外伝Ⅴ 視察②
「お前、何を言ってるんだ?」
ふざけるな。それとも寝ぼけているのか?
訓練中に的の前に現れたのは、お前の方だ。ご丁寧に【気配遮断】と【消身】を使ってな。
どう考えても故意としか思えん。
それに教官に当てたのは、俺の魔法じゃない。隣で同じ的を狙っていた女の【魔導士】だ。
怪我を負った教官の弁解は続いた。
「私は的を直そうとしたんだ。撃つなと忠告したのに、この172番が」
「待て! 俺はやってない!」
「ならば、お前以外に誰がいるというのだ?」
「それは――――」
一瞬、横の女だと言いかけたが、俺は1度口を収めた。
恐らくだが、これは俺を狙った茶番で間違いないだろう。
横の女は巻き込まれただけに過ぎない。
俺が狙われたのは、数々の態度に教官が業を煮やしたからだ。
ここで女を差し出したとしても、難癖を付けて俺を犯人に仕立てあげる。たとえば、今動揺している女を強請ったりしてな。
やれやれ……。
相当憎まれたものだな。
俺は真面目に訓練をしていただけなんだが。
「どうした? 何があった?」
逡巡していると、騒然とする訓練場には似つかわしくない穏やかな声が、耳朶を打った。
そして現れたのが、今回訓練場の視察に訪れていた総司令官閣下だったというわけだ。
「ミリアス司令官! こいつです! この者がそうです!!」
突然、教官は俺を指差しつつ、司令官に近づいていく。その切羽詰まった表情を見て、思わず参謀や秘書官、案内役少佐ですら司令官の前に出て、守ろうとするが、それを制止したのは当の本人だった。
「ほう。では、この者が10歳の少年兵か。ははは、孫によく似ておるわ」
ミリアスという司令官は「ははは」と笑った。
孫って……。それは暗に俺が小さいと言いたいのか。
じ、事実だが侮らないでもらいたいな。まだ成長期が来てないだけだ。
「はい。とても生意気な小僧でして。先ほども殺されそうになりました」
「殺され……。ほう、それは穏やかではないな」
「はい。相当なじゃじゃ馬でして」
俺の方を振り返りながら、司令官は「ぐふふふ」とイヤらしい笑みを浮かべる。
「どうか。この172番の鼻っ柱折っていただけないでしょうか?」
「10歳の子どもと司令官を」
「馬鹿げています。訓練場のトラブルに司令官を巻き込まないでいただきたい」
教官の頼みに、秘書官たちから異論が噴出した。
しかし――――。
「良かろう」
『ミリアス司令官!?』
秘書官たちは口を揃えたが、当の司令官はやる気だ。早速、白い軍服の上着を秘書官に預け、タイを取ると胸元を弛めた。
「本気ですか、司令官?」
「本気を出すかどうかは相手次第だろう。教官の話は本当であれば、彼は相当な使い手ということになる。1つ私はその力量を計るのも、仕事のうちというものだろう」
本気か? と俺もまた疑ったが、どうやらよくあることのようだ。
控えた秘書官や参謀が「こうなったらテコでも動かない」という顔をして、呆れている。
やれやれ……。
この時代にはまともな老人がいないのか。司令官に上り詰めたのだが、それなりに手練れであろうが、さすがに年を取りすぎだ。
結局、この戦いは避けられず、俺と司令官は戦うことになったのだ。
長い説明であったが、こうして今に至るというわけだ。
完全に教官たちにはめられた。そもそもこの司令官も、今回の件が俺に対する報復だと気付いても良さそうなのに……。
結局、司令官も馬鹿なのか、それとも知っていて茶番に乗っているのか。
それを気取らせないぐらいには、強者のようだ。
とはいえ、老人の冷や水でしかない。速攻で終わらせて、訓練に戻ることにしよう。
「172番君、君は【魔導士】だね」
「はい」
「私が君の職業魔法を知っていて、君が私の職業魔法を知らないのは不公平だ。あらかじめ明かしておこう。私は【鍛冶師】だ」
「そうですか。ご丁寧にどうも」
わざわざ明かしてくれたところ悪いが、基本的に相手による職業魔法の自白は信じないことにしている。
過去、それで騙されたことがあるからだ。
特に【戦士】と【鍛冶師】の職業魔法は性質上似ているものが多い。割と簡単に騙ることができるのだ。
俺は司令官から目をそらす。
先ほど黒焦げになった教官を見ると、ヤニで黄色くなった歯をこちらに見せて笑っていた。
俺に老将の相手をさせて、何が楽しいんだ?
