【コミック発売記念】ラセルの母。ルキソルの最愛の人(後編)
コングベアは両手を組むと、ルキソルに向かって打ち下ろす。
熊すらねじ切る膂力を持つ、コングベアの一撃。
当然、ルキソルは回避するのだろうかと思ったら違った。
【筋量強化】
ルキソルは自身の筋力を上昇させて、剣で一撃をかろうじて受けた。
気が付けば、俺は冷や汗を掻いていた。
コングベアの一撃を受けるなんて無茶すぎる。ルキソルの実力は認めるが、あまりに無謀だ。
うまくいったからいいものを、衝撃で骨がバラバラになってもおかしくない。
その後、ルキソルの動きは精彩を欠いた。
コングベアの攻撃を躱すのではなく、ことごとく受け、あるいは受け流す。
そもそも1歩も動いていなかったのだ。
「なんだ? あのルキソルの動きは?」
まるで何かを守ってるような。
俺はルキソルの後ろに注目する。
そこにあったのは、まだ1本の若木だ。
他の木はまるで天を衝かんばかりの勢いで聳えてるのに、その若木だけやや不自然に立っている。
「ぐっ!!」
それまで【筋量強化】でコングベアの攻撃を受けてきたルキソルだが、さすがに限界を迎える。
とうとう膝を突き、血を吐く。
あれだけの攻撃を連続で受けたのだ。むしろよく持った方だろう。
だが、ルキソルの目は死んでいない。
1人雄叫びを上げると、気合いで立ち上がる。凄まじい精神力だ。
でも、立つのがやっとといったところだろう。
剣を構えているが、果たして振ることができるかどうか。
俺はいよいよ弓矢をとり、矢を番え、弓弦を引いた。
いつも通り【戦士】の【筋量強化】。
【学者】の【魔獣走査】で、弱点を確認し、【戦士】の【致命】で、攻撃力を上乗せする。
【鍛冶師】の【属性付与】に、今日は【重量増加】を加える。
イッカクタイガーを仕留めた多重起動。
この1年俺は1日たりとも鍛錬を欠かしたことがない。
魔法の五重起動に加えて、弓を引く力も強くなった。
今なら、矢に多少重量を載せたところで、普段通り射ることができるはずだ。
「狙いはコングベアの硬い頭蓋……」
一発必中……。
行け!!
俺は矢を放つ。
当たれば【致命】が入る一射は、空気を切り裂くとというよりは、巻き込み、さらに加速する。
そして、コングベアの硬い頭蓋を射ぬ――――。
グシャッ!!
射貫くどころか、衝撃で吹き飛んでしまった。
「あら?」
思ったよりも一撃が強すぎたか。
忘れてた。今のガルベールの魔物は以前と比べて弱くなってるんだったな。
頭を失ったコングベアは、前のめりに倒れる。
突如、頭が爆発した魔物を見て、ルキソルは呆然としていた。
辺りを伺う。俺は反射的に隠れた。
すると、ルキソルは木に刺さった矢を見つける。
「私が作った矢だ……」
何かを察したルキソルは叫んだ。
「ラセル、いるんだろ?」
さすがにルキソルを誤魔化すのは難しいか。
俺は大人しく木の陰から出ることに決めた。
苦笑いを浮かべた我が子を見て、ルキソルは「やれやれ」と息を吐き、剣を鞘に収める。
「Cランクのコングベアを一撃とは……。お前、また強くなったんじゃないのか?」
「そ、そんなことないよ」
「今さら取り繕う必要はないだろう。まったく……。私もポルンガも必死こいて修業しているというのに。お前、私たちが見えないところで一体何をやってるんだ」
特に凄いことはしてないがな。
強いて言うなら領地近くの魔物の巣窟を手当たり次第、潰してることぐらいか。
「まあ、いい。それよりも助けてくれてありがとう。たぶん、母さんも感謝しているだろう」
「母さん……。母上が感謝してるとはどういうことですか?」
「あ。そうか。そういえば、お前と一緒にここに来るのは初めてだったな。もう少し大人になってから連れてこようと思ったのだが……」
「??」
ルキソルは振り返る。
ずっと背にして戦っていた若木の方を向いた。
森の中でポツンと立った小さな若木は、心なしか光っているようにも見える。
「紹介しよう。これはお前の母であり、そして私の最愛の妻カリーナだ」
「この若木が……」
「言ってみれば、母さんのお墓だ。カリーナの希望でな。自分がなくなったら、この森に若木を植えて、自分だと思って育ててほしい、と。以来、これが母さんの墓標代わりというわけだ」
なるほど。だから、ルキソルは必死にこの若木を守っていたのか。
あんなに必死に守るということは、やはり伴侶を愛していたのだろう。
1つ謎は解けたが、ならば何故我が家には母の形見のようなものが1つもないのだろう。
ルキソルが母の話題となると、口を閉ざす理由は……。
俺は改めてストレートに質問した。
今回は逃げられないと思ったのだろう。
ルキソルは重い口を開いた。
ついでに涙を流し始めた。
「だって……。だって……。カリーナのことを思い出しちゃうと、父……泣いちゃうんだもの」
「へっ?」
すると、突然ルキソルは若木に抱き付いた。
「うぇえええええんん! カリーナ! 向こうで元気にやってるかい。お腹を出して寝てたりしないかい? 小石に躓いて転けたりしてないかい?」
俺の母親を何だと思ってるんだ。
「私は寂しいぞ。うう……。なんで先にいっちゃったんだよぉぉお!」
大泣きを始めた。
な、なるほど。自分のこんな姿を見られたくないから、極力母親のものをしまっていたのか。
すでに数年経っているというのに、どうやらまだ未練があるようだ。
でも、なんでだろう。
何故か同情できない。
お願いだ父よ。
泣くのは構わないが、赤ん坊みたいに泣くのはやめてくれ。
今、父としての威厳が壊滅的打撃をうけているのだが。
やれやれ……。
でも、それだけルキソルは妻のことを愛していたのだな。
決死の覚悟で、この若木を守ったように。
「父上、俺を紹介してくれませんか? 7歳になった息子を……」
「ん? ああ。そうだな」
ルキソルは涙を拭う。
ポンと俺の肩に手を置いた。
「カリーナ、待たせたな。ラセルだ。お前が産んでくれた自慢の息子だよ」
「お久しぶりです、母上。……父上と仲良く暮らしています。どうぞ天国から見守ってください」
不意に森に風が吹いた。
わさわさと若木がしなる。
「え?」
それは一瞬だった。
その若木に、俺は何か女の人の笑顔が見たのだ。
人の霊……。いや、気のせいか。
「ラセル、そろそろ行こう。領民が心配している」
「はい。では、母上。失礼します」
俺はルキソルと一緒に領地へ戻る。
振り返ると、また若木が揺れていた。









