外伝Ⅵ カタメの男③
六大職業魔法は原則として、持たざる者【村人】を除けば、1人に付き1つの職業魔法が宿る。
これが理で、神が決めたことだ。
間違いない。何故なら、その神自身に確認したのだからな。
しかし、問題となっているネルワルト元軍曹――通称『カタメ』は【戦士】でありながら、【鍛冶師】の力も使えるという。
1人に付き、2つの職業魔法。
神の理に背き、六大職業魔法全取得を企む俺からすれば、気になる存在だ。司令官から、生死は問わないといわれているが、個人的に捕獲し、少々強引にでもその身体の仕組みを知っておきたいところである。
司令官から依頼された『カタメ』の捜査任務について、俺は2つ返事で了承した。
その上である提案を行う。
「囮作戦か……」
司令官は眉間に皺を寄せた。
反感を買ったのではなく、おそらく興味を引いたのだろう。
すぐに俺の説明を促す。
俺は机に広がった資料を1枚1枚丁寧に並べていった。
「『カタメ』にやられているのは、ほとんど軍属です。つまり犯人は軍に対して非常に強い恨みを持っていると推測されます。経歴を見る限り、恨みを買った理由についてはわかりませんが、間違いないかと」
「すごい! 172番君。……もう資料全部を読んじゃったの?」
横から顔を出して、98番が「はえ~」と感心した様子で机の資料を見つめる。
緊迫した空気の中で、随分と呑気な女だ
唯一の救いは、司令官がこのラシュアに対して、別段鬱陶しく感じていないことだろうか。枯れ木に花というわけではないが、殺伐とした軍隊の中ではラシュアのような能天気な存在は貴重なのかもしれない。
「それで囮作戦か」
「はい。軍属――できれば上級将校を餌にして出てきたところを叩く。というのは如何でしょうか? 警戒が強まったことによって、『カタメ』の犯行間隔も長くなっています。最新の事件も1週間前。……相手にも焦りが出てきた頃合いかと。そこに――――」
「上級将校が無防備にお忍びで高級バーでも行こうものなら」
「そうです。『カタメ』は絶対に見逃さないでしょ」
「良い案だ。採用しよう」
「ありがとうございます」
訓練生らしく、一応感謝の言葉を述べる。
「すごいじゃない、172番君。エラいエラい!」
突然、ラシュアが飛びつくと、俺の頭をわしゃわしゃとなで始めた。
やーめーろ。俺は犬じゃない。
あとな。お前の無駄に大きな脂肪が当たってるんだ。
女なんだから恥じらいを持て!
戸惑っていると、衛兵たちが鋭い視線を向けていることに気づく。
ハッとなって、ラシュアは離れたが、もはや後の祭りである。
「あはははは! 面白い案内役を付けてもらったものだな、172番」
「すみません。お見苦しいところを」
「いや。むしろ君が本気で困っている顔を見れて、私は満足だよ」
じじぃ……。
「それで? 餌となる上級将校はどうする?」
「人選はお任せしますが、できれば――――」
「ふふ……。私か」
「閣下!」
「なりません! 閣下!!」
驚いたのは、両脇の衛兵である。
薄々は感じていたのかもしれない。
何せこんな面白いイベントなど、後方でふんぞり返っている司令官には味わえないスリルだ。
立派な肉体を持て余している司令官からすれば、絶好の機会と言える。
「先ほど敵は焦っていると言いましたが、かなり慎重な相手です。1ヶ月の間に12名。しかも軍属。加えて犯行後の足取りは追えていない。綿密に犯行計画を練っている証拠です」
「ん? それではこちらの罠に気づくのではないか?」
「気づくと思います。しかし、罠だとしても飛び込むに値する相手なら別です。タイを釣るなら、小さなエビよりも大きなエビでしょ」
「タイ? エビ? 君は何を言っているんだ?」
おっと。
つい前世での慣用句を使ってしまった。いかんな。変に作戦に寄っているぞ、俺。楽しみで仕方ないのは、司令官だけではないということか。
「失礼しました。子どもの間で流行っていた言葉遊びです」
「つまり、大きな獲物を釣るには、魅力ある餌が必要だということだな。君は説明するのに、少々周りくどい言い方をするな。知識をひけらかしたいという欲求は私もわかるが」
「閣下に言ったわけではありません。両端で獅子のように唸っている衛兵殿に説明して差し上げたのですよ」
