外伝Ⅱ 孤児院にて……(前編)
転生して気付いた時、俺はまだ赤子の状態だった。
神から授かった転生魔法だが、色々と欠陥部分があり、その1つが転生において年齢を決められないことだ。
神が自分で作った魔法なのだから、これぐらいの機能は備わっていて然るべきなのだが、俺に言わせれば怠慢だ。
人類は神のことを全知全能と崇める。
が、一体その称号がどこから来たのだ。俺にはさっぱり理解できない。
はっきり言うが、無能だ。
こちらの要望の1割も満たしたことがなく、口を開けば「できない」という。
付け加えると、異常なまでにケチだ。
そんな神の思し召しなのか。
揺り籠に揺られた俺は、しばらく何もできなかった。
運動しようにも、筋肉が未発達で、栄養失調気味なのか骨も脆い。
下手なことをして怪我をし、成長を阻害するわけにはいかなかった。
まあ、忸怩たる思いこそあったが、1つ朗報があった。
今回の転生で得たのは【魔導士】の職業魔法である。
俺がこれまで極めて来た魔法は、【戦士】【聖職者】【鍛冶師】【探索者】【学者】――つまり、今回の【魔導士】で最後となる。
今回の転生で俺は、自分の人生すべてをかけようと思っていた。
俺の目的は、6大職業魔法のすべての習得である。
【魔導士】以外の魔法において、他の魔法に干渉することはできなかった。
だが、6大職業魔法の最強の魔法といわれる【魔導士】なら、必ずそれを突破できると考えている。翻せば、【魔導士】ができないなら、6大職業魔法全習得は不可能ということになる。
長年かけた俺の苦労は、水泡に帰すというわけだ。
そのためには、まずは【魔導士】に慣れなければならない。
幸い時間はいくらでもある。
身体構造がある程度落ち着くまでは、魔法の研究に勤しむとしよう。
◆◇◆◇◆
俺が預けられたのは、孤児院だった。
いや、気付いた時には孤児院にいたというのが正しいだろう。
親のようなものがいたのは、ほんの数日。魔法の研究に熱心になりすぎて、周りの環境まで目がいっていなかったのだ。
現在、樹状世界ガルベールでは人類と魔族の戦争が行われてきた。
これは以前の転生の時と同じだ。
その度に、魔王とやらを倒し、俺は平和をもたらしてきた。
別に救世主に憧れているというわけではない。
世界を平和にすると神からギフトが貰えるからだ。転生魔法もその1つである。
あと、魔王は倒すと、大量のスキルポイントがもらえる。
これが意外とおいしいのだ。
スキルポイントというのは、魔獣や魔族を倒した時にもらえる英雄的行動を神によって祝福された時に得られるポイントのことである。
だから、魔獣打倒のみならず、世界平和に寄与する行動にも与えられる。
スキルポイントは、六大職業魔法を習得する際必要になる。ポイントを神に捧げて、魔法を頂戴するというわけだ。しかも、魔法が上級であればあるほど、使われるポイントも多くなるというシステムだ。
神なのだから、ケチケチせずに渡せばいいものを……。
全知全能であるなら、何故こんなことが必要なのか全く理解できない。
魔法はスキルポイントで獲得できるが、身体は鍛えなければ意味を成さない。
身体が自由に動かせるようになると、俺は孤児院の周りを走って走って、己の身体をいじめ抜いた。
今日も朝からこっそり孤児院を抜け出し、街の近くになる山の頂上まで走ってきたところだ。
いつもなら朝餉までには帰ってくるのだが、少々道草を食ってしまい、少し遅れてしまった。以前も似たようなことで孤児院に心配をかけたことがある。出て行ってもいいのだが、俺には親がいない。
社会生活を送る際、存外この存在が重要になってくる。現在、孤児院の院長が俺の身元引受人となっている以上、離れるわけにはいかなかった。
孤児院の入口を覗くと、院長は鼻息を荒くして俺の帰りを待っていた。
心配しているというより、今日こそみっちり叱り付けてやる。
そんな覚悟を感じる。
「エクナル……」
いきなり声をかけられ、俺は驚いた。
ちなみに「エクナル」とはこの時代の俺の名前である。
咄嗟に振り返ったが、人はいない。
次に「こっちよ」と潜めた声を聞いて、俺は天を仰ぐ。
そこには布団を干す若いシスターの姿があった。
ロサという最近孤児院に入ってきたシスターだ。
魔法が使えない【村人】だが、器量よしで子どもたちからも人気がある。
ただし、料理はもの凄く不味い。
そのロサは階下に降りてくると、鍵の掛かった窓を開いた。
「ここから入ってらっしゃい」
「いいのか?」
「ナイショよ」
ロサは片目を瞑り、合図する。
おかげで院長の説教を回避し、俺は朝餉に間に合った。
「エクナル! あなた、どこにいたの?」
僕はチラッとロサの方を見た後、答えた。
「孤児院にいたよ」
