外伝Ⅴ 視察⑤
司令官殿のお説教はなかなか耳に痛い。
ほとんど事実なのだからな。
だが、1つだけ間違っているところがある。戦局の分が|司令官《じぶん
》にあると断じた点である。
それは司令官が見せた油断ではないのかな。
「この状況で笑うか、172番君」
面白い!
司令官殿は動いた。
例の摩擦をゼロにした歩法を使い、ヌルッと俺の前に近づいてくる。
俺は魔法で岩の壁を作った。
「ふん! その程度の防御魔法で私の拳は防げないことはわかっているだろう」
【震動付与】
再び司令官の拳の周りが歪む。
高速で空気を掻き乱しながら、躊躇なく岩の壁を叩き壊す。
破砕した岩は砕け散る……かに見えた。
「ぬっ!!」
分散したと思われた岩の塊が、司令官に襲いかかる。
「防御魔法ではない! 攻性魔法を防御に使ったのか!!」
気勢を吐き、司令官は拳を打ち込んでそのすべてを撃ち落とす。
粉微塵になった岩を確認しつつ、司令官の視線が走った。
「そこだ!!」
拳を打ち出し、側面から接近しつつあった俺を迎撃しようとした。
ドンッ!
爆発音のような音を立てて、俺は司令官の拳を受け止める。
重さ、速さ、タイミング……。
すべて申し分ない。
「おかげで手の平の皮が剥けてしまいました」
「君はわかっていない。私の拳を受け止める怖さ」
「わかっているつもりですよ、司令官殿」
「ふん。小僧が……」
司令官は猛る。
【震動――――】
呪唱しようとした瞬間だった。
【魔力消去】!!
俺もすかさず呪唱する。
これは魔法の効果を打ち消す魔法だ。
これによって、司令官にかかっていたすべての魔法効果が打ち消されることになる。
「チッ!」
司令官の顔が歪んだ。
だが、俺は容赦しない。
さらに1歩踏み込み、そして手には次なる一手が握られていた。
【暴風泡】!
思いっきり司令官の腹に叩きつける。
「ぬお!!」
さすがの司令官殿も悲鳴を上げる。
そのまま訓練場の外側まで吹き飛ばされた。
「し、司令官!!」
椅子を蹴って立ち上がったのは教官たちだ。秘書たちも血相を変えるが、その上司はしぶとかった。
地面に強く叩きつけられながらも、すぐ起き上がろうとする。
拳を握ろうとするが、その前に俺が手をかざした。
「悪いが、これ以上あなたの攻撃ターンはありません」
【樹状縛鎖】!
地面から突然、茎が伸びると司令官を絡め取る。
むろん、司令官も黙っていなかった。
【震動付与】
全身を震わせ、茎を振り払おうとする。だが、ほぼ無限に伸びてくる茎に足止めされつつあった。
「むぅ!」
「司令官、俺は確かにあなたを侮っていました。それについてはお詫びします。ですが、あなたもまた俺の姿や、自分の実績から来る慢心から、油断があったことは事実。本来であれば、俺が空に飛んでいる時に仕留めておけば良かった」
「なかなか言うではないか。確かにそうらしいのぅ」
確かに今の俺は未熟だ。
【魔導士】になって日も浅いし、身体も整っていない。
だが、司令官になくて俺にあるもの。
それは【魔導士】を除く、5大職業魔法を極めた経験。
司令官は確かに強いが、彼以上の職人と俺は戦っている。
何よりも司令官は、俺が【鍛冶師】だった頃と比べても、圧倒的に弱かった。
もっと言えば、彼が使う戦術は俺が【鍛冶師】時代に編み出していたものなのに過ぎない。
そして、俺はその対処法を知っている。つまりは弱点である。
如何に優れた【鍛冶師】も、魔法が限定される以上、どうしても一芸に秀でることになる。そこに敗因が生まれるのだ。
「あなたは俺の本気を引き出してしまった。それがあなたの敗因です」
司令官の視線が空を望むが見えた。
周囲の視線も、上空へと向かう。
煌びやかに光っていた星などではない。
無数の雷精を帯びた武器たちであった。
【爆轟神雷】
俺は躊躇なく手を振り下ろす。
空を流れ星のように駆け抜けると、雷精の武器は司令官に向かって殺到した。
「司令官殿!」
「司令官!」
教官、あるいは秘書たちが叫ぶ。
訓練生たちも固唾を呑んで見守った。
完璧に着弾した。
普通なら塵と残っていまい。
「ひゃ、172番!」
「いくらなんでもやり過ぎだ」
「そうだ。何を考えて――――」
俺が鋭い視線を浴びせると、教官たちはたちまち黙り込んでしまう。
「本当にそう思っているのですか?」
俺は顎をしゃくる。
濛々と煙が上がる爆心地から、人影が見えた。
手を後ろにして、飄々と現れたのは司令官である。
さすがに無傷とはいかなかったらしい。折角の正装がボロボロで、上半身の肌が露出していた。50とは思えない立派な筋肉だ。この司令官、後方に控えさせるのは勿体ないぞ。
何となく予感はあったが、あれを受けて生きているとはな。
手応えはあったのだが……。
「ごほっ! ふぅ……。まったくエラい目にあったわい」
「俺としては、その程度済んだのが驚きですよ」
「まったく……。君は飛んだじゃじゃ馬だな。私でなければ死んでいたぞ」
司令官の発言に、秘書たちが「ぎょっ」と目を剥く。
すぐに俺の方を睨んだが、それを諫めたのは司令官だった。
「なかなか良い余興だった」
「余興ですか……。一体、先ほどの攻撃をどうやって避けたんですか? 一手ご教授いただきたいのですが」
まるで俺の台詞を待っていたかのように、司令官は微笑む。
「まあ、どんな時も奥の手というのは、残して置くものだよ」
司令官は白い長衣の裏に隠していた仕込み剣を見せる。
どうやら拳ではなく、剣こそがこの司令官の真骨頂らしい。
お互い本気を出すギリギリまでせめぎ合っていたわけだ。
これ以上踏み込むと、本当に殺してしまい兼ねないからな。
お互いに……。
「司令官、大丈夫ですか?」
「お怪我が……」
「すぐに処置室に!」
教官三馬鹿トリオがやってくる。
揉み手をしながら、早速司令官に取り入るムーブを起こした。
「心配ない。ただのかすり傷だ。それにしても、お前たち。喜べ。172番は優秀な兵士だ。少々じゃじゃ馬だがな」
「そ、そのようですな」
「ええ……。私たちも困ってまして」
「司令官には是非――」
三馬鹿は脂ぎった顔で笑顔を浮かべる。
必死になって話題を逸らそうとしているのが見え見えだった。
「だがしかしだ――。たとえ、172番優秀であっても、お前たちは教官だ。教官が訓練兵に侮られるなどあってはならない」
「え?」
「そ、それは……」
「し、司令官殿??」
「よって、今からお前たちを含めた特別訓練を敢行する。そうだな。北の雪山が良かろう。5日ぐらいでどうだ? 足腰を鍛えるのには持って来いだぞ」
「いや、司令官……」
「我々はそのぉ……」
「じ、持病の癪が……」
「ん? 何か言ったか、教官。それとも……」
お前たちだけ、10日ほど雪山に放り出してやろうか?
司令官の瞳が狼のように閃いた。
「ふはははは! 心配するな。その時は、私も随行しよう。この身体は冷ますにはちょうどよかろうよ」
大きな声を上げて笑う。
教官たちの顔から血の気が引き、もはや赤黒くなっていたのは言うまでもなかった。
拙作『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』のコミカライズ更新日となっております。
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