外伝Ⅵ カタメの男①
☆★☆★ コミックス1巻発売まであと 4日 ☆★☆★
7月19日に発売です。
外伝に出てくる172番がちょっとだけ出てきます!
この【魔導士】が、将来的にこうなるのかあ~、
とちょっと感慨深く見ていただければ幸いです。
◆◇◆◇◆ 教官たち ◆◇◆◇◆
「ぶははははは!!」
大笑したのは訓練教官の1人だった。いつもうるさい、172番の担当教官である。
教官室で仮眠をとっていた残りの教官たちは、その下品な笑い声を聞いて顔を上げた。
「なんだ、藪から棒に」
「やったぞ」
「何がだ?」
「172番だ」
「また何かやったのか、あの小僧」
「もう放っておけ。我々にはどうしようもない。関わるだけ無駄だ」
「それより、この前の雪中行軍のおかげで膝の具合がおかしいのだ。もうしばらく安静にさせてくれないか」
「爺臭いことを言ってる場合ではないぞ」
「立派なジジイだ」
「お前だってジジイだろ」
一斉に反論される。
半ば呆れながら、部屋に飛び込んできた教官は、2人の前に紙を広げた。
冒頭には『召喚状』と書かれている。
さらに内容を追っていくと、172番の大本営司令部に出頭せよ、というものだった。しかも『直ちに』と書かれている。
「どうだ! ついにあの小僧が司令部へ出頭することになったぞ。ぐはははは! やっとあいつの悪事が明るみに出る時が来たのだ」
「悪事を犯していたのは、我々の方だったように思うがな」
「まったくだ。特に今笑ってるヤツ」
「だ、黙れ! これでやっと厄介払いできるぞ」
「意気軒昂なのは結構だが、これが悪いことではなく、良いことならばどうする?」
「はっ?」
「あり得るな。司令官もお気に召していたようだし。案外、現場を越えて出世するかもしれない」
「背広を着て戻ってきたりしてな」
「その時、いよいよ我々もお役御免かもしれぬ。存外、痛い目を見るのは我々かもしれないぞ」
「ぐぬぬぬぬ! うるさいうるさいうるさい! どうして、お前たちはそう卑屈なのだ」
「「お前に言われたくない!」」
きっぱり言われる。
変な空気が流れたところで、冷静な教官は1つ召喚状を見て、思うところがあった。
「ところで、172番を誰が司令部のある王都へ連れていく?」
「え?」
「え? じゃない……。あいつは一応10歳だぞ。しかも、田舎町出身だ。さすがに案内が必要だろ?」
「そうだな? 案内もつけず10歳の訓練兵を行かせて、定刻通りに172番が到着できなければ、我々が責任を追及されるかもしれぬ」
「誰か警護の者を……」
「そんな人材どこにいる? 警護の人間を立てるぐらいなら、戦場に回している」
「ここにいるのは、ひよっこと、老いさらばえた教官だけだ。どうする? お前が行くか?」
「それがいい。172番と一緒にこってり絞られてこい」
2人は声を出して笑う。
それを172番担当の教官は「ぐぎぎぎ」と歯を食いしばって睨むのだった。
◆◇◆◇◆
「ここが王都か……」
馬車を降りた俺は周囲を見つめる。
墨を薄めたような灰色の下。
その下には、鏡で映し取ったような灰色の街があった。
整備が行き届いていないガタガタの石畳みに、塗装の剥がれた煉瓦壁の宿屋。さぞ戦前は人通りが絶えなかったであろう大通りは閑散としていて、沿道にはポツンと1軒寂しそうに民芸品を売る出店が立っているだけだ。
もうもうと窓から煙を吐いているのは、鍛冶屋だろう。
ここから戦地に向けて、今も武器と戦力を供給し続けているのだ。
王都といえば、煌びやかで白亜の城が建っていると思われがちだ、もうそういうのは英雄譚の中でしか語られないものらしい。
北を見ると、鈍色の雲を映し取ったような寂れた王宮が建っている。立派なものは何もない。精々王宮の尖塔の上でたなびく人類軍の旗ぐらいなものだ。
「172! 172番君!!」
ふと我に返って踵を返す。
訓練場を思い出して、軍隊式の回れ右を披露してしまったが、視線の先にいたのは、怖い教官様ではなく、軍服を着た女性隊員だった。
着用している軍服がまだ真新しい。
それもそのはず。
この女も、そして俺も軍服を着たのは、訓練所に入る時の辞令式以来だからだ。
つまりは、目の前の女隊員も同じ、訓練兵である。
何がどうしてこうなったのか知らんが、教官は王都に不慣れな俺のために案内人として同じ訓練兵を選んだのである。
10歳ということを考慮して案内をつけたのだろうが、俺としてありがた迷惑だ。