「嘘をおっしゃい。ベッドにいなかったでしょ?」
「昨日、みんなと夜中にかくれんぼしてて、おもちゃ箱の中で寝ちゃった」
子どもらしい表情で、愛想笑いを浮かべる。
自己採点では100点の笑顔だったが、女院長には受けが悪かったらしい。
眼鏡をつり上げた後、ふんと鼻息を荒くして本日の祈りを始めた。
俺はロサを見ると、「よくできました」と親指を立てていた。
なかなか小悪魔シスターだ。神に使えるものとしては0点だが、悪魔としては優秀である。
祈りを終え、ミルク粥に口を付ける。
スプーンと一緒に口に入れた瞬間、俺は「うっ」と叫び、眉間に皺を寄せた。
今日の料理は、ロサが作ったらしい。
こんな感じで、俺の孤児院生活は続いていた。
◆◇◆◇◆
もうすぐ10歳になろうかという時、軍の関係者が孤児院に押しかけてきた。
前世でも似たような経験をしたのだが、人類という奴は戦力が厳しくなると藁にも縋る思いで、孤児院を訪ねてくる。今のうちから徹底的に鍛え、2年ないし3年後には戦地で存分に暴れてもらおうということなのだろう。
ここで気を付けなければならないのだが、孤児院に求める人材には2種類あるということだ。1つは戦争に於ける戦力として。もう1つは医学と魔法技術の進歩のため。
平たく言えば、人体実験である。
孤児を戦争の兵隊に仕上げるのはいい。
院の中でぬくぬくと育つよりは、現実的な選択だろう。
後世において、それは悲劇のように語られることだろうが、有事においては仕方ないのことだ。
だが、人体実験は違う。
動物実験などを経て、その上で安全を確認されたのならわかる。
けれど、有事において速度こそ最善ともてはやされる。
手順など踏まずに、直接人体に投与され、施術されるのが有事の常だ。
身持ちの堅い人間を使えば問題になるが、親も親族もいない戦災孤児ならば問題は出てこない。少なくとも軍上層部はそう考えている。
それが持たざる物――【村人】なら尚更だろう。
表面化したところで、貴い犠牲として偲ばれる程度だろう。
相変わらず馬鹿な人類である。
そうやって悪戯に命をすり減らすから戦力確保に困るのだ。
戦争において兵士も重要だが、街や城を維持する労働者として【村人】もまた重要な戦力だということをわかっていないらしい。
今、俺の目の前で神妙な顔をしている男たちが軍関係者だ。
中にはバッチをぶら下げた将校も混じっている。
何か考えごとをしているように見えるが、別に頭を働かしているわけではない。
精々やせ細った子どもの中から、少しでも肉付きが良さそうな子どもを選ぶだけの簡単なお仕事である。
「あのお役人様……」
子どもを値踏みする将校にすり寄ったのは、ロサだった。
藁に縋る思いで、将校の前で跪く。
「この子たちにどうかご慈悲を……」
そんなロサを、将校は子どもを見ている時よりも熱心に観察する。
如何にも好色そうな顔を浮かべて、固く締められたロサの胸元付近を執拗に覗いていた。
「勿論だとも、シスター」
将校は微笑むと、ロサは頬を赤くし感激する。
だが、将校の話には続きがあった。
「しかしながら、戦争孤児というのは今時珍しくない。教育を受けるために、貴族の方々の屋敷にて住み込むものもいれば、粗末に扱う顧客もいらっしゃる」
「この子たちには最初から親がいません。せめて家族という環境を感じさせる場所に身を置かせてほしいです」
「若いのに、立派な考えをお持ちだ。……もう少しご教授をいただけないかな」
「ええ! 勿論ですとも……」
将校はロサとともに、祈祷室へと入っていく。
その将校と、女院長が目配せするのを俺は見逃さない。
「さあ、あなたたちは、部屋に戻りましょう」
女院長は猫撫で声で言って、わざわざ祈祷室から遠い部屋で待機するように俺たちを誘導する。
何が行われるか、明白だった。
◆◇◆◇◆
次の日。俺を含めて、4人の出荷が決まる。
全員が職業魔法持ちで、それぞれ貴族の元で教育を積み、行く行くは軍事学校に通って教練を受けることになるらしい。
言わば兵隊の育成だ。
とはいえ、人体実験より遥かにいい待遇だろう。
出荷は3日後。
その間俺たちは念入りに身体を洗うことを命じられ、さらに初めて理髪店に行って髪を整えた。それだけで子どもたちは、大はしゃぎだ。
ロサからは、真新しい服がプレゼントされた。
早速着替えると、「良かったね」と抱きしめられ、さめざめと涙を流す若いシスターが印象的だった。
その目元は赤くなっていたが、実は将校が来た翌日からずっと腫れているのを、俺は知っている。
何が行われたのかは察しがついているが、俺は何も聞かなかった。
興味もなかったし、素直に子どもに向かって答える話でもない。
「エクナル、みんなをよろしくね」
若いシスターは最後に俺を抱きしめる。
