外伝Ⅵ カタメの男②
「訓練生172番。召集命令により到着しました」
俺は軍隊式の敬礼を取る。
こういう軍隊の慣習のようなものは、前世から好きではない。
だが、命令に従うだけ殺人鬼を欲する組織としては、なるべく平均化し、人間らしさを奪う必要があったのだろう。
番号で言わせるのも、そうした慣習の一つなのだ。
「同じく訓練生98番。命令により未成年である訓練生172番とともに随行、到着しました」
横の98番も敬礼をする。
確か王都に行く家族に会いに行くんじゃんなかったのか。
結局付いてきてしまった。
ちなみに大量の荷物は、司令部入口に預けてもらっている。
横の98番を一瞥した後、俺は前を向く。
「よく来たな、172番」
くるりと翻り、穏やかな顔を向けたのは、いつぞやの司令官だった。
確かミリアスとかいったか。
まさか軍司令部の最高責任者直々の呼び出しとは……。
もしや、以前あった一件の意趣返しだろうか。でも、本人を弁護するわけではないが、そんな人間とは思えないが。
それに俺は訓練生で、向こうは最高指揮権を持つ司令官である。
首なんていつでも飛ばせるはずだ。
ということは、他の要件か。
薄々はわかっているが……。
司令官の両隣に立つ武装した兵士を見つめる。
なかなかの手練れだが、精々Bランク冒険者程度の実力だろう。
つまり、俺より弱いということだ。司令官の実力からしても、どっちが護衛対象者かわからない。それほどの開きがある。
それでも前線が人材を欲している今、司令官の護衛としては最大限譲歩した結果なのだろう。
「98番も随行任務ご苦労。2人とも楽にしていい」
「「はっ!!」」
敬礼時、俺たちは少し足を広げた。手は前だ。この時代の軍隊では、手を前に組ませる。
なかなか合理的だ。後ろに組ませると、魔法の発生がわからなくなる。いざという時、対処できないのだ。
「遠い所、ご苦労だった。それにしても172番。また強くなったのではないか」
司令官は目を光らせる。
ミリアス司令官と相対したのは、2ヶ月前になる。
うまく発破をかけられたおかげで、かなり実の入った鍛錬を続けられていた。
今なら、剣ありでも司令官を倒せると言いたいところなのだが、司令官の方も鍛錬を怠っていないらしい。
白生地の軍服に隠れてはいるが、前に戦った時よりも肩幅が広くなっていた。
「Bランクのゴールドヘッドを単独で倒したそうだな。報告は受けているぞ」
というと、流石の屈強な衛兵も顔を見合わせていた。
それがおかしいのか。司令官はクスリと笑った。
「まあ、背は相変わらず伸びてないようだが……」
それはほっとけ!
俺の成長期は大器晩成型なのだ。
これ以上放っておくと、司令官の思い出話になりそうなので、俺は自分から話題を振った。
「それで司令官殿。わざわざ自分を呼び出した理由をそろそろお聞かせいただきたいのですが……」
「ふむ。そうだな」
先ほどまで穏やかだった司令官の顔が曇る。
すると、机の上に書類を並べてみせた。中には人相書きや、殺害されたと思われる兵士の遺体を克明に描写されたものもある。恐らく【学者】の【自動書記】によって映し取った絵だ。
そして、司令官が指差したのは軍人の顔だった。
短髪に、褐色の肌。片目には大きな傷があり、完全に塞がっている。隻眼は刃のように鋭く、如何にも実直そうな口元は固く結ばれていた。
首は太く、その下の体格を否応に想起させてくれる。
如何にも軍人という迫力ある顔つきだ。
「ネルワルト・ピット軍曹。職業魔法は【戦士】。軍歴は9年。作戦参加回数220回。討伐魔獣1233体、魔族10体。なかなかの成績を残している。まあ、君から見れば凡庸な兵士といえるかもな」
数値だけみれば、華々しい戦績といえるかもしれないが、1回の作戦において、魔獣討伐数の平均が6体は平凡といえば、平凡といえるだろう。
だが、9年間で220回も作戦遂行のために参加していたのは、なかなかだ。頑丈な身体の持ち主か、1回の戦闘において被弾しないように常に気を配って戦っていたか。
後者であるなら、6体というのは頷ける話だ。
「軍曹が何かしたんですか?」