と最初こそ思っていたのだが、前世の頃と違って色々と勝手が違う。
王都からここまで来るための馬車に乗るためにも、「きっぷ」というものを買わなければならないことを俺は初めて知らなかった。
戦時下で、紙代も馬鹿にならないというのに、ご大層なことだ。
「見てないで、荷物を馬車から降ろすのを手伝ってよ」
「俺の荷物はこれだけだ」
同僚から借りた古ぼけた麻の鞄を掲げる。
他の荷物は全部女性隊員のものだ。
精々1週間ぐらいの旅程にもかかわらず、随分と荷物が多い。軽く、俺の5倍はあるだろう。
「女の子には色々あるのよ。それにあたし、王都出身だし。両親のためにお土産とか買って帰りたいじゃない」
「98番、今回は帰省休暇でも、旅行でもないんだぞ」
こいつは訓練生番号98番(俺と違って、きちんとした名前はあり、馬車で聞いたが忘れてしまった)。
俺と同じ【魔導士】で、よく俺の近くで訓練していて、たまに視界に入るヤツだ。
本人曰く、山でのレクリエーションの時に、魔法で吹き飛ばした1人らしいのだが、そんなことを覚えているぐらいなら魔獣の正確な知識を詰め込んでおく方がずっと有用だ。つまり覚えていない。
「固いこと言わないでよ。これでも絞ったんだから! 折角の帰省なんだから、家族に会いたいじゃない。ねっ? 手伝って。お願い!」
お願い、と言われてもな。
俺は神でも悪魔でもないのだが。
「やれやれ……。仕方ないか」
「やった! さすが172番君。やさしのね」
いきなり俺の頭を掴むと、98番は自分の胸に押し込んだ。
訓練で毎日虐げられ、俺の身体は確実に筋肉を付け始めているというのに、この女の胸は蒸かしたパンのように柔らかい。
「ええい。やめろ!」
突き放す。
「あなたの髪って、なんか触り心地がいいのよね。麦畑に飛び込んだみたいな? 金髪だし」
「俺はお前の抱き枕じゃないぞ。そもそも家族でも恋人でもないのに、男にいきなり抱きつくんじゃない」
「いいじゃない。172番って、しっかりしてるけど、まだ10歳だし。私からすれば、少し歳の離れた弟みたいなものだしね。……それともいっちょ前に照れてるのかあ??」
98番はニヤニヤと笑う。
笑っているが、何が面白いのだ。俺にはちっとも笑いのツボがわからん。
まったく破廉恥の女である。
しばらく留守にしていた間に、ガルベールの貞操観念は崩れたのだろうか。
俺は98番の荷物を下ろす手伝いをしながら口を開いた。
「98番。お前に付き合ってる時間はない。俺はとっとと用事を済ませて、訓練場に帰りたいんだ」
そして1日でも早く身体を作り、魔法を自在に操作し、戦場へと赴く。
多くのスキルポイントを獲得して、【魔導士】を極めるのだ。
「げっ! 172番、あんな地獄に戻りたいの。私は嫌だよ。無駄に走らされるし、女の子なのに筋肉がつくし。いくら人類のためって言ってもさあ」
やれやれ……。
こいつにはまず精神から叩き上げなければならないのではないだろうか。
と言っても、この98番は俺の次ぐらいに成績がいいはずだ。
身体能力は普通より上程度だったと思うが、魔法や戦術理解について訓練生トップだ。といっても、俺を除けばだが。
こうして長話をするのは初めてだが、こんなヤツだったとはな。
そもそも馬車で散々1人で喋ってたくせに、まだ喋り足りないのだろうか。
「お前は案内人だ、98番。俺を軍司令部まで送り届けば、後は好きにしていいはず。ともかく軍司令部に送り届けてくれないか」
「あれ? 何を言ってるのよ。172番君。軍司令部ならあなたの後ろにあるでしょ?」
「ん?」
振り返ると、そこには鋭い格子塀にぐるりと囲まれた屋敷が建っていた。
かなり大きい。貴族の屋敷だとばかり思っていたが、ここが軍司令部なのか。
だが、よく見ると人類軍の旗が靡いている。
どうやら間違いないようだ。
「ありがとう。恩に切る、98番」
「ラシュア」
「は?」
「私の名前はラシュア・ネール・ウィシューム。ラシュアって呼んでってって言ったじゃない。もう忘れたの?」
黒髪に、青い瞳。
褐色の肌を持つラシュアは人懐っこい笑顔を向ける。
「ああ。忘れた」
「ひどーい! ……もういいわ。ねぇ、でもそろそろ教えてくれない。172番。あなたの本当の名前を」
「俺は172番だ。それ以外に名前はない」
「うそ! だったら軍の入隊希望書にはなんて書いたのよ。もう!」
俺はラシュアを無視して、軍司令部の中に入る。
その後、ラシュアは半泣きになりながら追いかけてくるのだった。