外伝Ⅵ カタメの男④
作戦は実にシンプルだ。
ミリアス司令官が王都にある貴族に招かれる。表向きは古い友人の誕生パーティーに招かれたものだが、内実は上級将校を含む極秘会議であることをあらかじめリークさせておく。
パーティーは本格的なもので100名以上の賓客を迎えるつもりだ。
これもまたカモフラージュで、『カタメ』が人に紛れて潜入しやすくするためである。そして当然、すべての人間の身元がチェックされている。勿論、給仕や料理人、衛兵もだ。
100名の中に非戦闘員も含まれているが、『カタメ』がまさに目の敵にしているのは軍人だけだ。
俺の心理分析では、こういう輩は軍人に強い怒りを持っていても、他には迷惑をかけないというある種のポリシーを持っている。
人質に取ったり、無闇に魔法を連発して騒ぎを大きくしたりはしないはずだ。
パーティー会場の奥に設えられた極秘会議場に誘い込んだところを、お縄にするという次第だ。
もはや古典芸能を彷彿とさせるやり尽くされた作戦ではあるが、情報操作と舞台装置をうまくすれば、手堅い作戦である。
すでに司令官は入場済みだ。
『カタメ』に見せつけるように聴衆に手を振り、自分はここにいるぞとアピールしている。
『カタメ』もまさか司令官が囮役に買って出るとは思うまい。
おそらくこれで、今回のパーティーが本物だと信じ込んだはずである。
パーティー会場の入口近くで、入ってくる貴賓客をチェックしていると、突如目の前に影が現れた。
「じゃーん! どう!? ラセル君」
ゆったりとした音楽に合わせるように、俺の前でターンして見せたのは、ラシュアだった。
ワンピースの裾がふわりと舞い上がる。
赤く染められたスカートの先から、徐々に胸の方に向かって白っぽくなっていくグラデーション生地はなかなか手が込んでいた。
普通の染色方法ではない。何か魔法にアレンジが加わっているのだろう。おそらくこれも職人の仕業だ。
本人も綺麗に化粧し、長い髪を纏めたおかげもあって、別人のようになっていた。本人には口が裂けても言いたくないが、一国のお姫様のようだ。
一応貴族令嬢というだけはある。
それにしても……。
「お前、もしかして訓練場から持ってきた荷物って、それのことじゃないだろうな」
ということは訓練場にドレスを持っていっていたということになる。
一体何を考えて、いや何を期待して軍隊に入ったのだろうか。
「ち、違うよ。家に帰って、着させてもらったの!」
むぅ、と頬を膨らませる。
「それより! どう? 似合ってる、ラセル君!?」
「あー。あー。似合ってる似合ってる(棒)」
「もう! 心がこもってなーい! もっとちゃんと褒めてよ!」
「そういうのを俺に求めるな。ああいう軽薄そうなヤツに求めろ」
俺はパーティーで早速女を口説いている金髪男と取り巻きの方を指差す。
「あ、ああいうのはちょっと……。それに私たち任務中でしょ」
今、俺の目の前でドレスを着て、はしゃいでいたヤツはどこの誰だ?
やれやれ、と首を振ると、ラシュアは俺の方を見てキラキラと目を輝かせていた。
「な、なんだ?」
「言うか言おうか迷っていたけど、ラセル君……! やっぱりちゃんとするとなかなか逸材だよ! かわいい!!」
「そこはカッコいいじゃないのか?」
「はあ~ん。こんな弟がいればなあ」
「ちょ! 待て! 抱きつくな!!」
本気でやめろ!
こっちは任務中なんだ。
あまり目立った行動をしていると、すでに潜入しているかもしれないターゲットに怪しまれるかもしれない。
あと折角整えた髪がボサボサになる!!
「それにしてもよく子ども用の礼服なんてレンタルできたね」
こいつ……。いつか地獄を味合わせてやる。
「ねぇねぇ、そこの君!」
突如呼びかけられると、先ほどの金髪頭と取り巻きが並んでいた。
貴族のパーティーだというのに、随分と下品な笑みを浮かべている。以前住んでいた孤児院周辺にある下町のマフィア下っ端でも、もうちょっとマシな笑みを浮かべていたぞ。
当然、話しかけたのは、俺ではなくラシュアだ。
ただ当の本人は身構えるわけでもなく、様子を窺っている。
「綺麗なドレスだね」
「あ、ありがとうございます」
「それに君も……」
「え?」
「まるで炎の美しい煌めきから生まれた天使のようだ」
うぇ! なんだ、その歯の浮くような台詞は……。
こいつ、本気で言ってるのか?
