外伝 Ⅶ 賢者の帰還②
人材がいないことは多少覚悟していたが、まさか新米しかいない隊に配属されるとは思わなかった。
それも訓練所ではイヤというほど見た同期ばかりである。あまり上司にこうは言いたくはないが、もう少しどうにかならなかったのだろうか。
「やったね、ラセルくん! また一緒の隊だよ。良かったね」
98番ことラシュアはニコニコ顔だ。
早速、俺の腕を取って肩を寄せてくる。
おい。やめろ。くっつくな。
お前が身体を寄せてくると、俺のこめかみ付近ぐらいに、その余計な脂肪が当たるんだ。
何気に精神に来るんだからやめろ。
くそ。他はともかくラシュアだけでも……。
「チェンジだ! チェンジ!!」
喚き散らしたのは、俺ではない。
同期の335番である。半泣きになりながら、血臭が漂う野営地で叫んでいる。
疲弊した先輩方の視線を食らったが、本人はまったく気にしない。
確かラシュアのことをメンタルゴリラとか言っていたが、335番もなかなかいい度胸をしている。
……ところで、ゴリラってなんだ。
「何が悲しくて、お前らとまた組まなきゃいけないんだよ。てか、新米だけの隊って舐めてるのか? 終わった……。オレの人生終わった」
隊を決めたのは、上官たちだ。
それを大声で批判した挙げ句、隊の仲間を卑下し、さらに地面に手をついて、落ち込む。
なかなかうるさいのか、メンタルが脆いのか、よくわからん奴だ。
「私は別にいいと思うけどな。変に先輩風を吹かした上官と組まされるよりは、全然マシだと思うけど」
「お前は、そこのチビと組めればいいだけだろ」
おい。今、俺のことを指差して「チビ」って言ってなかったか? 言ったよな? まさか言ってないよな?
「べべべ別にいいじゃない。それに同期で遠くまで来たのって、なんか修学旅行みたいで面白いじゃない」
「馬鹿か! 物見遊山じゃねぇ! 何を考えてるんだ、お前。ここは戦場だぞ!!」
まったく同感だ。
あと、俺に「チビ」って言ったのを今すぐ謝れ。
「おい! お前も座って本を読んでないでなんか言え! えっと……。278番だっけか?」
野犬のように吠える335番の怒りの矛先は、側の石に腰掛けて文庫本を読んでる 278番へと向けられる。
その278番は「はっ?」という顔で文庫本から顔を上げた。
「ごめん。聞いてなかった」
「お前な! ここはお前のうちの書斎でも、図書館でもないんだぞ」
「うちは貧乏男爵なんだ。書斎なんて大それたものはないよ。本はあったけど、3歳の時に全部読んじゃったし」
「さ、3歳? そんな時に字が読めたの」
「正確には2歳。毎日眺めてたら段々意味がわかってきた」
ほう。なかなかだな。
よっぽど本の虫だったと見える。
「すごっ! 私は今でも文字がいっぱいある本を見ると、眠たくなってくるよ。本って全部に【聖職者】の【睡眠】がかかってるよね」
それはお前だけだ、ラシュア。
「全然聞いていなかったけど、ボクは別にこの隊でもいいよ。どこの隊に入ろうが、死ぬ時は死ぬんだし。それに……」
278番は俺の方を見る。
なんだ、今の反応は。
随分と意味深な視線だったが。
「【魔導士】が2人もいるなんて豪華な隊はないよ」
「確かに。言われてみればそうだね。ラセルくんなんてメチャ強いし」
ラシュアは278番の意見に同意する。
言ってることは間違っていないか。
【魔導士】のラシュアこと98番。
やや精神にムラッ気はありそうだが、成績的には悪くない【鍛冶師】の335番。
成績は低いが、精神的には落ち着きのある【聖職者】の278番。
そして【魔導士】の俺の4人。
前衛が足りていないが、今の所俺が前に出れば、それなりにバランスは悪くない。
ただ上官曰く、後日このメンバーの中に、年上のチームリーダーが加わるそうだ。
そいつが【戦士】か335番と同じ【鍛冶師】なら文句はないんだがな。
後日……。
「シェリム隊――№287だ。今日からあんたたちの隊のチームリーダーになった。職業魔法は【探索者】だ。よろしく頼むよ」
俺たちの前にやってきたのは、女性のリーダーだった。
肩で切りそろえた茶色の髪に、どこか人の良さげな糸目。肌は白いものの、手や首元には無数の古傷があった。
女性軍人といえど、かなりの修羅場をくぐり抜けたのだろう。
それなりの佇まいがあった。
気になったのは、女性平均を大きく上回る身長だ。
ちょっと羨ましい。というか、俺の周りの人間って背の高い奴が多くないか。
ラシュアにしても、女性平均よりも高い方だし。
それにしても、【探索者】か。
今のメンバー構成から考えるに、【学者】の次に悪手じゃないだろうか。
前衛でゴリゴリに戦えると楽しみにしていたのだが、ここで【探索者】が来たことで、隊の方針が若干ぼやけてしまったぞ。
一体、このメンバー構成で何をやらせるつもりだ。
「よろしくお願いします!」
ラシュアは頭を下げる。
しかし、他は無反応だ。
考えごとをしていた俺もスルーしてしまった。
「ははは……。手荒い歓迎だね。かなりヤンチャな新米が来るとは聞いていたけど。ごほっ! ごほっ!!」
突然、リーダーは咳き込み始める。
単なる咳ではない。
背中が跳ね上がるような激しい咳だ。
「リーダー大丈夫ですか? 278番くん、【回復】を」
「ああ。別にいいよ。あんたは意外と優しいんだね、98番」
「え? あ、いや……」
リーダーがニコリと笑うと、ラシュアは同性にもかかわらず、顔を赤くしてモジモジする。
何を照れているんだ、ラシュアの奴。
「さて、あたしがやってきたからには、早速仕事をやってもらう。明日、北の魔獣に対して、大規模な反抗作戦があることは知ってるね」
「は、はい。え? もしかして……」
「そう。あんたたちに参加してもらう。それも……」
大役でね。