外伝Ⅴ 視察①
【コミカライズ更新日】
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山狩りから遡ること2週間前……。
3人の教官たちは丸いテーブルに座って固まっていた。
いつものなら使い古したカードとチップが並ぶ遊興の場であるのだが、今1枚の手紙が広げられているだけだ。
教官たちは総じて暗い顔をしていて、1人は天を仰ぎ、1人はテーブルに肘を突いて項垂れ、1人は激しく貧乏揺すりをしている。
いずれの姿も、普段しごき上げている新人どもには見せられない情けない姿であった。
沈鬱な空気の中、1人が口を開く。
「ついにこの日が来たか……」
「ふふふ……」
すると、突然1人の教官が笑い始める。
「どうした? ついに頭でもおかしくなったか?」
「そうではない」
「だったら、なんだ?」
「ヤツだ。やっと172番の鼻を明かせる」
「またあいつか」
「懲りないな」
2人は肩を竦めたが、172番担当の教官は肩を揺すって、笑いを収めない。
「本当によく笑える。毎年恒例の大本営司令官の視察だぞ」
「去年の悪夢を忘れてないだろうな」
172番の教官を睨み付ける。
テーブルの手紙は、大本営からの連絡だった。
今より2日後、司令官直々に視察に来るのだそうだ。
この司令官の視察は毎年の抜き打ちで行われる。しかもただ司令官が新兵の訓練風景や設備などを歩いて見回るなどという生やさしい視察ではない。新兵がきちんと教育が行き届いているか、数名の参謀や秘書官を伴って査定される。
新兵の質もそうなのだが、どちらかという教官の査定に重きを置かれていて、結果が悪いと容赦なく減給される。
言わば、教官たちの教官が来るような事態だった。
「今の司令官はゴリゴリの武闘派だ」
「なんでそんな男が後方勤務なのか……。最前線で死んでればいいものを。昨年の悪夢再びか」
昨年の視察では新兵の質が悪いと怒鳴られた末、突然碌な装備も持たぬままに、新兵と一緒に雪中行軍をさせられた苦い経験がある。
今年はまだ好天に恵まれそうなのでまだマシだが、何を申しつけられるかわからない。
「お前たち、もうちょっと頭を使え」
「はあ? 何を言ってる?」
「アルコール漬けになった頭のお前に言われてもな」
「あの172番は異常だ」
抜きんでた力と才能を持っている。
今すぐ前線に出てもおかしくない。いや、10歳という年齢でなければとうの昔に送っていただろう。
新兵の中でも実力は頭抜けているが、性格は最悪だ。教官に対して、馬鹿にするような態度を取ることもしばしばだった。
仲間の教官の口から漏れた『異常』という言葉に、他の2名は同時に頷く。
「卓越した能力は勿論だが、性格上問題がある。ならば、我らがすることは1つだ。性格を矯正してやればいい。あいつを従順な豚にすれば我々の株も上がる」
「それが出来ないから、こうして困っているのだろう?」
「そうだ。困っているからこそ願い出るのだ」
「話が見えんぞ。もっとわかりやすく言ってくれ」
「つまりだ」
ゴホンと咳払いしたあと、教官は立ち上がりテーブルに身を乗り出しながら訴えた。
「司令官に願い出るのだよ」
「どうやって……?」
「素直に事情を話せばいい。『最近一部の新兵の増長が激しい。故に1度司令官の胸を借り、新兵の鼻を明かしてほしい』とな。どうだ?」
「強引ではないか?」
「いや、悪くない案だとオレは思うぞ。少なくとも172番の実力を見れば、司令官も納得して帰還されるだろう」
「いずれにしても、あの172番頼りになのは情けない限りだがな」
「それを言うな! これは絶好の機会だぞ。今に見ていろ、172番! お前の鼻っ柱を根本まで粉砕してやるからな」
教官はちょび髭を撫でながら、今日もニヤリと笑うのだった
◆◇◆◇◆
どうしてこうなった?
