外伝 Ⅶ 賢者の帰還⑧
キングサーペントがいることはわかっていた。
これほど大量のフォレストサーペントが一箇所に集まることは稀だ。
司令塔となる上位種と、俺は確信していた。
訓練所で相当数の魔獣を倒したおかげで、俺の魔法数はすでにAランクの【魔導士】を超えている。
残るは大量のスキルポイントが必要になる上級の魔法のみ。
はっきり言って、フォレストサーペントなんて雑魚を狩っても、俺には何のメリットもない。
そういうのは、他の新米軍人たちに任せておけばいい。
俺がずっと何も言わず、ぼうっと立っていたのは、そういうことである。
そしてラシュアや335番もといスミスのおかげで痺れを切らしたキングサーペントは俺たちに向かってきた。
囮役もしっかりこなしたというわけだ。
「欲を言えば、あともう1、2匹追加でお願いしたいのだが、久しぶりのAランクだ。この際、わがままは言わないでおこうか」
『ジャアアアアアアア!!』
俺の魔力の高まりをケダモノは察知したらしい。
フォレストサーペントに指示し、俺にターゲットを絞る。
キングサーペントも巨体を揺るがし、俺に牙を剥いた。
「喜べ、キングサーペント。この魔法を使うのは、お前が初めてだ」
【修羅葬送火】!!
炎が大瀑布のようにキングサーペントの遥か頭上から降り注ぐ。
そのマグマのような炎は、大蛇の魔獣たちを押しつぶす。
巨躯を燃やすというより、解かし尽くした。
魔獣たちの悲しい悲鳴が聞こえる。
さらに森が飛び火し、被害を免れたフォレストサーペントの身体を焼く。それだけではなく、貴重な空気すらなくなり、魔獣を蒸し焼にしてしまった。
「ちょ……。ラセルくん! 森が全焼しちゃうよ」
ラシュアは慌てた。
お前だって、【竜皇大火】をぶっ放していたじゃないか。
それにフォレストサーペントは珍しく、卵を生んで種を増やすタイプの魔獣だ。フォレストサーペントを殺したところで、その後子どもが生まれる可能性はある。
森の中のどこかに隠された卵を捜すより、森ごと焼き払った方が早い。
まあ、俺としても貴重な恵みをもたらす、森を焼き払うのは心苦しいがな。
魔獣を殲滅するには仕方がない。
『ジャアアアアアアア!!』
キングサーペントは吠える。
身体が半分溶けかかってもまだ気力はあるらしい。
さすがはAランクだな。
王の名前を冠した魔獣は、牙を剥きだし、俺たちに迫る。
「ラセルくん!」
「慌てるな」
【雷陣刃】
雷精を帯びた刃は、キングサーペントを一瞬で串刺しにする。
脳を射貫かれ、ついに魔獣の動きが止まった。
ピクピクと胴体が痙攣するのみだ。
ついに魔獣は消滅する。
俺の中にスキルポイントを獲得した。さらに英雄的行為のボーナスも加わる。
よし。これでまた上級魔法をゲットだ。
「ぐふっ!」
俺が大量のスキルポイントに目移りする中、突然リーダーは血を吐く。
その肌は青を超えて、土気色になっていた。
「リーダー……!」
「ははは……。いよいよみたいだね。あんたたち、よくやったよ。これからも生き残りな。あんたたちなら、魔族を倒して……」
「しっかりしてください! 折角、私たち生き残ったのに……」
ラシュアは涙を流す。
それまで悪態ばかり吐いていた335番も顔を背けた。
278番はいつも通りだ。
やれやれ……。
あれだけのピンチをくぐり抜けた新米どもが、すっかり大人しくなってしまった。
「278番。聖水は持っているな」
「ん? 持ってるけど、どうするの?」
「貸してくれ」
と言うと、278番はあっさり聖水が入った小瓶を俺に渡した。
俺は道具袋から草を取り出す。
「ラセルくん、それは?」
「まあ、黙ってみてろ」
俺は草を小瓶の中に詰め込む。
軽く振った後、278番に返した。
「278番。それに【回復】をかけろ」
「一体、何をやってんだ、あいつは?」
「とりあえずラセルくんを信じよう」
ラシュアは両手を組み、祈る。
278番は問い返すことなく、黙って無詠唱で【回復】を瓶にかけた。
「ラシュア、リーダーに飲ませてやれ」
「え? うん」
俺の指示通りにする。
リーダーは半ば意識を失い、朦朧としていた。
呼吸は浅く今にも心停止しそうだ。
そのリーダーの口の中に、俺が作った薬を流し込む。
時より反射的に咳き込みながら、何とか薬を飲ませた。
すると、たちまちリーダーの血色がよくなる。
意識も戻り、閉じかけていた瞼が開いた。
自らの力で起き上がる。
「うそ……。苦しくない。毒が治ってる?」
「「「うそっ!!」」」
全快したリーダーを見て、シェリム隊は素っ頓狂な声を上げた。
「あ、あれで?」
「あんなんで元気になるのかよ」
「おかしい。あんな手順で作る薬なんてないはず。それも魔獣の猛毒を!」
一番驚いていたのは、【聖職者】278番だ。
それなりに薬の知識があるのだろう。
「すごい! すごいよ、ラセルくん!」
ラシュアはピョンピョンと跳びはね、拍手を送る。
「あの草は何? なんの魔草を使ったの?」
「ヘビナ草だ」
「ヘビナ草……。割と貴重な魔草ではないか。そんなものを持っていたのか?」
リーダーも名前を聞いて、驚いていた。
俺からすれば、さほど貴重ではないがな。
その植生を知っていればだが……。
「持っていたわけじゃない。よく見ろ。森のあちこちに生えてるだろ?」
「あ。そう言えば……! こっちにも、あ、あっちにもある」
大火を免れた魔草を見つけ、ラシュアは興奮していた。
「ヘビナ草はサーペント系の毒を受けた植物の変異種だ。魔獣の涎や体液を浴びて、育った魔草なんだよ。だから、この森にはたくさん生えてるんだ」
「ああ。そうか。ラシュアくん、時々草を摘んでいたのって」
「そうだ。ヘビナ草だ。……そしてヘビナ草は強力な毒消しになる。魔獣の毒に耐えきり、変異したとはいえ芽を伸ばしたほどだからな」
そういう意味では、自然の力というのは偉大だ。
可能であれば、そういう者にも勝利してみたいものだな。
「でも、聖水に毒消しの魔草を入れて、薬を作るなんて方法。教本には……」
「載ってるわけがない。これは職人と呼ばれる六大職業魔法を極めた者たちが知る、いわば裏技みたいなものだからな」
「しょ、職人」
「裏技……。それを知ってるなんて。ホントこのガキは何者なんだ?」
「さすがは『規格外』だね」
皆が両手を上げて、参ったという。
「でも、良かった。その職人さんが裏技を発見してくれたおかげでリーダーが助かったんだから。その職人さんと、ラセルくんに感謝だね」
ラシュアは「めでたしめでたし」という感じで、話を締める。
まあ、それはいいのだが、その職人とやらも、かつて【聖職者】だった俺なのだがな。