俺に促され、司令官は横の衛兵を見つめる。俺の指摘通り、獅子のように睨む2人に対して、司令官の瞳は実に涼しげだった。
「なに……。彼らは私の部下だ。必ず理解してくれる。だから、餌は私だ」
「閣下……!」
衛兵は引き下がる。
しかし、待っていたのは司令官の鋭い視線だった。
「主だった将校が穴蔵に潜ってしまった。こんな作戦、私以外引き受ける者などいないだろう」
「そ、それは――――」
反論できず、ついに衛兵は引き下がる。
司令官は前を向いた。
「その方向で作戦を立案してくれ。君主導でな」
「本当に自分でよろしいのですか?」
「君以外に誰がいる? 頼むぞ、172番」
やれやれ……。
犯人を捕まえるだけじゃなく、作戦立案までしろというのか。
何か貧乏くじを引かされたような気がするが、逆に言えば自分の思い通りにしていいということもある。
『カタメ』を捕縛し、2系統の職業魔法を取得できた経緯とその秘密を暴く。
軍に引き渡すには、その後でいいだろう。
「ふふ……」
この作戦……。最後に笑うのは、この俺のようだな。
◆◇◆◇◆
「おいひぃいぃいいぃぃいい!!」
ラシュアの悲鳴が、軍司令部からほど近い喫茶店に響く。
小型のシャンデリア。落ち着いた色調の絵画。濃い木目調の椅子やテーブルが目立つ、高級感溢れる喫茶店内には、俺たちしかいない。
真っ昼間というのもあるだろうが、やはり『殺人鬼』の噂は大したものだ。これでは商売あがったりだろう。
しかし、ラシュアはそんな喫茶店の経営を救うべくスィーツを貪り食っている。
マイトーゾというスィーツで、1つ1つ小さいのだが、ブリオン生地の間にはたっぷりの生クリームと、苺などのフルーツがこれでもかとふんだんに使われている。
ブリオン生地というのは、極力水を使わず、代わりに牛乳とバター、卵、砂糖で膨らましたパンのことだ。
水を使わないから非常に贅沢で、貴族の間でしか食べられていない。
そこに加えて、生クリームとフルーツである。
成長期に過度な糖質、脂質を取るわけにはいかず、俺は大人しく紅茶をすすっているのだが、ラシュアはそれらを鯨の如く食べていた。
「よくそんな甘い物を食えるなあ」
諸に表情に出して言ったのだが、ラシュアはどこ吹く風だ。そのまま天に召されるのではないかと思う程幸せそうな顔をして、またマイトーゾを1個口の中に放り込んだ。
「だっておいしいだもの。それにね。スイーツは別腹なの」
なんだ? この女。
胃を2つ持っているのか。
牛? いや、もしくは魔獣か。
なるほど。ならば、そんな甘いものをひょいひょいと食べられるのも、合点がいく。
「172番君。今あなた、私に対してとんでもない勘違いをしていない」
「さあな。それよりも太ってもしらんぞ」
「いいじゃない! どうせ帰って、また訓練に明け暮れたら減るんだし。今のうちに食べておかないと」
やれやれ……。
作戦前にどうしても行き来たい所があるというから付き合ったが、まさかスイーツを食べたいだけとはな。
「ここ! 貴族が通う店なの。前から行ってみたかったのよね。あ! 店員さん、ワーフルサンドと、バターサンドも追加」
まだ食うのか……。
『カタメ』なんかよりも、ラシュアの食欲の方が恐ろしいぞ。
「そうだ。172番君。ちょっと考えたんだけどさ」
「なんだ? 注文したスイーツに合う紅茶のことか?」
俺は気分を落ち着けるように芳醇な茶葉の香り漂う紅茶を啜った。
「そうじゃなくて、君の名前だよ。『172番』なんて言いにくいし。君は名乗ってくれなさそうだし。だから、私が付けてあげようと思って」
「お前が??」
「えっと……。安直なんだけど古代語で『1』は『ラン』、『7』は『セルン』、『2』は『ルー』でしょ。頭文字を取って、ラセルってのはどう?」
俺は一瞬、手を止める。
だが、一瞬は一瞬だった。
「断る」
「ええ?? なんでよ!」
「名前のセンスはともかく、そもそもお前が名付け親というのは気に入らない」
「ぶー。いいもん! 私が勝手に言うから」
「勝手にしろ」
はあ……。本当に厄介な案内役が俺に随行したものだ。
教官たちが決めたというが、もしかしたら今までの嫌がらせの中で、一番効いてるかもしれない。スキルポイントがもらえるわけでもないしな。
さっさと『カタメ』を見つけて、訓練場に戻って、思う存分鍛錬したいものだ。