外伝 Ⅸ 勇者救出③
デグナンたちが敵本陣から見て、右翼に奇襲を掛けたのは、中央の高台から様子を窺っていたレナからはよく見えた。
やがてうまく、右翼を西の林へと誘導している。ちょうど本陣と分離した姿は片翼をもげた鳥のように見えた。
レナは常時【学者】の職業魔法【交信】で繋がった部下に連絡を取る。
『片翼はもげた。片翼はもげた。繰り返す。片翼はもげた』
レナからの【交信】を聞き、実働部隊はにわかに騒がしくなる。
「レナからの合図だ。行くぞ」
シェリムが声をかけると、ラシュア以下勇者部隊の生き残り数名が頷く。すべて女性で構成されたハイ・サキュバス討伐特別チームだ。
「勝負は一瞬。そしてチャンスは1度だ。いいか。我々の狙いはハイ・サキュバスだが、決して討伐に固執した作戦じゃない。極端にいえば、我々本陣を駆け抜けることを主体とした部隊だ」
ラセルは今回の作戦が必ずしも成功するとは考えていなかった。さすがに今回は多勢に無勢だ。しかし、一瞬の隙に付け入ることはできると考えた結果の作戦である。
あくまで隊員の生還を一番としており、シェリムたちも本陣に突撃した後はそのまま北へ向かい、山間部に潜伏。東に迂回し、南の森でデグナンと落ち合うことになっている。
「だから、決して足を止めるな。いいな、ラシュア」
「はい」
「あなたたちも頼みます」
「ああ。任せてくれ」
「レナ副官の代わりに頑張ります」
「任せてぴょん!」
女性隊員とはいえ、勇者とともに死線をくぐってきたことはある。生還率は高いとラセルは言っていたが、たった10名で魔族がうじゃうじゃいる場所に突貫するなど、自爆特攻とほとんど変わらない。
それでも女性隊員が清々しい顔をしている一方、ラシュアやシェリムが顔を強ばらせているのは、やはり経験の差というべきなのだろう。
「シェリムさん、レン副官からご連絡です。『うちの隊員を頼む』と」
【学者】の隊員が告げる。
「言われなくともそうする」
「レン副官に何か返信しますか?」
「そうだな……。いや、やめておこう。ただ『了解した』とだけ返してくれ」
「わかりました」
【学者】はそのまま言葉を【交信】で告げる。そこからレンからの言葉はなかった。
「レン、ともに生き残るぞ。そしたら一緒に浴びるほど酒を飲もう」
「シェリム隊長?」
「なんでもない。行くぞ!!」
全員が静かに頷く。
シェリムは全体に【気配遮断】を使った。その効果範囲は極端に狭いが、固まって歩けば、全員の姿を隠すことができる。
茂みから出ると、シェリムたちはそろそろと本陣に近づいていく。幸い魔族たちは勇者と一騎打ちを始めた子どもと、奇襲をかけてきた人類の部隊を注視している。
おかげであっさりと本陣を囲う縁までやってくることができた。
(ここからが問題だな)
シェリムは汗を拭い、今1度精神を引き締める。ここで集中を解いては、【気配遮断】が消滅し、見つかってしまう。それでも屈強な魔族の前を通るのは、どれほどの胆力を有したものでも肝を冷やすだろう。
(まだか……)
心は焦るが、まだ本陣は見えない。途中後ろを振り返りながら、仲間たちがついてきているのを確認する。
極限の緊張感の中、ついにシェリムは目標となる相手を見つけた。
(いた……)
思わず声を出しそうになるのをなんとか堪えた。
背が高く、屈強な肉体を持つ魔族の中で、明らかに異質な魔族が玉座のような椅子に座って、勇者とラセルの対決を見ていた。
黒い肌の多い魔族にあって、透き通るような白い肌。薄い唇。鼻梁は美しく、一方丸くはっきりとした目は子どものような輝きを怯えている。
肢体は細く美しく、胸も豊満というよりは形のバランスがいい。
(…………)
女のシェリムすら心を奪われそうになる。笑顔を向けられたら、たちまち籠絡されそうな魅力を持っていた。
(隊長)
後ろのラシュアがシェリムの異変に気づいて、肩に手を置く。おそらくラシュアからもすでにハイ・サキュバスの姿は見えているはずだが、こちらは大丈夫のようだ。
シェリムはポンとラシュアの手を叩き、「大丈夫」と合図を送る。ハイ・サキュバスとの距離はもう50歩ほどの位置にまで迫っていた。
40……。
30……。
20……。
10……。
その時だった。
鼻のいい魔族が敏感に反応する。
「人間の匂いがするぞ」
その言葉に、魔族たちの反応は早かった。
「人間が隠れてる?」
「探せ!!」
「どこかにいるぞ!!」
本陣が慌ただしくなる。
整然としていた魔族たちがあっちこっちと動き出す。下手に動けば、魔族にぶつかるような状況だ。
だが、これはシェリムたちにとっては好機だった。
「ラシュア! もういい!! 放て!!」
「はい!!」
【竜皇大火】!!
【魔導士】の上級魔法を撃ち放つ。
いくら魔法に対する耐性が強い魔族でも、上級の魔法となればダメージを負う。事実、突如本陣に現れた炎の竜は次々と魔族を飲み込んでいった。
残念ながらハイ・サキュバスがいるところまで届かなかったが、代わりにそこまでの花道ができる。
「全員!!」
走れぇぇえええええええ!!
シェリムの声が魔族本陣に響き渡った。









