外伝Ⅵ カタメの男⑥
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「子ども?」
カタメは突如自分の前に立ちはだかった俺を見て、眉宇を動かした。
王都はすでに夜の帳が下りている。
『殺人鬼』のおかげで、店は早々に閉まり全体的に暗いものの、街灯の明かりのおかげで訓練所よりも遥かに明るかった。
屋根の下にある街灯の薄い光が、俺たちを照らす。
すると、カタメはやっと気付いた。
「さっき部屋にいた子どもか?」
「おじさん、どこ行くの? 鬼ごっこの途中なのに、家に帰るなんてひどいなあ。嫌われるよ、そういうの」
「生憎と子どもと遊んでいる暇はない」
「そう。ぼくはおじさんとまだまだ遊びたいなあ」
俺は手を地面に向けた。
【蛇氷鎖陣】
直後、氷の蛇が民家の屋根を滑っていく。大きく口を開けて、カタメに迫った。
子どもがいきなり中級の束縛系魔法を使うとは思っていなかったのだろう。
虚を突かれたカタメは、ワンテンポ反応が遅れる。持っていた槍を氷の蛇に放り投げた。氷の蛇は槍に絡み付き、止まる。
「やはり、ただの子どもではないということか」
俺は口端を歪める。
そこでようやく本性を現した。
「元軍人の割りには判断が遅いな。子どもだと思って侮ると、痛い目を見るぞ、先輩殿」
「お前、軍人? いや、訓練生か」
「まあな」
「確か訓練生の年齢の下限は12歳だったはず。……それにしても、背が小さいが」
「小さい言うな! それに俺はまだ10歳だ」
「10歳……。こんな子どもを」
カタメは奥歯を食いしばる。
明らかに怒っていた。
「悪いことは言わん。どういった理由で入隊したかは知らないが,家に帰った方がいい」
「俺は孤児だ。ちなみに孤児院にも帰るつもりはない。俺が今興味あるのは玩具などではなくお前だ、カタメ」
「なんだと?」
「先ほど、部屋の一幕を見ていた。【戦士】でありながら、【硬度上昇】と【鋭利】の魔法を使っていたな。何か魔具を使っている形跡もなかった。お前は世界的に見ても、二系統の職業魔法を操る遣い手だ」
「知ってどうする、小僧?」
おっと……。
雰囲気が変わったな。
よっぽど知られたくない情報らしい。それもそうか。俺が知る限りにおいても、カタメは二系統の魔法を使える人間の唯一の実例だ。
俺も色々やってみたが、再現することすらできなかった。最強の職業魔法【魔導士】ならあるいはと思っているが、今のところとっかかりさえ見えていない。
「天賦の才能というならいくらでも転生して得るつもりだが、後天的に取得したというなら、実に興味深い」
「転……生……? 何を言っているのだ、お前は」
おっと。思わず口を滑らせてしまった。いかんな。
興味深い逸材を前にして、少々興奮が抑え切れていないらしい。
何せ俺の目標は、六大職業魔法全取得だ。その達成のための手段すらこれまでわからなかった。何か方法あるというなら、どんなことでも応じるつもりだ。
「今のは忘れてくれ。子どもの妄想というヤツだ。――で、どうなんだ? 先天的に取得していたのか、それとも後天的なのか? 【硬度上昇】【鋭利】以外に使える魔法はあるのか? 何か道具、いや魔導具か? あるいは食品、魔草か何かか?」
こう尋ねているだけで、口元が緩んでくる。
自分で言うのもなんだが、今の俺の表情は実に変態的であろう。
それは、ポカンとするカタメの顔から読み取れた。数百年ぶり見つけた俺の好物なのだ。是非、その深淵を享受してほしいものだ。
「お前、本当に10歳の子どもか?」
「一応身体的には間違いなくな。そうだな。お前の身体の秘密を教えてくれるなら、教えてやってもいい。お前が持つ情報は、少なくとも俺にとっては垂涎ものなのだからだ。……そもそもお前を逃がしたのも、こうやって情報を引き出すためだからな」
「まさか! あの煙幕。お前だったのか?」
「司令官殿は生死を問わないと言っていたが、俺はお前の身体に興味津々でな。お前がどうやって二系統の職業魔法を習得したのか、教えてくれるというなら、お前を逃がしてやってもいい
「命令に背くと……? とんでもない小僧だな」
「元軍人で、将校を殺しまくってるヤツに言われたくないがな。『殺人鬼』」
「違う!」
カタメは強く声を響かせた。
赤茶色の隻眼を刃のように光らせると、両腕を胸の前で揃えてみせた。
「オレは『殺人鬼』などではない。『復讐者だ」
気付かなかったが、微妙にカタメの肩までの肌の色と、腕の色が違う。まるで無理やり縫い付けたような痕があった。
そこで俺ははたと気付く。
(おいおい。マジか。……そんな方法で二系統の魔法を使っているのか?)
