外伝 Ⅸ 勇者救出
☆★☆★ 本日コミックス4巻発売 ☆★☆★
おかげさまで本日「劣等職の最強賢者」4巻を発売することができました。
冒険者学校入試編、さらに学校での日々。ヒロイン2人も加わって、かなり賑やかになっております。
是非お買い上げいただければ幸いです。
「作戦を伝える」
「ちょっと待て」
ガーゴイルの部隊を殲滅し、勇者の部隊の生き残りたちと、俺たちは共闘することになった。目標は勇者奪還。そのためにはハイ・サキュバスを倒す必要がある。
だが、ハイ・サキュバスは魔族軍の陣の真ん中。誘い出すか、奇襲を仕掛け一気に本陣へと向かい、ハイ・サキュバスの首級を取る。これが1万人近くの用兵ならば、造作もないのだが、生憎とこっちにいるのは、半人前の新人が3人に、20名にも満たない女性隊員だけだ。
戦力は絶望的だが、やるしかない。
幸いにも相手は油断している。何より俺が参加していること。魔族たちは未だに元英雄という俺の存在を知らない。ならば付け入る隙はどこかにあるはずだ。
「……とまあ、今から必勝の策を授けてやろうとしているのに、なんだ、副官殿」
俺はレナ・ハルトマンを睨む。
勇者の部隊の生き残りの副官は、まるで親でも殺されたかのように俺を睨んだ。
「作戦を立てるのは構わん。お前たちの実力も見せてもらった。勇者救出――こちらから願い出たいぐらいだ。しかし、ラセルといったか。何故新人のお前が前が仕切っている? せめてお前の上司であるシェリルに任せるべきだろう」
語気を荒らげる。
フッと吐いた息は白く濁り、頭に血が上った牛を想起させる。やれやれ。これが勇者の副官とはな。参謀としての冷静さ、思慮のなさが表情に出過ぎている。おそらく勇者の異常な能力に甘えた部隊なのだろう。
少々叱り付けてやりたいところだが、腐っても上官だ。さすがに尻を叩くのは不敬なので、言葉でわかるように説明してやった。
「シェリル隊長……。では、作戦の説明をお願いします」
「ラセル、それぐらいにしてやれ。……レナも聞き分けてくれないか? はっきり言って、ハイ・サキュバスから今の勇者を救出するなど不可能だ。少なくともあたしにはそんな壮大な作戦は立てられない。おそらく君にもだ」
「……ならば、ラセル。お前にはできるのか?」
レナ副官は見下ろしてくる。
はあ……。なんでこうも俺は子どもなのだろうか。しかもこの身体は平均的な12歳の中では低い方だ。おそらく成長が遅れているのは、孤児院のまずいスープのおかげだろう。
「できるから今から説明しようとしているのだ」
こちらも少し語気を強めて言い切ると、生徒レナは大人しく他の隊員とともに座った。
俺は一度咳払いをした後、ようやく作戦会議を始める。
「今回において、もっと脅威なのは勇者だ」
この作戦会議を行うに当たって、俺は勇者が得意とする創作魔法【一騎千馬】を見てきた。人を紙のようにぺしゃんこにする魔法は確かに脅威と言える。巨大な鉄球で人をゆっくりと引いているようなものだからな。
「ただ一旦勇者のことは忘れろ。お前たちが気にするのは、第二の脅威だ」
「ハイ・サキュバスか……」
レナが忌ま忌ましげに呟く。
「ああ。言わずとしれた高ランクの魔族だ。ただ幸いにも魔族としての強度は他の魔族と比べても圧倒的に劣る。中級魔法でもうまく運用できれば、お前たちでも倒せるはずだ。まあ、簡単とは言わないがな」
「待てよ、ラセル。ハイ・サキュバスにはテンプテーションっていう強力な魔法があるんだぜ。それはどうするんだよ?」
口を挟んだのは335番ことデグナンだ。実はこの作戦の実行を最後まで反対していたのはデグナンだ。しかし、みんながやる気になっているのを見て、腹をくくったらしい。
とはいえ、心の底から納得してはいないらしい。口をとがらせ、俺を責めるような目で睨んでいる。
「問題ない。テンプテーションには大きな欠点があるからな」
「女性は効かないんだよね」
優等生のラシュアが答える。
「そうだ。テンプテーションによって勇者の部隊は瓦解したわけだが、敵が使ってくるとわかれば対処がしやすい。女性部隊が編成して、仕留めればいいんだからな。幸いにも、うちにはたくさんの女性隊員がいる。奮戦を期待する」
鼓舞するために俺は睨みを利かしたが、すでに女性隊員たちはやる気満々だ。相手は部隊を瓦解させ、さらに優秀な指揮官かつ勇者を寝取った。怒りを感じていない隊員は、今ここには残っていないはずだ。
「具体的にはどうするんだ、ラセル」
シェリム隊長がギラリと目を光らせる。
それを今から説明するところだ。
「まず部隊を2つに分ける。デグナンとレン、他8名の隊員――計10名で魔族に対して陽動をかける。抗戦はしなくていい。1匹でもいいから魔族を引きつけて、本陣を手薄にするんだ。……おい。レン、聞いてるか?」
緊迫した作戦会議でもレンは本を読んでいた。小説をパラパラと捲っては何度も読み直している。
「陽動部隊は森まで退避して潜伏。なんとかやり過ごせ」
「大雑把だなあ。つーかめちゃくちゃ危険じゃね? オレたちの役目ってよ」
「魔族の大軍に突撃するよりはいいんじゃないの」
危機感を募らせるデグナンとは対照的に、レンの口調は実にのんびりしていた。
「シェリム、ラシュア、そして残った隊員は本陣にいるハイ・サキュバスを狙う部隊だ」
「ちょっと待て。私の役目は?」
「ハイ・サキュバスを仕留めるのが副官殿の役目だ」
「仕留める?」
「相手は高クラスの魔族だ。いくら脆いといっても、簡単に隙を見せないだろう。だから、裏の裏を掻く。……話は変わるが、副官殿は魔砲の使い手だったな。魔族を確殺可能な射程距離を教えろ」
「400、いや500ならいける。……つまりお前の考えはこうか。ハイ・サキュバスを直接攻撃すると見せて、遠距離狙撃で仕留めると」
「ああ。できるか?」
「できるできないの問題ではない。やらなければならないのだろう。異論はない。その役目引き受けた」
「よし。ハイ・サキュバスを仕留めたら、全力で後方の森に撤退しろ」
「ちょっと待って、ラセルくん。ラセルくんはどうするの?」
手を上げるラシュアを見て、俺は思わず首を傾げた。
「決まってるだろ……」
◆◇◆◇◆
無数の人間の遺体の中心に立っていたのは、血に染まった1人の人間だ。
口を開けて、虚ろな目で空を望んでいる。生気は感じられず、まるでモニュメントのようにすら映った。
風が血臭を運び、ボロボロになった人類の旗を揺らす。すると、それまで動かなかった人間が魂を取り戻したかのように動き出し、振り返った。
立っていたのは、戦場では珍しい子どもだ。だが、軍服を纏い、血臭が煙る戦場にあって、平然と立っていた。
「初めまして、というべきか、この時代の勇者。会えて光栄だ。この時代の最強とこう早くも戦うことができたのだからな」
「……が…………。ががが……」
「心配しなくていい。お前の状態はよくわかっている。魔族に操られているのだろう。だが、最強を目指す俺にとっては僥倖だ。100%の殺意を秘めた勇者と戦うことができるのだからな」
「ああ……。ああああああああ!!」
「来い。俺は一人だ」
早速決めよう。この世の人類最強を……。