その顔は儚げ、今にも消え去りそうだった。
「俺に言われてもな」
「あなたは一番のお兄ちゃんでしょ……。それと――――」
ロサは首を振る。
「何でもないわ。行きなさい。元気でね」
大きな幌付きの馬車に乗せられ、ロサと残った子どもに向かって手を振る。
約10年間過ごした孤児院の生活は、こうして終わりを告げた。
幌付きの馬車に乗せられた子どもたちが大騒ぎだ。無論俺を除けばだが。
「ぼく! ぼく! お屋敷にいったら、いっぱい仕事する」
「おではご飯が食いたい。お腹いっぱい」
「わたしはお人形がほしいなあ。新しくパパになる人におねだりするの」
早くも将来のことを考えているらしい。
俺も貴族に預けられるのであれば、もう少し栄養豊富な食べ物を食べたいものだ。
孤児院の食べ物は味気なく、栄養のバランスも味も壊滅的だった。
おかげか、10歳になっても背は低いままだった。
唐突に馬車が止まる。
目的地に着いたのかと思ったが、少し違った。
俺以外の子どもが幌から下ろされたのだ。
幌の隙間から見えた施設は、何か軍の研究所のようだった。
事においてさほど珍しいものではないが、研究所は人里から離れ、まるで人目を憚るように立っていた。
「あの子どもはどうするつもりだ?」
俺が尋ねたのは、幌の中にある将校だった。
酒が入っているらしい。その赤くなった鼻を俺に向けた。
「あの子どもたちは、崇高な犠牲になってもらう」
俺は目を細めた。
「崇高な犠牲……。貴族の家に預けるんじゃないのか?」
ずばり指摘すると、男は座ったままバシバシと膝を叩いた。
「ひゃははははは! ……そんなわけないだろ?」
とスキットルに入った蒸留酒を呷る。
「俺はどうなる?」
「心配するな。お前は貴重な【魔導士】だ。然るべき所で育て、人類の礎になってもらう。良かったな」
「どこの貴族だ?」
「貴族ではない軍の学校の寮だ。有り難く思え、タダで勉強できて、飯もたらふく食えるぞ」
「そうか。それは良かった」
俺はおもむろに立ち上がる。
馬車の後ろへ行き、縁に足をかけた。
「お前、どこへ行く?」
「仕事とはいえロサには短いながら世話になった。特にこちらから恩を返したこともないから、利息分ぐらいは返してやろうと思っただけだ」
「あの若いシスターか……。ククク……。なかなかの上玉だったな。あそこの具合もなかなかだったわい」
「…………」
「もしかして怒っているのか、小僧」
「別に……」
「私は無理矢理なんてしていないぞ。あの娘が望んだだけだ。『お前たちを貴族の家に引き渡す代わりに、何をしてもいい』と言い寄られただけだ」
「なら、契約を履行したらどうだ?」
「大人にはな。大人の事情があるんだよ。さあ、座れ。それとも痛い目を見ないと気がすまんか?」
「それはこちらの話だ」
俺はとんと馬車から飛び降りる。
その行動に面食らいながらも、将校は鼻息を荒くし立ち上がった。
「逃がすか!!」
同じく馬車から飛び出る。
俺はすかさず手を掲げた。
手の平から紅蓮の炎が舞う。
追って来た将校をその魔法をまともに食らった。
普通の人間であれば、消し炭になるだろう。
だが、聞こえてきたのは、くぐもった笑みだ。
「くくく……。子どもの発想だな。そんな魔法、私に通じんよ」
爆炎の中から将校が現れる。
その肌は変色し、鉛色になっていた。
「ほう。【戦士】か」
【鉄機爆体】という魔法だ。
自分の身体を一瞬にして鉄と化し、物理攻撃や魔法などの攻撃力を半減以下にする。
「おうよ。物知りだな、小僧。……ガキ程度の魔法では効……か…………ん」
え?
将校の顔が歪む。
同時にまるで麻で出来た玉のようにゆっくりと回転すると、顔が地面に転がった。
ぎょろっと大きな瞳が下を向く。
すでに将校の身体は溶けて消滅していた。
「ば、馬鹿な!! こ、子どもが【竜皇大火】だと……。炎系において、最強の【魔導士】魔法をど、どうやって……」
「今のは【竜皇大火】なわけがなかろう。俺は子どもだ。そこまでスキルポイントはたまっていない。今のは俺の【初炎】だ」
「はっっっっっ? ふざけるな!!」
「ふざけてなどいない。たとえ【初炎】だろうと、魔力の出力値を上げるように訓練し、そのための肉体改造を行えば不可能ではない」
そのために山に入って、不味い魔草をたらふく食う必要があったがな。
「それに【鉄機爆体】には攻撃を半減させる効果があるが、完全に魔法効果を遮断できるわけではない。しかも鉄性質は火属性に弱く、このようにあっさりと溶ける場合がある――ん?」
講釈を垂れている間に、死んでしまったらしい。
将校の目から生気が消え、森の暗い闇を見つめていた。
俺は最後に残った将校の首から上を消滅させる。
翻り、元来た道を引き返し始めた。