外伝Ⅶ 賢者の帰還①
☆★☆★ 1月19日 コミックス第2巻発売 ☆★☆★
コミックス第2巻が発売されます。
是非お買い上げください。
表紙はパッパとラセルですよ~!
よろしくお願いします。
本日コミカライズもニコニコ漫画で更新されていますので、そちらもよろしくです。
懐かしい匂いに目を覚ました。
ベーコンが焼ける時の香りでもなければ、のどかな牧場の糞の匂いでもない。
煙と、人の汗と血が混じったような戦場の香りだ。
突如、俺の乗っていた馬車が止まる。顔を引きつらせ、あるいは強がり言いながら新兵たちが下りていく。
俺は最後に馬車を降り、やや微睡む景色を見渡す。
薄く硝煙が漂っていた。
上官と、負傷兵を運ぶ衛生兵たちの怒鳴り声に混じって、野戦病院からは悲鳴が聞こえる。
ドンッ!
爆裂系の魔法が爆ぜる音が轟く。
距離は遠いが、少し離れた山向こうから煙が上がっていた。
待望の戦力の補充があっても誰も見向きもしない。老練の兵士たちはただ黙って鋭い瞳を光らせ、【聖職者】の衛生兵はただ暗い声を投げかけるだけだった。
多くを嗅いだ。
多くを聞いた。
多くを見た。
ああ。やはり俺は戦場に戻ってきたのだ。
思わず感慨に耽る。
自然と口の端が吊り上がりそうになったが、それは抑えた。
TPOは弁えないとな。
気が付けば、10歳8ヶ月。
11歳にならず、戦場に戻ってこれたことは喜ばしいことだが、俺としてはもっと早くここに戻ってきたかったものだ。
「わっ!」
戦場の雰囲気を存分に味わっていた俺の背中を押す者がいた。
折角の気分を台無しにしてくれたのは、俺と同じく教練場を卒業したラシュアである。
同じく教練場を卒業した他の同期は、最前線の空気に呑まれてげっそりとしているのに、ラシュアだけはお花畑に包まれた令嬢のように笑顔を振りまいていた。
成績は俺よりも遥かに劣るくせに、精神力だけは大したものだ。
羨ましいと思ったことはないが、時折こいつの脳にはフカフカの蒸しパンでも詰まっているのではないかと思う時がある。
だが、それもケースバイケースのようだ。
かすかだが、ラシュアの足は震えていた。
一応、こいつも人の子らしい。
「なんだ、ラシュア?」
「なんだって……。ぶー。素っ気ないの。緊張してるラセルくんをほぐしてあげようと思ったのに」
「緊張? してるわけないだろ? むしろワクワクがいっぱいだ」
俺はニヤリと笑う。
「ワクワクって……。あははは。それが強がりじゃないところがわかるところが凄いよね」
「戦場は己を鍛え上げるには最適だ。魔獣を倒せば大量のスキルポイントがゲットできるしな」
「あー。はいはい。さすがラセルくん」
「ところで、ラシュア。そのラセルはそろそろやめろ。戦場に来たんだ。俺は172番、お前は98番だろ?」
ちなみにこの番号に、部隊名がそのまま付けられることになっている。
俺の他にも、172番はいるだろうからな。
「別にいいじゃない! そもそもラセルくんだって、『ラシュア』って呼んでるでしょ?」
「お前のレベルに合わせてやっているだけだ。わかった。これからは98番と呼ぶ」
「ガーン! 藪蛇だった。ええ。いいじゃない! 2人の間ぐらいラセルとラシュアで」
ラシュアは俺の袖を引く。
ったく……。大きな子どもでもあやしてるみたい気分になってきた。
「ああ! もう! うるせぇぞ、お前ら!! こっちは戦場に来たばかりでカリカリしてるんだ。ちったぁ黙れよ。こっちはお前ら2人みたいにメンタルゴリラじゃねぇんだよ」
メンタルゴリラ?
メンタルは先史時代の言葉で聞いたことがあるが、ゴリラってなんだ?
地方の言葉か?
突然、横で爆発したのは同期の335番である。職業魔法は【鍛冶師】だが、上背があり、力は強い。
俺から言わせれば、天性の基礎能力に溺れて、身体の鍛え方が甘い。
ちなみにラシュアと同じく17歳だ。
「メンタルゴリラとは失礼ね。戦場で突然叫ぶ方がゴリラみたいじゃない」
ラフィナは反論する。
ん? ラフィナもゴリラのことを知っているのか?
「つーか、お前らいつの間にそんなに仲良くなった? 名前で呼び合いやがって」
「別にいいでしょ?」
「172番と一緒に王都に戻った時からだよね」
ボソッと言葉を吐いたのは、同じく同期の278番である。
長い癖毛の黒髪に、青白い肌は如何にも黒魔導士みたいな容姿をしているが、職業魔法は【聖職者】。基本無口で何を考えているかわからない。
そして、いつも小さな文庫本を持っていて、四六時中読んでいる。
「なんだ? もしかして、お前ら恋人同士なのか? ラシュア……。さすがにお子様に手を出すのはまずいだろう」
「こここここ恋人同士なんてそそそそそそそんな……」
「動揺するところがまたあやしい」
「だああああ! もううるさい!」
「そうだ。いい加減黙れ。ここは戦場だぞ」
「ち、ちがうよ~」
ラシュアは顔を真っ赤にしながら、否定する。
俺たちがやって来たのは、北方の最前線。もっとも魔獣や魔族との戦争が激しい激戦地である。
まさかこんな個性的な面々とやってくるとはな。
まあ、子どものお遊戯はここまでだ。
正式に入隊すれば、俺たちは別々の隊に配属することになる。
ラシュアとの腐れ縁もここまでだろう。
「はっ?? 全員、同じ隊??」
最前線について30分後。
俺は信じられない辞令を聞いて、固まった。
「そうだ。現在我々は戦闘を継続中だ。今、お前たち新米を各隊に1人ずつ分けるほど余裕がない。極めて異例だが、お前たちは4人に、ベテランの下士官を加えた隊で構成してもらう」
「やった! ラセルくん、また一緒だね」
「そんな……」
俺の顔からスッと血の気が引いていくのがわかった。
「な、なんでオレがこいつらと同じ隊なんだよ!」
「……詰んだ」
幸い不服があるのは、俺だけじゃないらしい。
しかし――――。
「不服か?」
教官よりも遥かに強面の最前線指揮官は、それだけで新米たちを黙らせてしまった。
こうして俺は、新米だらけの小隊からスタートすることになったのである。