今、俺は混乱の最中にいる。
場所は血と汗と涙が薫る新兵訓練場の野外訓練場。
周りには新兵がズラリと並び、さらにそこには3人の教官が立って、口端を吊り上げ笑っていた。
そして見慣れぬ集団が1つ。
如何にも後方勤務といった事務方の人間が、眼鏡を吊り上げながら興味深くこちらを注視している。
「どうした? 緊張しているのかな、172番〝君〟」
目の前に立っていたのは、軍服を着た男だ。
しかも白軍服。これを軍内で着ることができるのは、わずかな人間しかいない。
すなわち大将以上の諸将だけである(先ほど教官の説明を受けた)。
確かに立ち居振る舞いが、教官や野外訓練場の外側に立って見学している後方勤務とは違う。
人としての重みを、目の前の男から感じた。
真っ黒な黒髪を後ろに撫で付け、口元や目尻には皺が寄っている。身体は細く、一見すれば人の良さそうなお爺ちゃんといったところだが、漏れ漂う覇気からしてタダの老将ではなさそうだ。
10歳の俺に向ける顔は、確かに田舎の祖父といった風情……と言っても、数ある生の中で、俺に祖父などいたことはないがな。
だが、墨で塗りつぶしような黒目は油断なく、さらに言うと潰れた片目には一体何がどうなったらそうなるのだろうと思うような痛々しい古傷が残っていた。
さて、ここまでの経緯を整理しておくと、一昨日新兵は教官殿に呼び出された。
『最近、お前らはたるんでおる!!』
大きな太鼓腹を突き出しながら訴えると、まず新兵訓練所を徹底的に掃除を始めた。
たるんでるのは教官殿だろうと、新兵たちの文句を横で聞きながら、俺は黙々と掃除を行っていた。
俺には官舎のトイレ掃除が命じられた。官舎には男女ともに4つある。なかなか骨が折れる作業になるはずだと教官殿は勘違いしていたようだが、俺は水属性魔法を使ってものの10分で終わらせてしまった。
こんなもの水圧をかければいくらでも、汚れは取れるし、弁槽の排泄物も燃やして粉みじんにすれば一発だ。
布団を敷いて眠れるぐらいに綺麗にした俺は、暇だったので1人で訓練をしていた。
そこに教官が通りかかり、1日中かかると思われた官舎のトイレ掃除を……いや、少々巻き戻し過ぎたな。
司令官殿が新兵訓練所の視察に来たところから話を始めよう。
初めは特別なことはない。
いつも通りの訓練だ。どこからか司令官の武勇伝を聞きつけた情報通の話のおかげで、新兵が盛り下がるようなことはあったが、ともかく俺たちは訓練に集中した。
教官たちも当然ピリピリしている。
いつもはテーブルを置いて賭け事をしている癖に、今日は珍しく俺たちの側に来て、気勢を吐いていた。
普段の訓練もそれぐらい真剣にやれば、もう少し従順になるだろうに……。
やれやれ、と首を振りながら、的に向かって魔法を放っていると、突然的の前に人が現れる。
「何ッ!!」
魔法をキャンセルした。
だが、すぐ隣で俺と同じく的に向かって魔法を放っていた新兵は、そこまで器用なことはできない。
「ダメ!」
声が上がったが、遅かりしだった。
「ギャアアアアアア!!」
こだましたのは、豚の鳴き声みたいな悲鳴であった。
火だるまとなって、暴れ回る。俺はすぐに【水撃波】の魔法を使おうとしたが、その前に教官たちが対処していた。随分早いな。まるでこうなるとわかっていたみたいだ。
すぐに回復魔法をかけられる。幸い服が焦げた程度で、赤くなった皮膚は即時に再生された。
起き上がったのは、俺の担当教官だ。
それにしても、いきなり射線に入ってくるとは何事だ。俺が直前まで気付かなかったということは、恐らく【気配遮断】と【消身】を使っていたのだろう。
この教官は確か【鍛冶師】だったはず。となれば、協力者がいる。新兵の中にこれらの魔法を使うものは少ない。特定は可能だろうが、今はこの豚の意図を探る方が先だ。
「おい! 大丈夫か?」
「何があった?」
教官たちが状況を聞く。
俺の側に立っていた【魔導士】の女新兵は顔を真っ青にしていた。
面倒な事になりそうだな。仕方ない。俺が弁護をしてやるか。
「172番だ! 172番がやった?」
……はっ?