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王城のホールは多くの人々でごった返していた。もちろん大国アルカディアの城が小さいはずもない、その大きさを錯覚させるほどの数が集められているということだ。

歴史や家格よりも実績をこそ重視するアルカディアにおいて、爵位は他国ほど重さを持たないが、それでもここまでの貴族が集まるのは稀である。見回せばあの変わり者のハハシアやオルガまでもがこの第二王子の婚姻を祝うパーティにいるのだから流石は王家だ、もっとも、王家の招待を蹴る家は滅多にいないだろうけれど貴族同士なら気に入らないから、とかいう理由で普通にあったりする。


ブリジットが言った通り刺すほどの視線はもはや感じなかった、ただ時折ユーリがぶるりと肩を震わせるのでねっとりとした何かは感じているのだろう、哀れみの視線を何度送ったか。優雅ながらも騒がしい人々の声に軽く一息吐き出して、ブリジットは隣の赤毛を見上げた。


「人が…多いですね…」

「貴族は全員出席だからな、お陰で見る場所が多い」

「…何かありましたか?」

「いや、今のところ報告はない、が、何が起こってもおかしくないな」

「そうでしょうね…不埒者は中々いないと思いますが」

「だといいが…何人かに挨拶をしたら警備にあたる、すまんがその後は頼む。何かあればこれで知らせてくれ」

「かしこまりました」


ユーリが指先で示した先にあったのダイヤを吊ったイヤリング、に見えるがれっきとした通話を可能にする簡易魔器(マジックアイテム)である。風属性を応用した通信魔法は魔法の中でも初歩に位置するが、魔法を得意とする人間は多くないためその補助に用いられる道具だ。

勿論この一つにも相当な金がかかっているのだが、しっかりとブリジットの耳にも同じものが揺れていた。ブリジットとて通信魔法程度は可能だ、けれどこうして受け取っているのは普通のアクセサリとしてイヤリングを受け取ることに恐縮するだろうとユーリの配慮あってのことであった、そこを拒めるほどの度胸はない。


あたりにすい、と鋭く視線を滑らせるユーリに倣い周りを眺めていると背後から気の抜けた声がかかった。


「おいおいおーい、ちょっとぉ、パーティなんだからもおっとやーらかい顔してよー」


まるで場を考えていない口調に呆れつつ振り返ってみると、そこにいたのは純白の礼服に身を包んだ美丈夫だった、年の頃はユーリと変わらないか。一目で分かる上質な布地に負けることもなくその姿は輝いて見え、何よりも濡れたような黒髪と澄んだ紫の瞳に一瞬で背筋が伸びた、それは主とも呼べる王女ナナリーと同じ色、であるならば。


「……!で、殿下…!」

「やぁ!話に聞いてるよ?君がユーリのお嫁さんだって?」

「殿下…私の妻を驚かさないでいただきたい」

「妻!ユーリが妻だって!はーおっかしぃ!」

「…妻のブリジットです」

「…お目にかかれて光栄です」

「あ、いーのいーの、僕そういうの苦手でさ。楽にしてよ」


へらへらと気安い笑顔を振りまくこの男こそアルカディア第二王子、ディノス・トルス・アルカディアに他ならない。ナナリーとは似ても似つかないけれど、その身に纏う色は王家に近過ぎた。

そしてディノスとブリジットの距離もまた、王族とそこに傅く貴族としては近過ぎて、震える指先でなんとかカーテシーを終える。愉快そうにその様子を見るディノスにユーリは小さく眦を上げ厳しい口振りで王子を責めた。


「近衛も付けずにどういうつもりですか」

「ユーリいるからいいだろ、な、赤獅子様?」

「だからや…おやめください!」


赤獅子というあだ名の由来はここかららしかった。なるほど、王子からのあだ名というなら実態と似合っていなくても名乗らざるを得ないのかもしれない。にやにやと意地悪い笑みを浮かべるディノスを見るに、ユーリの腕を一番に考えたものではなさそうだったけれど。


そしてユーリの指摘通りにディノスの側には誰も控えていなかった。仮にも今回のパーティの主役がフラフラとしているだけでも大問題なのに、挙句誰も守っていないというのは。ユーリを信用しているということだろうが、ブリジットからすれば不用心にも程がある。しかしそんな気持ちも知らず放蕩王子は弾ける笑顔とともにブリジットに視線を投げてきたのだ。


