外伝Ⅵ カタメの男⑦
「魔瘴の森か……」
眼前に広がるのは、黒い霧で覆われた森だった。
王都から少し離れたところにある禁足地で、ご覧の通り呪いや、人間には毒でしか反魔力が渦を巻きながら、森の中を漂っている。
如何にも曰くありげな場所だ。
一体何をどうしたらこんな危ない土地にできるんだ?
まだ中に入っていないのに、死臭がすごい。鼻がもげそうだ。
常人の精神なら、5分ともたないだろう。
「本当にこんなところに、政府の機関があるのか?」
「ああ……」
俺の側にいるカタメは、おもむろに魔瘴の森へと歩き出す。
俺はその背中を追いかけた。
表情も変えずによくこんな森の中に入ろうとするな、と思ったが、絡繰りはすぐにわかった。
「【強制認識】か……」
【学者】の魔法である。
人の認識を操作することができる魔法で、たとえば「ここに近づくな」と命令すれば、様々な感覚からその認識を強制的に脳に書き込むことができる。
俺が入りたくないと思ったのも、そのためだ。
その【強制認識】が領域展開されて、森一帯を包んでいる。
絡繰りがわかれば造作もない。
俺は指先をナイフで切る。
その痛みにすべての感覚を集中させると、【強制認識】の魔法をはずした。
森にかかった【強制認識】を別の命令に上書きしたのである。
【強制認識】は割と汎用性が高い魔法で、【学者】においては主戦力となる魔法ではある。だが、こうやって魔法効果を簡単に外せるところが、弱点だ。
「ほう。【強制認識】を外したのか? ひよっこにしてはやるな。訓練の賜物か?」
「まあ、そんなところだ、先輩殿」
「ところで、本当にゲルドが1187研究室に戻っているんだろうな」
「ああ。間違いない」
俺はしれっとウソを吐く。
実はゲルドがここに戻っているかは確証はない。
というかゲルドなど、後でどうとでもなる。
俺が興味あるのは、1187研究室の全容だ。
何を馬鹿なことをしているか、笑いにきたのである。
(つまらないものを作っていたら、即刻叩き潰してやる)
「お前、ミリアス司令官の命令で動いているといったな。他に援軍は?」
「ない。俺だけだ。……そもそも軍の中で誰が味方かわからん。司令官ですら、俺は信用していない」
「2人か」
「なんだ? 子ども1人では不服か?」
「大いにな……」
すると、カタメは構えた。
森が動く。いや、木が動いているのか?
おいおい。ここには軍の施設があるんだろう? どうして、魔獣なんかがいるんだよ。
枝葉が動き、太い幹には顔が現れ、口には牙が光っていた。
「人面樹ウッドガルか……」
それもかなり大きい。
俺が知るウッドガルには、幹1つに1つの顔がついているが、このウッドガルには、無数の顔がついていた。
「気を付けろ……。この森の中は、1187号室が作った合成魔獣の巣窟になっているぞ」
「それを早く言って欲しいものだな」
不平を漏らすと、次の瞬間ウッドガルの枝葉が伸びてきた。
俺はギリギリを見極めながら冷静に躱す。
あっさりと何を逃れたが、後ろの岩がバラバラになってしまった。
「枝が刃になってるのか?」
キラーブレードあたりを合成したのだろうか。
とんでもないキメラ魔獣である。
やや気落ちしていると、今度は茨の鞭が飛んでくる。
咄嗟に避けたが遅い。
右手首に茨の鞭が絡まった。
すると、暗い森の中で炎が灯る。
見ると無数の茨に包まれた植物魔獣の口に、真っ赤な炎が揺れていた。
「今度はファイアローズの亜種か!」
発射とばかりに炎を吐き出す。
俺に向けて、炎のブレスを放った。
火塊が大きい。
まさか竜種と掛け合わせたとか言うまいな。
ドンッ!
白煙が上がる。
ファイアローズは楽しそうに踊るが、白煙の中から出てきたのは、カタメだった。
「ふんっ!!」
拳を振るうと、ファイアローズの亜種はスパッと切れる。
そのまま消滅した。
「どうした、小僧。オレと戦った時の勢いがないように見えるが……」
「ああ。まったくその通りだ。俺は優しいのでな。余計な殺生をしたくないのだ」
「そんな顔には見えないがな」
正直に言うと、やる気が出ない。
相手は合成魔獣。つまりは人工的に作られた魔獣である。過去の例でいうと、こういう魔獣は経験上、スキルポイントが入らないことがある。
はっきり言うが、俺が何故こんなややこしいことに頭を突っ込んでるかといえば、すべてはスキルポイントが目的だ。
1187研究室のようなところを壊滅させれば、英雄行動としてスキルポイントがもらえる公算が戦い。
あとのコスパが悪いヤツは、いらないのだ。
「一応訊いておくが、カタメ。この魔獣を倒したら、スキルポイントはもらえるのか?」
「は? スキルポイント? 何故、今そんな話を……」
「まず俺の質問に答えてくれ」
「? おそらくだが、スキルポイントは入る。そうだな。ベースとなる魔獣の1.2倍ぐらいのポイントが入るんじゃないのか。ここの合成獣は高いんだ」
ほう……。それはいいことを聞いた。
その時の俺は目をキラキラさせて興奮していた。
「よし。ならばいただこう」
「はあ? 何をだ?」
「決まっている……」
全部だ。
俺は手を掲げる。
そして魔法を唱えた。
【竜皇大火】
竜の姿をかたどった炎が、魔瘴の森を貫く。
さらに紅蓮の炎を辺りに放出すると、一気になぎ払った。
「なっ!」
片目を開けたカタメが息を飲む。
森だった場所は残っているが、丸裸といっていい状態だった。
「りゅ、【竜皇大火】だと……。たかだか10歳の言葉が、上級魔法??」
ふう……。
【魔導士】になって、初めて上級魔法を実戦で使ってみたが、思ったよりも魔力が減るな。だが、これぐらいなら魔力回復薬を飲めばすぐ回復するだろう。
俺は自前の魔力回復薬を一気飲みする。
さて、スキルポイントはどれぐらい入ったかな。
「うっっっはぁぁぁあぁああ!!」
おお! 思ったより大量ではないか。
これは大盤振る舞いした甲斐があったというものだ。
かなりのポイントが入っている。
炎で一掃されたということは、植物系の魔獣が多かったと見ていいな。
しかし、なかなかの狩り場だな。
もう少し残しておけば良かった。
「お、お前……」
「ん? なんだ、カタメ?」
ステータス画面から顔を上げると、カタメが固まっていた。
初めて見せる顔だ。
なかなか面白いぐらいに硬直している。
「な、なるほど。10歳で【竜皇大火】を使えるだけあるな」
カタメは1人納得していた。