外伝Ⅰ 最強の始まり(後編)
☆☆ コミカライズ開始 ☆☆
拙作『劣等職の最強賢者』がニコニコ漫画の『水曜日はまったりダッシュエックスコミックス』内にて、
始まりました。SAOガールズ・オプスを担当された猫猫猫先生の神作画を是非ご一読ください。
よろしくお願いします。
軍曹は腰に下げた鞘から剣を引き抜く。
先ほど新兵の血を吸った刃は、薄い雲から刺した朧気な陽光を受けて、ギラリと光る。
軍曹と少年兵。
奇妙な組み合わせの試験を聞いて、関係ない兵士たちまで集まってきた。
所謂野次馬たちは自然と決闘台を作り、2人の戦士を閉じ込める。
人だかりを見て、〝172番〟は「暇な奴が多いな」と溜息を吐いた。
いよいよ互いに向かい合うと、軍曹が口を開く。
「魔法は使ってOK。得物も選ばせてやる。何を使う? 剣か? 槍か? 弓か?」
「必要ありません。魔法で十分です」
「私を素手で倒すというのか。子どもだからと手心が加えられると思うなよ」
「ならば、俺は上官だから手心を加えねばならないのですか?」
〝172番〟は肩を竦め、やれやれと首を振る。
「必要ない。思いっきりやれ」
「……そうしたら、消し炭になってしまいますが」
「何か言ったか?」
「何も……。独り言です」
「遺言か。新兵にしては殊勝な心がけだ」
「いい加減始めませんか? 俺は早く強くなりたい」
〝172番〟は笑う。
戦うのが楽しみで仕方ないという顔だ。
一方軍曹も口端を引きつらせた。
剣を軽く振りながら、イメージの中で相手を切る。
頭の中で一太刀入れる度に、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「はじめ!!」
号令が掛かる。
最初に動いたのは、軍曹――いや、剣の方だった。
【伸縮】
それはこの日、軍曹が見せた最初の【鍛冶師】の魔法だった。それまでの相手は、全部剣だけで戦えていたからだ。
その剣の刃部分が加速度的に伸びていく。
〝172番〟に迫った。
一瞬にして、剣の刃が間合いに踏み込んでくる。
しかし、〝172番〟は冷静だ。
余裕で剣を躱す。
それを見て笑ったのは、軍曹の方だった。
「かかった!!」
【変性】
武器の特性を買える魔法である。
次の瞬間、〝172番〟の脇を通りぬけていた刃の切っ先が突然変化した。
折り紙みたいに曲がると、〝172番〟の喉元を狙う。
「ひゃあああああああああああ! 死ねぇぇぇぇぇええ!!」
「よっと……」
拍子抜けするような間延びした声だった。
〝172番〟は喉元に来た刃を指で掴む。
まるで飛んでる蜻蛉の胴体を捕まえるみたいにだ。
刃の速度は、蜻蛉よりもさらに加速がかかっていた。
しかし、〝172番〟の対応は実にあっさりとしたものだった。
「ぐっ!」
異変は〝172番〟が刃を掴んだことだけではない。
刃が動かないのだ。
押しても引いても動かない。
魔法の問題ではない。単純に〝172番〟の力が強く、動かせないのである。
「どうしました? もしかして、もうネタ切れですか?」
「な、何故だ!? 動かん? 子どもがこれほどの筋力を? 貴様、本当は【戦士】ではないのか?」
「ステータスは確認したと思いますが。それにこれは【戦士】の魔法ではありません。【魔導士】の魔法です」
「ふざけるな! 【魔導士】にこんな魔法は――――」
「これは俺のオリジナルです、軍曹殿。【魔導士】の【初炎】という魔法の熱を、体内の熱に変換し、一時的に爆発的な力を生んでいるだけです」
「そんな! そんな【戦士】の魔法みたいなことが」
「できるさ。言ったろ? 俺の目的は六大職業魔法全制覇だとな」
〝172番〟の言葉はドンドン不遜になっていく。
口端に浮かんだ笑みを見て、軍曹はついに切れた。
「だまれぇぇぇぇええええええ!!」
【複製】
軍曹の持っていた剣が、1本から2本に変わる。
「ほう。【複製】を使えるのか。結構真面目に鍛錬していれば、一角の人間になったものの……」
「黙れ、小童!」
もう1本の刃が、〝172番〟に襲いかかる。
咄嗟に掴んでいた刃を離したが、直後2本の刃が〝172番〟の退路を断ちながら、迫ってきた。
それはまるで双頭の竜のようだ。
ドンッ!!
くぐもった音は、〝172番〟の首を刎ねた音ではない。
まして、竜のように迫った刃が、胴を噛み千切った音でもなかった。
「――――ッ!」
軍曹の顔が間抜けに思えるほど歪んでいた。
すでに白目を剥け、朝食べたポーチドエッグと無言の再会を果たす。
その腹の下に潜り込んでいたのは、背丈の低い少年兵だった。
軍曹は何も言わず、前のめりに倒れる。
かろうじて息こそあったが、完全に意識が飛んでいた。
「すまん。少々強く殴りすぎた。やれやれ……。相変わらず人間というのは脆いな。これだから人間同士の決闘はイヤなのだ」
〝172番〟はそう言い残し、隊の列に戻っていく。
周りから注目を浴びているのを知っているのか知らないのか。
少年兵は肩を竦め、またやれやれと首を振った。
これは最強の職業魔法【魔導士】を手に入れ、六度目の新たな人生を歩み始めた賢者の話である。
ちなみにこの外伝ですが、あと2話やることは決定しております。
コミカライズ版序盤に出てくるラセルが、どうあそこまで至ったのか、
作者の時間が許す限りは書こうかなあと思っているので、楽しんでいただければ幸いです。
(多忙につき、エタったらごめん。でも、あと2話は必ず更新します)。