外伝Ⅴ 視察④
危なかった……。
あのまま何もしなければ、俺の敗北は間違いなかったはずだ。
体よく脱出できたとしても、向こうのペースに呑まれてジリ貧だったかもしれない。
咄嗟とはいえ【浮揚】を獲得できたことは僥倖と言えよう。
ただ念願の飛行魔法をこうして実戦の場でいきなり使うことになったのは、少々不本意ではあるがな。
咄嗟に使ったが、魔力制御がかなり難しい。ただ空中で止まっていることがこれほど難しいとはな。
「ん?」
殺気を感じて、俺は全速力でその場から離脱する。
次の瞬間、司令官の手が俺の腿をかすめた。
かなり距離を取ったはずだが、ここまで【伸縮】で手を伸ばしてくるとは……。身体が相当柔らかくなければ、できない芸当なんだが。
「コラコラ……。空に逃げて浮かれてる場合ではないぞ、172番君」
司令官は「ほっほっほっ」と気味の悪い声を上げる。
すると、おもむろに司令官は地面に落ちていた石を拾い上げた。
手に収まる程度の石をいくつか拾い上げると、振りかぶり、さらに伸縮した腕を反る。
「まさか……」
嫌な予感が脳裏によぎると、背中に汗が噴き出た。
俺は再び全速力で逃げるのだが。
「遅い!!」
司令官の経験と知恵、最後に渾身の力を込めて石を投げる。
速い!
投げる力に加えて、【鍛冶師】の【物体加速】までかけてる。
司令官の言う通り、空に逃げたのは悪手か。
それでも躱せないわけではない。
段々【浮揚】の制御が掴めてきたぞ。ここから一気に反撃に移るとしよう。
「ほれ……。すぐ安心する」
「え?」
司令官の声を聞いて、俺は振り返る。躱した石が俺の方に向かってきていた。
「チッ! 【追跡】まで付与したのか!!」
【伸縮】に【物体加速】【伸縮】、どうせ【震動付与】と、石を硬くするために【硬度付与】までついているのだろう。
職業魔法の五重起動。
それを汗1つやってのけるとは、さすが職人だけはある。
いや、感心してる場合ではないか。
回避は不可。
受けるか?
いや、【硬度付与】されて【物体加速】までかかっている。
生半可な防御では貫かれるし、空中で踏ん張りが利かない。
吹き飛ばされるのがオチだ。
「ならば、落とす!!」
【氷戟多弾】!!
氷の戟を作り出すと、俺は一斉に発射する。
すべて撃ち落とすことに、何とか成功すると、俺は息を切らしながら地上に降り立つ。
「やっと下りてきたか」
「ええ……。かなり痛い目を見ましたからね」
「使い慣れていない魔法をいきなり実戦なぞに投入するから悪い」
「肝に銘じておきましょう」
「だが、褒めるところもある。私の攻撃を受けずに迎撃したところだ。それに迎撃した魔法のチョイスもいい。あそこは本来【金剛多弾】を使いたいところだが、上空で土魔法は相性が悪い。あの場面で水魔法は正解だ」
ご丁寧に解説まで付けてくれる。
まるで司令官相手が主催する講義のネタに使われているような気分になってきた。
事実、周りは沈黙している。
言わずもがな、俺たちの戦いのレベルの凄さに言葉も出ないらしい。
こっちは【魔導士】以外の魔法を極めた元賢者で、まだ道半ば。そして相手は熟達した〝職人〟。
いい試合になって当然だろう。
「君の悪いところは、相手を少し軽んじているところだね。……私ぐらいの相手なら、初期対応で十分と踏んだかね? ふむ。少々舐められたものだ」
司令官は自分の顎を撫でる。
はっきり言おう。まったくその通りだ。
俺は多分、この司令官を舐めていた。
相手は〝職人〟だ。
でも、初めて出会ったわけではない。今までの繰り返した転生の中で、俺は何度も〝職人〟と呼ばれた六大職業魔法の使い手たちと相対している。
今目の前の司令官以上の使い手と戦ったこともある。そして俺は勝利してきた。
だが、それは俺が【戦士】、【聖職者】、【鍛冶師】、【探索者】、【学者】の魔法を熟達した段階の話であった。
その経験が俺の動きを雑にさせていたことは、間違いない。
そもそも10歳でこんな好敵手と出会えるとは思わなかった。
冷静に戦力を分析すると、やや向こうに分がある状態だ。
ただし、それはこれまで通り、俺が不真面目に戦えばの話だがな。
本気を出すと言えば、少しチープに感じるかもしれないが、ここまでは相手の出方を見て、積極的に動いてこなかった。
「では、次は俺の〝職人〟技というヤツを見てもらおうか」
「ほう。それは楽しみだ」
そう言って、司令官はニヤリと笑うのだった。