「では、始めようかね」
司令官は深く腰を下ろす。
片手を突き出し、弓弦を引くようにもう片方の手を絞る。
ゾクッ……。
怖気が走る。
急に身体が震え出した。
同時に俺は自分が明らかに失敗したことに気付く。
(この司令官、今の今まで覇者の気配を隠していたのか?)
クソッ!!
なんてことだ。
今の今まで気付かなかった。
ただの老将だと決めつけていた。
違う!
この男は違う。
老齢という年齢にさしかかろうというにもかかわらず、きちんと牙を研いでるタイプだ。
そして、その牙を隠せるタイプ。
飛んだ隠し球が出てきたな。
確かにこれは最高のトラップだ。
「ほう……」
ミリアス司令官は俺の方を見て声を上げる。
唯一残った隻眼に映った俺の顔は、悪魔のように笑っていた。
面白い……。
まさかこんな寂れた訓練場に、こんなに美味しそうな訓練相手が現れるとはな。
「驚いたな。君、本当に10歳かね」
「驚いたのはこっちの方ですよ、司令官。牙を、いや爪を隠していましたね」
「ははは……。能ある鷹はなんとやらだ」
軽く自分の頭を叩く。
一瞬戯けるミリアス司令官だったが、もう次には一部の隙もなかった。
はっきり言って、勝敗はわからなくなった。
だが、強者との戦闘とはこういうものだ。
俺もまた構える。
「はじめ!!」
開始の合図が響く。
突如、勃発した司令官vs俺。
新進気鋭の10歳の新兵と司令官との戦いは、否が応でも盛り上がる。
教官たちも額に筋を浮かべて熱狂していた。
最初反対していた秘書官たちも息を呑んでいる。
「行くぞ、172番君」
司令官の構えからして、武器は拳打か。
それはメインウェポンかどうかはわからないが、いずにしろ接近戦に持ち込まれれば、こっちが不利になるのはかもしれない。
相手の出方がわからない以上、こっちは【魔導士】が得意な中長距離からの狙撃に――――。
「随分、君の思考はごちゃごちゃしてるようだね。考えるよりも、まず動いた方が良い。特に私のような曲者相手にはね」
「なっ!!」
気が付いた時には、構えたままの司令官が目の前にいた。
ほとんど動いていない。
俺の距離感が狂った?
何かの魔法か?
一切身体を動かさず、俺に近づくなんて魔法――【鍛冶師】には……。
「この距離にあっても、ごちゃごちゃと考えているな。どれ、頭を空っぽにしてあげよう」
ついに司令官の拳が動く。
蛇のように動くと、俺のこめかみを狙う。
俺はなんとか身体を倒した。
体幹は鍛えてきた。これぐらいなら上体の動きだけで逃げられる。
「ほう! 鍛えているな!!」
「あまり侮らないでもらおうか!!」
俺も応戦する。
手には【初炎】の塊が握られていた。
【魔導士】が近距離に弱いと思ったら大間違いだ。特に俺と戦う時はな。
だが――――。
スッ――――!
司令官はほとんど態勢を変えることなく、後ろに下がる。
あっさりと俺の【初炎】を躱した。
(今の動き……!)
俺はあることに気付く。
「ほう。もう気付いたのか」
ミリアス司令官は微笑む。
俺はこの間に距離を取った。
「なるほど。司令官になれるわけだ。司令官、あなたは――――」
職人ですね……。
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