外伝 Ⅷ 勇者暴走④
「ぷっっっっっはああああああ!! 生き返るわ〜!」
温泉に浸かるなり、ラフィナは岩に沁みるような声を上げる。
魔法で作った岩風呂の淵に腕をかけて、気持ちよさそうに顔を上気させていた。
100度近い温泉に魔法の水で調整した温泉の温度は程よく、疲れ切った身体を弛緩させてくれる。これまで戦闘に続く戦闘だった。命を賭ける戦いを経験した身体は自分たちが思っていた以上にすり切れていたらしい。
17歳の少女らしからぬ声をあげてしまうのは、無理からぬことであった。
ちなみにだが、温泉を掘ったのも、ラフィナのリクエストで岩風呂にしたのも、そして温泉の温度をちょうどいいものにしたのも、全てラセルである。
「ふふふ……。ラフィア、まるでオヤジだな」
そのまま温泉に溶けてしまいそうなほど、表情を緩めたラフィナを見て、同席したシェリムは笑った。
こちらも生まれたままの姿になり、温泉を堪能している。
両者は女性ではあるが、玉のような肌のラフィナに対して、シェリムの身体には古傷が無数に存在している。
戦争によって皮肉にも毎年魔法技術が上がっていても、時間の経過や傷の大小によって完全に治せないこともある。長時間の戦闘ともなれば、小さな傷を治している暇はなくなるため、規模の大きな戦闘を経験した数だけこうした傷が増えていくのだ。
そんなシェリムの身体をラフィナはぼうっと見つめる。
「あまりジロジロ見ないでくれ。私の身体はその……あまり見られていいものではないからな。特に同性には……」
ラフィナの熱視線にシェリムは思わず肢体を隠す。
そのラフィナはというと、ゆらり湯船の中で立って、シェリムに近づいてくる。
「隊長の身体って……」
「な、なんだ……」
「結構、ボンきゅんボンなんですね」
ラフィナはワキワキと指を動かす。
まるでエロ親父のようにだ。
「覚悟!!」
ラフィナはシェリムに襲いかかる。
早速、背後をとると、その大きな胸に手をかけた。
「ちょ! ら、ラフィナ!!」
「おほほほ……。結構ありますなぁ。隊服だとわからなかったけど、隊長って着痩せするタイプだったり?」
「あははは! やめ! くすぐったい! あははは……。ちょ! そこは、だ、だめぇ」
「いいではないか、いいではないか。部下と上司。たまには裸の付き合いも悪くないですぞ」
「おま――。ちょ、調子に乗るな!」
「ひゃっ!」
指摘通り調子に乗ったラフィナは、隊長から思わぬ反撃を食らう。元々上背も筋力も違う2人だ。
シェリムは岩風呂の中でマウントを取ると、ラセルが余分な脂肪というラフィナの胸に手を埋める。
「はうっ! た、隊長……」
「す、すご! 柔らかい! それにすべすべ……。こ、これが若さという奴か」
「た、隊長! ……本気すぎ。やめ、らめぇえええええええ!!」
ラフィナの悲鳴が岩風呂に響き渡るのだった。
かしましい女性同士の声は、少し離れた夜営地にまで聞こえていた。
「なんだ? なんか今、ラフィアの悲鳴が聞こえなかったか?」
焚き火に薪をくべると、ラセルが作った岩風呂の方に視線を向ける。
その視線を本で遮ったのは、レンだった。
本来、次の夜番まで寝ているはずなのだが、ずっと本を読んでいる。本人曰く、寝るよりも本を読んでいる方が体力を回復できるという。
「そうやって見に行こうとしてもダメだよ」
「しねぇよ……。…………お前、本のことしか考えてねぇとか思っていたが、無駄に紳士なところがあるんだな」
「別に……。犯罪者がいた隊の同僚って思われたくないさ」
「犯罪者ってなんだよ。……ったく。…………。…………。お前、本当に興味ないの?」
「ない」
「クソ……。お子様を誘ってもなあ」
デグナンは結局諦める。
すると、突如ラセルが起き上がった。
「え? ラセル、お前寝てたんじゃ? てか、もしかしてお前、興味ある?」
「お前たちが何を話しているのかわからないが、聞こえなかったのか?」
「はっ? 女どもがはしゃぐ声か?」
「違う……」
ラセルが否定する。
『キャアアアアアアアアアア!!』
直後、大きな悲鳴が聞こえる。
とても2人がふざけているように見えない。
「デグナン、行くぞ」
「お子様が指示するな!」
「行ってらっしゃ~い」
「てめぇもついてくるんだよ、レン!!」
デグナンがレンの首根っこを捕まえると、半ば強制的に引きずっていく。
ラセルが先頭になり、岩風呂に急行する。
近くになるにつれ、卵が腐ったような匂いとともに、血の臭いが濃くなっていく。
「この臭い……」
「嫌な予感しかしないんだけど」
デグナンが眉を寄せれば、レンはため息を漏らす。
そしてラセルたちの前に現れたのは、真っ二つに切り裂かれたフォレストサーペントとと、数人の上級隊服を着た軍人たち――しかも、全員女だった。
「な、なんだ、こいつら」
「そういう物言いはやめた方が良さそうだよ、デグナン」
レンが指差したのは、ナイフを持った女性軍人だった。たった今、フォレストサーペントを屠ったと思われるナイフを払うと、魔獣の血が地面に孤を描いた。
やがて軍人は、ラセルたちの方に視線を向ける。
金髪のショートヘアに、夜の闇の中でもはっきりとわかるほど鮮やかな青の瞳。
スレンダーな身体付きと相まって、どこか野生の雌獅子を想起させる。
その襟元には中尉を示すピンバッチが光っていた。
「なんだ、男もいたのか?」
胸を張りながら、やや高圧的な声を響かせる女性中尉に対して、ラセルも負けていなかった。
「あんたたち、どこの隊だ。こんなところに何故人類の隊がいる?」
「私は人類軍主力軍の第三師団ゼナレスト隊副官レナ・ゼナレストだ」
高らかに響かせる。
「主力って……」
「いや、その前にゼナレストって……」
デグナンもレンも息を呑む。
だが、1人首を傾げているものがいた。
ラセルである。
「ゼナレスト……とは、どこかで聞いたな?」
「ばっ! 馬鹿!! なんで知らないんだよ。つーか忘れるな」
「ゼナレストといえば、勇者だよ」
「つまり、こいつらは――――」
勇者の部隊ってことだ。









