外伝 Ⅶ 賢者の帰還⑥
砕ける頭蓋。
飛び散る血しぶき。
のたうち回り、やがて動きを止める胴体。
弱者たる人間の話をしているのではない。
人類より遥かに大きく、凶暴な生物――魔獣の話をしている。
Bランクの魔獣フォレストサーペント。
俺たちに絶望を振りまいていた魔獣の頭は、たった1発の魔法で潰されていた。
「はっ……?」
戦場のど真ん中で、間抜けな声を上げたのは、我らがシェリム隊のリーダーである。
自分が毒の感染者であることを忘れたのか。はたまた毒それ自体が、毒であることを忘れたのか。
先ほどまで喀血すら伴っていた咳は止まり、潰された魔獣を見て放心している。
しかし、驚きはそれだけではない。
「まだまだ!!」
335番の攻撃は止まらない。
いや、止まれない。
金鎚を【巨大化】させて、ただひたすら遠心力を使って振り回し、そのままフォレストサーペントと木をぶち抜く。
回転は止まることを知らず、さらに周囲から襲いかかろうとしていたフォレストサーペントを巻き込んでいく。
【巨大化】した金鎚の勢いは凄まじい。フォレストサーペントを4、5匹巻き込んでも容赦なく、金鎚による暴風の餌食にしていった。
効果的だが、見た目よりも単純な攻撃方法ではない。
【物体加速】をかけることによって金鎚による暴風攻撃ができているが、ポイントはそれだけではない。
いくら加速がかかっていても、中心にいるのは335――つまり人である。
遠心力は外に向かって力の方向が向くので、しっかり金鎚を握っていないと、飛んでいってしまう。
だが、あんな大樹の切り株みたいな大質量を、【戦士】ではない【鍛冶師】が持てるわけではない。
そこで1つのポイントになるのは、ある魔法だ。
【固定】という魔法で、文字通り物体と物体を固定できる。つまり金鎚と手を【固定】することによって、手から離れないようにするのだ。
しかし、これも一概に簡単とは言えない。手で固定したからといって、人類の肉体が脆弱であることには代わりはない。
骨が外れる程度ならいいが、最悪腕ごと引きちぎられる。
回転してられる時間にも、限度があるはずだ。
「ぐぎぎぎぎぎ!! げ、限界……」
335は魔法を解除する。
【固定】から解き放たれた金鎚は、そのまま森の中を貫通する。何匹かのフォレストサーペントを巻き込んだが、まだ魔獣はうじゃうじゃいた。
「ぜはっ! くそ! 目が、目が回るるるるる……」
335番は目を押さえながら、フラフラと回っている。普段であれば、ただの面白い絵面だろうが、戦場の中ではあまりに隙だらけだ。
まあ、あの凄まじい攻撃の唯一の弱点といったところか。
「335番、よくやった。よ、よし。これなら退避が……」
「それは無理ッス」
リーダーは一縷の望みを得たように見えたが、278番にあっさり否定されてしまった。
335番の活躍のおかげで、周囲のフォレストサーペントは一掃できたが、忘れてはいけない、ここは魔獣の巣窟である。
補給部隊とはいえ、その主力陣営すら手を焼いた相手である。
そう簡単に片付くわけがない。
まして退却など不可能だ。
結局、最初に戻っただけ。
精々死期が遅くなったというだけだ。
その中で、珍しくラシュアが叫んだ。
「スミスくん、またさっきの攻撃ができる」
「スミス?」
「【鍛冶師】だからスミスくん!」
ラシュアよ。そのネーミングの考え方だと、世の中の【鍛冶師】全員が、スミスさんになるぞ。
「答えて! さっきの攻撃をもう1度できる?」
すると、335番ことスミスは手を掲げた。
次の瞬間、放り投げた金鎚が戻ってくる。
これも【固定】の応用だ。あらかじめ魔力を込めると、【固定】の力が戻るように仕込んでいたのだろう。
「できる、と思――――いや、できる。やってみせる!! オレはフォレストサーペントの餌になるつもりはねぇ」
「よし!」
「だが、ちょっと待て。身体を回復させる必要がある。筋肉が悲鳴をいってるんだ。回復時間に加えて、おそらくあと打てて、2回ってところだろう」
「2回なら十分だよ。それまで任せて」
「任せてって……。おい。98番? えっと? なんて言ったっけ? ラシュアだっけか? お前、何をするつもりだ??」
「だから、君が回復している間、私が攻撃担当ってことだよ」
言うや否や、ラシュアは構えた。
腕を地面と水平に伸ばし、手を垂直に立てる。青い瞳に炎が宿った瞬間、手の先に同じく逆巻く炎柱が現れた。
「まさか! あれは上級の!!」
「行くよ!!」
【竜皇大火】!!
ラシュアは炎を解き放つ。
次の瞬間、竜の形をした炎が木々を蒸発させながら、森を蹂躙していく。
【魔導士】の上級魔法【竜皇大火】は、魔族の皮膚すら焦がす苛烈な炎の竜だ。
その熱量を前に、Bランクの魔獣を駆逐するなど造作もない。
炎に触れた瞬間、肉体は消滅し、骨すら残さず、消滅する。
残るのは、炭か影だけだ。
「よっと!」
ラシュアはさらに炎の竜を操る。
さらにフォレストサーペントを巻き込み、駆逐していく。
さしものBランク魔獣も炎の竜とあっては、逃げ腰だ。
意気揚々と俺たちに襲いかかろうとしていたが、動きが鈍くなる。フォレストサーペントの弱点は炎だから、効果覿面だ。
「な、なんなんだ、お前たちは? 本当に新人なのか?」
「新人ですよ」
答えたのは、278番である。
335番に【回復】をかけている。
「君たちは問題児じゃ」
「それも否定しませんよ。でも、問題児だからって落第生じゃないですよ。少なくとも98番と、335番の成績は訓練所でも突出してました」
「――――ッ!!」
「あ……。あと、ボクには期待しないでくださいね。【回復】しかできないので。無詠唱ですけど」
278番の言う通りである。
この4人は確かに訓練所では問題児だったかもしれない(俺はお行儀良くしていたと思っているが)。
しかし、実力という点では他の新人よりも突出している。
特に俺の目から見ても、ラシュアと335番の魔法センスは異次元レベルだ。
「よし! 治った!! ラシュア、変わるぜ!!」
回復した335番がぐりぐりと腕を回しながら、戦線に復帰する。
とはいえ、粗方ラシュアが追い散らしてしまったがな。
「今のうちなら逃げられるんじゃない?」
278番が提案する。
確かに引き時は今かもしれない。
しかし――――。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
突然、地響きが起こるのだった。