俺はカタメの縫合痕を見て、ある可能性に気付く。
だが、考えに耽るのはそれまでだ。
大きく屋根を蹴り、復讐鬼と化したカタメは俺に突っ込んでくる。
速い! 腐っても軍人だ。しっかりした基礎と、淀みのない魔法制御によって、一瞬にして間合いを侵略してくる。
習得したというよりは、身体に染みついた動きだろう。
カタメはやや大振りに回転蹴りを俺に食らわせようとする。
すかさず屈むと、蹴りが俺の頭上を通り過ぎていった。
俺は地面に残った軸足を狙ってタックルを試みる。
子どもの身体で体重こそないが今なら転がすことは可能だ。
【超反応】
カタメはすかさず【戦士】の魔法を使う。
身体能力を一時的に急上昇させる魔法だ。
それによって、俺のタックルをすかす。そのまま空中で回転すると、俺の頭上に向けて膝を落とした。
子どもと侮っていたわりには情け容赦ない攻撃だ。
タックルは決まると思っていたから、勢いを止められない。それはそのまま足を止めず、前へと逃げた。
くるりと踵を返すと、まだ【超反応】の効力は残ってるらしい。
空中姿勢のまま俺の方にまた蹴りを放ったが、何もせず躱すことができた。
残念ながら、間合いが遠かったのだ。
(今のコンビネーション当たっていれば、危なかったかもしれない)
それに【戦士】だが、徒手でもかなりの腕前だ。打投極ともに隙がない。付き合わない方が最善なのだが、あまり間合いを取り過ぎると、逃げられる可能性がある。
向こうは【戦士】だ。身体強化の専門家。本気逃げられれば、追跡できなくなる。
折角、司令官をダシにしたのに、ここで逃がすわけにもいかない。
(一か八かというのは、あまり隙ではないが、あれをやってみるか)
司令官には通じなかったが、今なら……。
俺は屋根を蹴って、再度突っ込んでくる。
カタメは足幅を広げ、腕を上げて構えを取った。迎え討つつもりらしい。
俺は拳を連打する。
カタメはそれらを冷静に払った。鋭い隻眼は俺の拳をほとんど見てない。確実に何かを狙っているように見えた。
(よし!!)
俺は意識的にカタメの顔に狙いを定める。といっても、俺とカタメの背丈はかなり離れている。顔面を狙うには、ジャンプするしかない。
そして、その時はやってきた。
肩を入れながら、やや大振りのフックを見せる。
その時、俺の右脇腹ががら空きになるのは、わかっていた。
そしてカタメがそこを見逃さないのも……。
「痛ッッッッ!!」
一閃。
俺の右脇腹にカタメの回し蹴りがヒットする。その衝撃は凄まじい。普通の子どもなら、口から内臓が出ていたかもしれない。
俺はあえなく吹き飛ばされ、屋根から飛び出す。そのまま下へと落下していった。
「ふん。なんだったんだ、あの小僧。まさか、あれもゲルドの作品というわけではないだろうな」
「へぇ。作品か。面白いことを言うね、おじさん」
声を聞いて、カタメは振り返る。
そこには空を飛ぶ俺の姿があった。
「【浮揚】だと!」
「じゃじゃ馬め。ちょっと大人しくしててもらうぞ」
俺は空中で回転しながら勢いをつけると、カタメの顔面を蹴り上げる。
こめかみを狙った一撃は、王都を震撼させた『殺人鬼』の意識を刈り取るのだった。
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元錬金術師の主人公が、おいしい時短調理器具を作って、隣国の王子にご飯を作ってもらうお話となります。『公爵家の小さな料理番様』を読んでくれている方にはご満足いただける料理をご用意しておりますので、是非読んで下さいね(ブクマと評価もよろしくです)。
只今、第2飯テロを終えたところです。読みごたえ十分なのでよろしくお願いします。
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