの目を覗き込んだ。


「君は貴族令嬢だ。いずれは結婚することになる。婚約だけでも前向きに考えてもらいたい」

「わたしは……」


 言葉に詰まり、彼の視線から逃げるように俯いた。大きく息を吸い、気持ちを落ち着かせると口元に笑みを浮かべる。ランドルフも目を細めたがそれ以上は何も言わなかった。


「ごめんなさい、そろそろ帰る時間だわ」

「送っていこう」


 すかさず誘ってくる彼に首を緩く振った。


「迎えの者が来ているので大丈夫です」

「ではせめて馬車まで」


 引く気はないのか、腰に回した腕をそのままにエスコートされる。ダンスホールからそのまま二人で退場なんてどんな風にみられるか。きっと理解していてやっているのだろう。


「困った人ね」

「少しは牽制しておかないとね。君を狙う男が多いから」


 暴言を吐くわけにはいかないので、控えめに呟いた。彼はくすっと笑う。先ほどの緊張した空気が元に戻る。

 そのことに安心して、レジーナは大きくため息をついた。



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