こんな口説き文句、通じるわけが……。
「そんな天使だなんて……」
ラシュアはめっちゃ照れながら、「イヤイヤン」と首を振る。
すっごく効いてる。
顔を紅潮させてクリティカルヒットだ。
「どう……。これからボクと踊ってくれないかな。勿論、その後も――――」
「すみません。弟がおりますので。丁重に断らせていただきます」
はっ? 弟??
そう言って、ラシュアは俺の手を握る。その場を後にした。
なるほど。こいつなりに騒ぎを大きくしないようにするための方便か。
しかし、姉弟というのは些か無理がないだろうか。
「ちょっと待てよ。姉弟? そんなわけないだろ?」
「そうですよ? 見えませんか?」
ラシュアは振り返る。
「嘘だろ。だって、お前ら全然似てないもんよ」
まさかこういうごろつき貴族に論破されるとはな。
どうするつもりだ、ラシュア。
「な、何を言ってるんですか? ほら、目元のあたりとかそっくり!」
似てるか!
それにそれって、他人から見て、赤ちゃんと親の身体的特徴の一致する部分を見つけられなかった時に使う常套文句だろうが。
「似てるか!!」
まずい。
ごろつき貴族と同じことを思ってしまった。
「いい加減なこと言ってないで、俺と踊ろうぜ。そしていい思いさせてあげるからさ」
鼻の下を伸ばしながら、ごろつき貴族は下心貴族になる。
よく観察すると、随分と酒臭い。
まだ開場して、30分も経っていないのに、もう酔ってるのか。
やれやれ……。
こんな時にトラブルか。
あまり騒ぎにならないようにやり過ごすしかないようだな。
「ん? なんだ、チビ!」
は!? チビ??
今、チビって言ったか??
「なんだ、その反抗的な目つきは!」
お前こそ、今なんて言った?
チビって今言ったろ!!
何度も言うが、俺の成長期は大器晩成型なんだ!!
魔法を繰り出そうとした時だった。
男が俺に伸ばした手は寸前で止められる。そのまま力を利用して、くるりと空中で1回転した。
金髪男は受け身も取れずに、パーティー会場の床に叩きつけられる。
ラシュアだ。
姿形はお嬢様だが、これでも立派な軍人だ。
訓練生であっても、素人の男ぐらいならあっという間に制圧できる。
そもそもこんなところでうろついている男など、【村人】だろう。
貴族であっても、六大職業魔法を持つ者には必ずといって兵役が与えられるからな。
(――って! 感心してる場合ではないな!)
気づけば、会場内はシンと静まり返っていた。優雅な音を奏でていた音楽隊は演奏を止め、こちらを向いている。彼らだけじゃない、会場にいる全員が俺たちの方に視線を注いでいた。
(あ。やば! これはマズい!)
俺は憤然としたラシュアの手を取った。
「ちょ! ラセル君??」
「離れるぞ!」
そう言って、一旦パーティー会場から脱出する。裏方――つまり給仕たちが行き来する廊下を歩き、近くの更衣室に逃げ込んだ。
「何を考えているんだ、お前は。作戦を忘れたのか? 俺たちの目的はパーティーを楽しむことでも、酔客を張り倒すことでもないんだぞ」
「わ、わかってるよ~。だから、そんなに怒らなくてもいいでしょ?」
「わかってないな。俺たちの行動が司令官の命を危うくする。……いや、慎重な犯人なら別の機会を狙って、脱出したかもしれない。作戦はパーだ」
「ごめん。でも……」
「でも?」
「私はラセル君の保護者だから、守らなくちゃって思ったら、つい――――」
そこで俺は気づいた。
別にラシュアの理由を聞いて、感心したわけではない。泣きそうになっている彼女に、狼狽えているわけでもなかった。
そもそもラシュアは案内役であって、保護者じゃない。
こいつが勝手に言ってるだけだ。
俺が気づいたもの、それは……。
「臭うな……」
「え? 臭う! え? え? 待って。私、ちゃんと身体も洗ってきたし……。その香水も新しいのを……」
わかりやすく動揺するラシュアを放置し、俺は側にあった木のロッカーを開いた。
同時に中から倒れ落ちてくる。
それは裸にされた衛兵の死体だった。
「ヒッ!」
悲鳴を上げようとしたラシュアの口を塞ぐ。
これ以上の騒ぎは御免だからな。
「どうやら……」
タイが針にかかったようだ。