外伝 Ⅷ 勇者暴走①
☆★☆★ コミカライズ第3巻 ☆★☆★
7月19日発売です。
少年編が最終回。ついに青年編の始まりです。
猫猫先生のオマケ漫画も掲載され、とても内容の濃いものになっておりますので、
よろしくお願いします。
ズドォン!!
爆発音が鳴り響き、大きな土煙が梢の間を抜けていく。
木々がひしめく森の中は騒然となり、驚いた小動物が巣穴から一斉に出てきて大移動を始めた。
静かだった森が忽ち火が付いたように騒がしくなる。
その中でぬるりと木々を縫うように巨体を揺らしていたのは、フォレストサーペントである。
キングサーペントという名の絶対君主がいなくなった今、ほとんどのフォレストサーペントが森から逃げ出してしまった。
だが、人間の中にも王を亡くしても、立ち上がろうとする人間がいるように(むしろ次なる王になろうとする人間がいるように)、魔獣の中には剛胆な個体もいる。
次の王を目指し、森に留まり、残った人間や生物を食らおうとしている個体が残っていたのだ。
俺が所属するシェリム隊は散発的に現れるフォレストサーペントに手を焼いていた。
元々俺たちは帰りを考えない装備で森深くまでやってきた。多くのフォレストサーペントを引き寄せ、キングサーペント諸共、一網打尽にした。
それ自体は戦果として誇るべきことなのだろうが、未だに北にいる本隊に合流できず、満足に補給もままでは、さすがに疲弊する。
黙っていれば可愛いラシュアの口数も減り、息を整えることが多くなっていた。
「もうしつこーい! なんでまだフォレストサーペントがいるのよ!!」
ラシュアは抗議の声を上げる。
だが、相手は魔獣である。
そんな抗議を聞けるわけもなく、ラシュアに牙を剥いて迫った。
「おっらあああああああああ!!」
巨大なハンマーを大蛇の頭の上に打ち下ろしたのは、335番ことデグナンだ。
そのまま地面に叩きつけ、フォレストサーペントの頭は骨ごと砕く。
当然致命傷となり、フォレストサーペントはようやく動かなくなった。
かなり大きな個体だな。
キングになり損ねた個体に違いない。
俺が仕留めたキングサーペントほどではないにしろ、散発的とはいえこういうヤツらを都度相手にするのは、なかなか骨が折れる作業だ。
「お前ら、ご苦労だったな」
俺は倒したフォレストサーペントをしげしげと眺める。隣でラシュアとデグナンは息を吐いていた。ちなみに後方ではシェリムが唯一の回復役であるレンを守っている。
その陣形を解いて、俺たちの方にやってきた。
「お前ら、お疲れ」
「お疲れじゃないよ、ラセル君も手伝ってよぉ」
「ラシュアの言う通りだぜ。お前、キングサーペントを倒せるぐらいの実力があるんだろ!?」
抗議はラシュアだけじゃない。
デグナンもギョロリと俺を睨む。
口調がまさしく野犬が吠えてるようだった。
「別にいいだろ。貴重なスキルポイントをお前たちに譲ってやってるんだから」
「あ゛あ゛!? おい。ラセル、子どもだからって、多少の我が儘は見逃してやっていたけどな……」
「ほう……。俺にここまで突っかからなかったのは、俺が強いことを認めていたからではないか?」
「てめぇ、それは喧嘩を売ってるって思っていいんだろうな」
「やめろ、2人とも……!」
小さく雷を落としたのは、シェリム隊のリーダーシェリムである。
若いシェリム隊の最年長は一触即発となった俺たちの間に入った。
「ったく……。お前たちは戦闘では優秀でもそれ以外では全く以て問題児だな」
「あんたに言われたくねぇよ」
デグナンはシェリムが上司にも構わず、鋭く睨んだ。
まだ自分の命が囮に使われたことを根に持っているらしい。
見た目は如何にも熱血漢という感じなのに、意外と女々しい奴のようだ。
シェリムも負い目があるのか、言い返さない。デグナンの言う通り、シェリムにも問題はあるが、これでは隊がまとまらないだろう。
「ちょっとデグナン……! 今は争っている場合じゃないのよ。落ち着いてよ。レンからも何か言ってよ」
「ボクには関係ないね」
最初に火を付けたラシュアがついに諫める側に回る。
ちなみにシェリム隊最後の隊員278番ことレンは、仲間が争っていても読みかけの本に目を通している。いつも通り我関せずの姿勢だ。
「落ち着け、デグナン。こう言ってはなんだが、どちらかと言えば私もデグナン側だ。……ラセル。さっきの言い草もそうだが、仲間が頑張っているんだ。残敵掃討も軍人の役目だぞ」
