外伝 Ⅷ 勇者暴走⑤
やっぱり人類の部隊だったか……。
主力本隊第三師団という言葉を聞いて、俺の頭に往来したのは、まずその一言だった。
寝ている時に俺が聞いたのは、ラフィナと隊長の悲鳴。
そして寝ていたからこそ気づけたのだが、多くが馬の蹄の音だった。
フォレストサーペントの数を減ったとはいえ、未だに魔獣が跋扈する森に野性の馬が戻ってくるわけがない。
可能性があるとすれば、人間の部隊だと思っていたが……、まさか勇者とやらの部隊とはな。
「まさか人類軍が危急の事態に、呑気に森でお風呂とはな」
さて人類軍主力第三師団ゼナレスト隊の副官とその取り巻きと遭遇したシェリム隊は、今何をしているかというと…………、地面に正座させられていた。
膝を折り、地面につけるなんて屈辱以外の何者でもないのだが、軍では時々こうした「教育」という名の体罰が行われる。
軍事学校では時折、どう見ても道理が通らない理由でさせられたものだが、まさか軍人になってからも同じことをやらされるとは思わなかった。
補足だが、ラフィナもシェリム隊長もすでに着替えを終えている。
俺たちが現着した時には、生まれたままの姿をしていた……。
おかげで、デグナンは頬に赤いあざ、レンの頭にこぶができていた。
俺は難を逃れた理由は子どもだからではなく、単純にその前に現れた隊士たちに捕まったからである。
その俺たちの前で怒りを滲ませていたのは、レナ・ハルトマンという名前の副官だ。軍事学校の教官ほど理不尽ではなかったが、軍人としての心得を解いていた。
お風呂はあくまで体力回復のためである。
しかし、この説教の時間は果たして必要だろうか。
体罰でいうことを聞くのは、せいぜい猿ぐらいまでだろう。
「副官、夜営地に行きましたが、誰もいません」
そうこうしているうちに、夜営地の方を見に行った数名の女性隊士が戻ってくる。
「ただ……」
「なんだ?」
「とっても焼肉臭かったです」
苦笑いを浮かべると、レナという副官は広い額に手を置いた。
幾度か眉間を小刻みに動かした後、渦巻いた感情を俺たちにぶつけた。
「風呂の次は、焼肉のパーティーか。……お前たちは何を考えているんだ!!」
ついに雷が落ちる。
相手は主力部隊の士官である。
どちらかといえば、緩い軍事学校の教官や補給部隊の上級士官とも、迫力が違う。
本来なら、反抗的な態度も見せる我らシェリム隊の問題児たちも、ピンと背筋を立てる。怒られ慣れてないラフィナなどは小動物のように震えていた。
「今、こうしている間も我ら同胞は戦場で戦っているのだぞ! なのに、恥ずかしいとは思わないのか、お前たちは!!」
なるほど。この副官が何に怒っているのかちょっとわかった気がした。
おそらくだが、俺たちが脱走兵か何かだと思っているのだろう。
まあ、無理もない。補給部隊の秘密作戦を主力部隊の士官がどこまで聞いているかは知らないが、こんなところに単独で部隊がいるのは、どう考えてもおかしい。
さて、この誤解をどう解いたものか。
「シェリム……。特にお前がこの輪の中にいるとはな。心底を見損なったぞ」
「え? 隊長の知り合いなんですか?」
ついいつもの癖で、ラフィナが質問する。
しかし、副官に睨まれると、出歯亀ラフィナは苦笑いを浮かべて、首を引っ込めた。ラフィナにはいいお灸だ。これに懲りて、なんでも首を突っ込もうとする癖を改めてくれ。
「レナ、聞いてほしい。これには訳があって」
「問答無用だ。お前たちはいずれ軍事裁判にかけられる。それまで大人しくしていろ」
軍事裁判? おいおい。そんないかにもめんどくさそうな名前のイベントに付き合うつもりはないぞ。
俺はとっとと前線に立って、魔獣を倒し、魔法を覚えて強くならなければならないというのに……。
しかし、副官の態度は頑なだ。
シェリムのその性格を知っているのだろう。
どうやらこちらが今弁解したところで、聞く耳を持たないかもしれない。
これならまだ軍事学校の教官の方が汲みやすかったかもしれないな。
やれやれ……。ならば、向こうの弁解を聞こうか。
「お前たちこそ、なんでそんなに焦っている?」
「ラセル、やめろ」
「ラセルくん、今日は大人しくしておこう」
隊長とラフィナが声をかけてくる。
シェリム隊長はともかく、ラフィナには言われたくない台詞だ。
しかし、2人の忠告は少し遅かったようである。
レナ副官は鬼の形相で俺を睨む。こちらは子どもでも容赦がないらしい。
「焦っているだと?」
「あんたは俺たちをいずれ軍事裁判にかけるといった。今ではなくな――な」
「何が言いたい? シェリムはどうか知らないが、私は新米だろうと子どもだろうと容赦はしないぞ」
副官が取り出したのは、フォレストサーペントを殺したナイフではない。
鉄の筒に、魔法文字が入った金属の玉。筒の中には溝が掘られている。さらに微かだが、火薬の匂いがした。
ほう……。珍しいな。こいつ、【魔砲使い】か。
六大職業魔法を詰めた魔法銀の弾丸を、火薬の力を使って、打ち出す武器である。武器として歴史は浅く、ここ2、300年内にできたはずだ。何を隠そう俺が【鍛治師】だった時に作り、【学者】だった時に大成した。
何人かに作り方は教えたが、その後も世の中に広まっているようだ。
その使い手を誰が呼んだか、【魔砲使い】と名付けられた。
「ならはっきり言おう。俺たちがここにいるのが、今頃魔族軍とぶつかって戦っている主力部隊のお前たちがここにいる方がおかしいだろう」
「そ、そうだぜ! ラセルのいう通りだ!!」
さっきまで意気消沈していたデグナンが息を吹き返したみたいに声を上げる。
その横でレンが首を縦に振っていた。
だが、すぐにレナ副官の睨みによって封殺されてしまう。
怖いなら、黙っててくれないか。特にデグナン。
「そもそもお前たち自慢の勇者ゼナレストはどうした? ……当ててやろうか? あくまで私見だが、第三師団はほぼ全滅した。その要因は勇者ゼナレストだ。俺は会ったこともないが、勇者とやらは男なのだろう。それが魔族――多分高クラスサキュバスに籠絡された……違うか?」
魔法銃の銃口はすぐ近くにあったが、俺は鋭くレナ副官を睨みつける。
さすがだ。こう俺の推理を披露しても、眉一つ動かさない。
頑固な上に、余程の胆力の持ち主なのだろう。
だから、勇者なき今、秩序だって少数ながら部隊をまとめ切れているのかもしれない。
だが、残念ながら他の隊士たちの表情は違った。
俺の推理を聞いて、息を呑む。
レナ副官も含めて、すっかり押し黙ってしまった。
それはシェリム隊の面々も一緒だ。
「本当なのか、レナ」
隊長が気を遣うように尋ねるが、応じる気配はない。
代わりに、魔法銃の銃口が震えていた。
俺やシェリム隊に対する怒りではない。何か怯えているようにも見えた。
強がってはいるが、これでギリギリなのだろう。
仕方あるまい。師団が全滅。その原因の発端となったのだが、頼みの勇者なのだからな。
人類軍にとって、大きな危機に違いない。
だが……。
「楽しみだな」
これで勇者と正面から戦えるじゃないか。