外伝 Ⅷ 勇者暴走③
『おお……!』
歓声が上がる。
「まさかこの状況でステーキが食べられるとは」
「早く食べようよ」
「うまそう……」
シェリム、ラフィナ、レンが囲む。
その中心にあったのは、焼き目が付いたおいしそうなステーキだ。
食欲を増進させる大蒜の香り、爽やかなハーブ、熱の入った肉の香ばしい香りが鼻腔はおろか、お腹の底まで刺激してくる。
じわっとあふれ出る肉汁に加えて、最後にかけた魚醤がさらに香ばしい匂いを引き立たせていた。
有り体に言えば……。
「どうだ。とても魔獣の肉には見えないだろ」
俺が言うと、それまで懐疑的だったシェリム隊の面々はふんふんと何度も首を動かす。
さて、こうして見て、嗅いでいても仕方ない。とっとと摂取して、体力を取り戻すとしよう。
『いただきます』
手を合わせ、俺たちは早速フォレストサーペントのステーキを食する。
『うまぁぁぁああああいいいい!!』
一同は絶叫した。
だからここは魔獣の住処だと何度も言わせるな。
とはいえ、叫びたくなるのもわかる。
フォレストサーペントのステーキはなかなかに美味だった。
「何これ! お肉軟らか!!」
「脂っこくて、もっと獣っぽい味かと思ったが、全然そんなことはない」
「口の中で肉が溶けてく。こんな肉食べたの初めてだ」
ラフィナや隊長はともかく、レンまで夢中になって食べている。
皆、どうやら肉に飢えていたらしい。
すっかり今食べているのが、魔獣の肉であることを忘れてしまったようだ。
俺も食べてみる。
懐かしい味だ。
最後に食べたのは、俺がまだ【学者】だった時だろうか。
皆が舌鼓を打つ中、1人そっぽを向いている奴がいる。
他のメンバーも気にしているらしく、ステーキを食べながらチラチラと見ていた。
デグナンである。
相変わらず強情な男らしく、背後に置かれたステーキに見向きもしない。
頑固な奴だ。
俺はデグナン用に作ったステーキを持ち上げる。
それを鼻先に突き出すと、デグナンはようやく顔を上げた。
「なんだよ……」
「デグナン、お前が必要だ」
「はっ!?」
デグナンは眉をひそめる。
耳をそばだてている連中も、ステーキを食べる手を止めていた。
「なななな、何を言い出すんだよ、お前!!」
「ラフィナは女だし、隊長は病み上がりだ。レンはそもそも体力がない。この中でまだ元気に動けているのは、お前ぐらいだ、デグナン」
「そ、それって……。お前、褒めてるつもり」
「事実を言ってるだけだ」
「確かにデグナンは脳筋だからね」
「レン! てめぇは黙ってろ!!」
茶々を入れるレンに、デグナンはすぐにツッコミを入れる。
「森はもうすぐ抜けるが、本隊の陣営までまだ歩く。何が起こるかわからない。そういう時、お前が万全でなくては困る」
「だから、食べろってか?」
俺は頷くが、デグナンはすぐには受け取らなかった。
「お前がいれば、どうにかなるんじゃね?」
「聞こえなかったか? 俺たちにはお前が必要だと。お前も生き残るためには重要なピースの1人だ」
「チッ! 相変わらずエラそうなガキだ」
すると、デグナンは俺から皿を奪う。フォークもナイフも持たずに、まだ熱いステーキを手掴みすると、口の中に押し込んだ。
「おお! 確かにうめぇな。いや、普通の牛肉なんかよりうめぇ……。ん? なんだ?」
「いや、お前も相変わらず獣みたいな奴だなっとな」
「なんだと!!」
デグナンは起こる。
それこそ山男のようにだ。
すると、シェリム隊にどっと笑いが起こる。
やれやれ……。だから、この森は魔獣の住処と何度……。
食事も終わり、後は横になるだけだ。
他のヤツらは交代で行うことになっているが、食事係だけは免除されるというルールになっている。。
久しぶりにたっぷりと睡眠を取らせてもらうことにしよう。
「ふー。食った食った!」
ポンとお腹を叩いたのは、ラフィナ。
良い所の貴族令嬢のくせに、時々こうしてマナーから外れた行為をする。
1度でいいから教育者の顔を見てみたいものだ。
そんなラフィナの様子がおかしい。
突然自分の袖元を嗅ぎ始める。
そしてげっそりした顔で言った。
「臭い……」
今にも泣き出しそうな顔を俺に向ける。いや、俺に言われても。
「随分と長い間、お風呂に入れてないからな。沐浴も森に入ってからできてないし」
川沿いは危険だ。特に死角の多い森の中の川や池などは、魔獣が獲物を狙っている可能性が高い。
沐浴となれば、丸腰になるし、殺してくれと魔獣にアピールしているようなものだった。
「うっ! さっきの肉のせいで、焼肉臭いな、隊服が」
デグナンが思いも寄らないクレームを発する。
なんだ。それは俺のせいなのか。
さっきおいしそうに食べていたのは、お前だろうが。
「せめて隊服を洗濯できればな」
「いや、もうわたし身体ごと洗いたいですよ。これじゃあ、気持ちよく寝られません」
「絶対お肉の夢を見そう」
ラフィナに続いて、レンまで本を読みながらクレームを呟く。
わがままな奴らだ。
生き残れるかもしれないとわかると、途端に欲が出てきたのだろう。
ただ気持ちはわかる。
匂い云々はともかくとして、温かいお湯に浸かって、疲れを癒したいという気持ちは俺にもある。
森の中で今まで戦闘続きだったからな。
仕方ないか……。
「特別だぞ」
俺はまず地面に耳を付ける。
近くには火山があることは、出発前に地形を確認して知っていた。そしてこの森にはあちこちに穴がある。そこから導き出されることとしては、この森は、マグマが冷え固まってできたものなのだろう。
……だとすれば。
俺は魔法を使う。
【土竜撃】
魔力を込めた指先を土に向かって放つ。本来であれば、広範囲に渡って地割れを起こす魔法だ。
俺はその魔力の流れ、地面の下の方に向ける。
みるみると【土竜撃】の力は、下へと向かっていき、やがて地響きが起こる。
「キャッ!」
「な、何?」
「おい。ラセル、何をした!!」
「これはまさか」
「離れた方がいいぞ。思ったよりも大きなやつを突いたらしい」
「突いたって?」
「一体何を……」
次の瞬間だった。
ぶしゃぁぁぁああああああああ!!
液体が地面から噴出する。
しかもただの液体ではない。
「これって……」
「まさか?」
「おいおい」
「へぇ……」
「そうだ。温泉という奴だ」
勢いよく飛び出す温泉に、一同はおののくのだった。