それまで黙っていた98番が話を促す。
「彼は元軍曹だ。そして我々は今、『カタメ』と呼称し、行方を追っている」
「え?」
「彼は魔獣や魔族どころか、同胞である兵士や将校に手をかけた。被害者は12名。全員が亡くなっている。しかも、ここ1ヶ月のうちにだ。……今や王都ではその噂で持ちきりらしい。王都に『殺人鬼』が現れたとね」
なるほど。
王都が閑散としていたのは、戦時下ということに加えて、『殺人鬼』の噂のせいというわけか。
「それで司令官殿。自分が呼び出された理由をまだ伺っておりませんが」
だいたい察しはついてはいるがな。
ミリアス司令官は少々わざとらしく椅子に座り、机に肘を突きながら間を取る。
「賢い君のことだ。概ね察しはついていると思うが、君に『カタメ』の捜索に加わってもらう。生死は問わない。見つけたら私に引き渡しほしい」
「あ、あの……!」
声をあげたのは、98番だった。
「98番、何かな?」
「は、はい。差し出がましいですが、172番はまだ未成年です。実力はあったとしても、魔獣や魔族はともかく元軍人を殺害依頼するのは、倫理上いかがなものでしょうか?」
驚いた。
元々肝っ玉が据わった女だとは思っていたが、まさか一兵卒にも満たない訓練生が、最高指揮権を持つ司令官に意見するとはな。
それがどういうことを意味するのか、わかってて言ってるのだろうか?
俺の疑問を余所に、ミリアス司令官は破顔した。
「はははは……。確かに98番の意見はもっともだな」
「司令官殿、自分からも言わせて下さい。98番の言うような未成年云々はともかくとして、何故訓練生である俺に白羽の矢を立てたのか、お答えいただけませんでしょうか?」
一応、98番に助け船を出してやる。
これは俺の代わりに馬車の切符を買ってくれた礼だ。
すると、司令官は一瞬考え込む素振りを見せた後、穏やかに答えた。
「わからないかね? 172番、君が強いからだよ。君なら、後ろの衛兵の意識を刈って、私を屠ることも可能なのではないかな」
ギョッとしたのは、背後に控えた衛兵たちだ。舐められたと思ったのだろう。衛兵たちは俺の方を見ながら、どこか挑むように憤然とした表情を見せた。
おいおい。変にヘイトを俺に向けないでほしいものだ。
「それはともかく、君が優秀な人材と認めた上での人選だ。わかっていると思うが、今や人類軍は有事の真っ最中。ただそのお膝元で起きた些細な殺人鬼に手を焼いているわけにもいかない」
確かにそのために前線から優秀な【魔導士】や他の職業魔法の使い手を呼びつけるわけにはいかない。
「しかし、『カタメ』はそれほど強い。すでにBランクに相当する軍人を2人殺している。その強さはAランク、いやそれ以上の可能性がある。しかし、君なら対処できると踏んでいる」
「こういうのは何ですが、ご自身がやった方が早かったのでは?」
「そうしたいのは山々だが、この衛兵と秘書が許してくれないのだ」
ははは……(苦笑)。
両サイドの衛兵は、護衛ではなく飛び出していく司令官を見張るためのものか。
司令官の周りも、かなり苦労していると思われる。
それはともかくとして、あまり気乗りしない任務だ。
人間相手ではスキルポイントが稼げないからな。英雄的行動と取られるかは未知数だ。
いっそ『殺人鬼』が1000人、2000人ぐらい人を殺してくれていれば、その目算も立つというものだが。
そもそもこういう場合、軍内部の権力的闘争が裏に絡んでいる可能性がある。あまりややこしい足の引っ張り合いには、首を突っ込みたくないのだが……。
とはいえ、司令官の直々の依頼だ。無下にもできんか。
「あまり気乗りしてないようだな。やはり同属殺しは気が重いかね」
「あまり良いものではありません。『殺人鬼』の縁者に憎まれる可能性もあるので」
「なるほど。だが、君が興味を持つようなことが1つだけある」
すると、司令官は1枚の資料を俺に見せた。
そこに書かれた内容を見て、俺は息を呑む。
「本当ですか?」
にわかに信じがたい。
だが、司令官は頷いた。
「間違いない。カタメは【戦士】の使い手でありながら――――」
【鍛冶師】の魔法を使える人間だ……。