「それぐらいわかっている。だが、この隊が弱いのは事実だ」
「ラセル!」
「待った。ラセルくん、君はわたしなんかよりずっと賢い。多分きっと何か意味があるんでしょ?」
「事実を言ってるだけだが……」
「ラセルくん……」
ラシュアはジッと俺を睨む。
怒っていても、今にも泣きそうな顔。
どうもこういう顔には弱い節が俺にはある。
特に何かトラウマがあるというわけではないが……。
ラシュアが女だからだろうか。
やれやれ……。
種明かしはもう少し後にしようと思っていたのだが……。
「例えばの話だ。このまま俺たちが生き残って、人類軍本隊と合流できたとする。補給部隊とは違って、向こうは戦闘のエリートだ。そこに補給部隊の問題児軍団。さて、俺たちの役目はなんだ?」
「え……。雑用とか?」
「それいいね。ボクはその方がいい」
「レン……。お前、サボる気だろ」
「当たり前でしょ」
ラシュアが首を傾げ、レンはパチッと指を鳴らす。デグナンがジト目で睨むと、さも当たり前といった感じで言葉を返した。
こういう時はまだいいんだな。
「ラセル。お前、まさか我々がまた補給部隊の時と同様、使い捨てられると思っているのか?」
さすがシェリム隊の隊長だ。
察しがいい。
そして、シェリムは同意も否定もしてしない。沈黙し、考えた。やはり可能性ぐらいはあるのだろう。
「俺たちはひよっこだ。戦況が急を要すれば、その可能性は高い。それを回避するのは、個々の能力を上げるしかないんだ」
「そ、そんなの無茶苦茶だろう」
「ああ。無茶苦茶だ。だが、それはな、デグナン。戦地から遠い、分厚い城壁に守られた王宮の部屋の中で、綺麗なテーブルと椅子に座ってする議論だ。戦場では通じない。人権なんて言葉は議場で通じても、戦場では無意味なんだ」
「ラセル、何が言いたい?」
「戦場で有無も言わせず、人を納得させるのは単純な力だ。力を持てば、人は崇める。大事にする」
ミリアスがいい例だ。
鬼のように強いのに、前線に赴かず、後生大事に後方で座っていることを許されている。
実に滑稽なことだ。
「ピンチをくぐり抜けて、さぞ天狗になっていることだろうが、上には上がいる。生き残りたかったら、死にたくなかったら強くなるんだな」
俺は最後に締めた。
シェリム隊は一気に静かになる。
少々士気を下げすぎたかと思ったが、ここで折れるようならここまでだ。
ラシュアたちがいなくとも、俺1人でも前線に辿り着ける自身はある。
同行しているのは、一応それが今の俺に課された仕事だからだ。
「ふん。そんなことぐらいわかってるんだよ」
デグナンは何も言い返さない。
いい感じに気持ちに火が入ったらしい。
そっぽを向いたが、ややだらしなかった口元を引き締める。
一方、ラシュアはというと、俺の頭を撫でていた。
おい。やめろ。
「さすがラセルくん。わたしたちの将来まで考えてくれるなんて。持つべきものはラセルくんだよぉ」
さらにギュッと俺を抱き寄せた。
やめろ。苦しい!
ラシュアに抱きつかれると、そこに追い打ちをかけるように俺の頭を撫でる者がいた。シェリムだ。
「君という男は……。まだ10歳だというのに、まるで老獪な賢者のような言葉をかける。リーダーが形無しではないか」
「必要なかったか」
「いや、私でもああは言えない。君のいうとおりだと思う」
「そう思うなら、隊長としてもっと強くなってくれ」
「……いっちょまえのことを」
最後に俺の頭を無茶苦茶にしていった。
――ったく、ラシュアといい、シェリムといい。
俺を子ども扱いしやがって。
まあ、実際子どもなんだがな。
「とにかく、今日はここで野営にしよう」
「やっと休めるぜ」
デグナンはドスンと地べたに座る。
「良かった。もう少しでお腹と背中がくっつくところだったよ」
ラシュアは小さくお腹の音を鳴らした。
「確か今日の食事当番は…………ラセルだね」
「俺か……」
「おいおい。お前、料理なんてできるのか?」
「馬鹿にするな。そもそも軍学校でも調理の勉強していただろうが」
「ラセルくんの料理かぁ。そう言えば食べたことがない」
「ボクもです」
「当然、あたしもだ。楽しみにしてるぞ、ラセル。お前は料理の方でも優秀なのか、な」
やれやれ……。
自分が作った空気とはいえ、変な方向にむかったな。
まあ、そこまで言うなら見せてやろう。
我が最強の料理をな。