「あはっ、こいつ面白いやつでしょ」

「え、え、その、えっと…」

「ブリジット、答えなくてもいい」

「数年ぶりの再会だってのにひどくないか?」

「ふらふらと城から抜けだして数年でなければ敬意は払います」

「だからぁー見識を広める旅だって。兄上もナナリーもいるし問題なんてなかったでしょー、僕も結局無事だし」

「そういう問題では…」


そう、ディノスには放浪癖が昔からあったという。故に目付の者は多くいて困らなかったが、結局残ったのは根気強く城を抜け出すたびにディノスを連れ戻したユーリだけだったというのは有名な話だ。おそらくは何かしらの習得技能(スキル)によって成し得た技なのだろうが、数年前遂に国外へとディノスは抜け出してしまった。

王城には「運命の相手探しとついでに見識を広めてきます」と能天気な書き置きが残されていたという。頼みの綱のユーリはといえば、当時辺境での重要任務でそれどころではなく、やっと王都に戻ってきたと思えばそんな大ごとになっていて目眩がしたらしい。


そして今回ふらりと戻ってきたと思えば、側には隣の大陸の国の姫を連れていたとか。こうして近くにいるのに周りの貴族がこちらを気にしていないのも、スキルゆえなのか。なんとも厄介な王子だと、ブリジットは気後れしつつ日に焼けたその横顔を見つめていたが、それにディノスは訝しげに首を傾げた。


「ん?どうしたの?」

「あ、い、いいえ、何でも…」

「いいよ、ユーリのお嫁さんなら僕の妹みたいなものでしょ」

「…えっ」

「困らせないでください!」


ブリジットが世界の違う話に硬直するとユーリがディノスの笑顔を遮るように声をあげた。そしてその反応にも微笑みを崩さないあたり、筋金入りというか。ブリジットは恐る恐る口を開く。


「あの…ディノス殿下の伴侶の方は」

「あぁ、向こうで寛いでるよ。僕も座ってなきゃなんだけど、陛下からも妃殿下からもネチネチ色々言われるから抜けてきちゃった」

「…………おい」

「うわ、顔怖っ」


遠回しに戻ってはどうかといいたかったのだが、運命の相手とやらを自覚の上でほっぽっているらしい。そろりとディノスが指差した先の貴賓席を見れば件の姫は王と王妃の和やかに語り合っているように見える。そしてその隣にある空席には未だ気が付いていないままだ。なんともはや恐ろしい。


スキルというのは血族からの継承もあるが、通常自分で鍛えて習得するものだ。才能があればどこまででも高度に洗練させられるが、素質がないものには習得も出来ず、出来たとしてもあってないようなもので、研ぎ澄ますことなどまず不可能。だとするならばディノスのこれは相当な才能があったということになるが、王子というよりは暗殺者向けなのではないか。才能を選び取ることはできないが、アンバランスさに力が抜けてしまう。


責任感も何もない態度にユーリが詰め寄ろうとしたその瞬間、振り返り素早い動きで剣を抜く。鞘から解き放たれた刃は飛来した矢をあっさりと斬り落とした。そのまま後ろ手にディノスを庇い狙撃手を探る。


「殿下!お下がりを!」

「…!」


パーティに似つかわしくない音に、当然あたりはざわめき立つ。しかし射撃はそれを狙ってのことか、次々と矢が降り注ぎ場は騒然となる、異常は見受けられないという話だったがいつのまに潜んでいたのか。混乱する人々を置いて別の騎士が駆けて飛び上がり、ひらりと狙撃手へと迫る。


「っ」

「ブリジッ…」


その姿につい気が緩んで、惑う誰かに背を押され大きくよろめいてしまった。ブリジットに手を伸ばしたユーリも同じだったのだろう、或いは駆け出した騎士の姿に安堵を覚えたか。


だから、騎士に取り抑えられた暗殺者の最後の足掻きに気がつくのが1秒遅れたのだ。矢をつがえた腕を切り落とされるその刹那、放たれた矢はブリジットを助けるために動いたユーリの横を擦り抜けた。そして、ユーリが去った先にいたのは。


「ディノスッ!」


体を捻り弾き落とそうとしてももう遅い。触れたのは矢羽で、僅かに逸れただけ。最後の一本はディノスの腕を掠めて床へと落ちた。

さて、王族への一矢に果たして何も細工がないものか。ほんのすこし掠めただけのはずなのにディノスの身体はスローモーションのように倒れていく。

ブリジットが見上げたユーリの横顔は絶望に塗りつぶされていて、数秒前の自分を消してしまいたくなった。


絢爛なホールに悲鳴が響く、それはどこにでもありそうで、どこにもあってはならない悲劇の一瞬だった。


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