外伝 Ⅶ 賢者の帰還➉
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「おい、ラシュア。何度も言ってるがここは戦場だぞ。遠足じゃねぇって何度も言ってるだろ!」
まったくだ。
しかし、335番の指摘も能天気なこの娘には通じないようだ。
「お! 335番くん、ついに私の名前を呼んだね」
「うるせぇよ。そっちの方が言いやすいんだよ。番号なんかより」
「ねぇ。このシェリム隊ではお互い名前で呼ばない。私も人を番号とかで呼びたくないよ。あんまりピンとこないし」
「ああ。そのことなんだが……」
シェリム隊のリーダーが手を上げる。
「この部隊には必要ないと思って、コールサインを決めるのを忘れていたことを思い出した」
おい。リーダー。
それって割と重要なことだぞ。
「ちょうどいいじゃない。お互い名前で呼ぼうよ」
「馬鹿か、お前。だから、遠足じゃ」
「心配しなくても前例はある。他の隊でも、本名を使っていて、珍しいことではない」
「やった! リーダーのお墨付きだ!」
ラシュアは飛び上がって喜んだ。
名前で呼ぶのが何が楽しいのか。
そもそも軍隊が名前ではなく、番号で呼ばせるのも、人間としてではなく、一振りの武器として扱うからだというのに。
名前なんぞ聞いても、後々辛くなるだけだと思うがな。
「じゃあ、私からだね。私の名前は、ラシュア・ネール・ウィシュームよ。よろしくね」
「な! お前、そのノリで子爵令嬢かよ」
335番はおろか、リーダーも驚いていた。
「ムフフ……。崇めるがいい」
何を崇めろというのだ。
「つーか、子爵令嬢が戦場に来ていいのか?」
「うちはお姉ちゃんがいるし。跡取りさんも優秀だから。それに私、【魔導士】だから、家のことよりも家があと1000年繁栄するように頑張ってこいって言われたの」
「な、なるほど」
納得できたような、できないような。
「はい。335番くんだよ」
「デグナン・フェルブレスだ。チッ! 馬鹿の菌が移っちまったぜ」
「デグナンか。じゃあ、デグくんだね」
「なんでそうなるんだよ! なんか呼び捨てにされてるようでイヤなんだが!」
「あははは。細かいことは気にしない、気にしない」
「するわ!」
デグナンは反発する。
犬猿の仲というよりは、水と油だな。
永遠に意見が一致しなそうだ。
「じゃあ、278番。元気よくどうぞ」
「レン・フォートレス。これで満足でしょ。じゃあ、本を読むから、話しかけないで」
早速、レンは救急鞄から薬を取り出すと、本当に本を読み始めてしまった。
とことんマイペースだな、こいつ。
俺も人のことは言えないがな。
そして俺に順番が回ってくる。
必要あるか? 散々ラシュアが俺の名前を連呼してるおかげで、周知の事実だと思うが。
「俺は元孤児だ。親からつけてもらった名前はない。どうしても呼びたければ、ラセルと呼べ」
「ラセルくん。よくできました。みんな、ラセルくんのセカンドネームを募集中だよ。イカしてかっこいい名前にしてね。受付は私だよ」
誰が誰のセカンドネームを募集中だって?
あと、俺の頭を気安く撫でるな。
子どもがじゃないんだぞ、俺は(10歳)。
最後にリーダーが自己紹介する。
「最初に挨拶したが、改めて……。こほん。シェリム・シン・ガンドームだ。これからもよろしく頼む」
何か知らないが拍手が起こった。
ようやく俺たちは歩き出す。
目指すは主力陣営がいる盆地だ。
しかし、この時まだそこで何が起こっているか。
俺たちは知る由もなかった。
◆◇◆◇◆
煙と血臭が立ちこめる中、1人の【探索者】が叫んでいた。
誰かに向かってではない。
【移声】を使い、とにかく遠くにいる兵士に声を届けようとしている。
「こちら第5師団! 主力陣営だ! よく聞け。この戦場は終わりだ。各自退却しろ。我々、第5師団は全滅した! 聞こえるか! 誰か俺の声を聞いていたら、逃げろ!!」
兵士は這いつくばりながら、思わず地面を叩く。
「ちくしょう! なんてことだよ」
兵士は顔を上げる。
煙と火の向こうに影が揺らいでいるのが、見えた。
その多くが異形の姿をして、笑っている。魔族だ。
しかし、その異形の中で、1人人間が立っていた。
赤い目を光らせた男は、同胞の死体を魔法で磨りつぶしながら、前に進む。
その姿を見て、【探索者】は息を呑んだ。
「くそ! なんでこうなった。誰か! 誰か聞こえないのか。司令部、いや後方の大本営に連絡してくれ。とんでもないことになった。【勇者】が……。【勇者】ゼナレストが……」
人類を裏切った……。
陽炎が揺らぐ中、【勇者】といわれる者は魔法を発動する。
【一騎千馬】
次の瞬間、ぐしゃりと目を覆いたくなるような音を立てて、また1人の人間が轢き潰される。
赤い瞳をした【勇者】は何事もなかったようにバラバラになった同胞を踏みつぶして、前へと進んだ。
魔族たちと【勇者】が見据えるのは、ラセルたちがいる森だった。