外伝Ⅰ 最強の始まり(前編)
☆☆ コミカライズ 2月6日より開始 ☆☆
ニコニコ漫画の「水曜日はまったりダッシュエックスコミックス」内で始まります。
作画はSAO「ガールズ・オプス」シリーズも担当された猫猫猫先生にご担当いただきました。
ストイックに最強を目指すラセルの活躍を、是非コミックスでご堪能下さい。
此れはまだラセル・シン・スタークが、172番と呼ばれていた頃のお話……。
「172! 172番、どこだ!?」
抹茶色の軍服を着た男が叫んでいた。
その声は多くの兵士がせわしなく行き交う陣地に響く。
まだ硝煙の匂いが濃く、微かに銅を水に混ぜたような匂いが、くぐもった悲鳴が聞こえる白いテントから漂ってきた。
残念ながら、ピクニックのような楽しそうな雰囲気を微塵も感じさせない。
その陣内の上を覆うのは、どんよりとした分厚い雲だった。
西から東へ……。
まるで何かから逃げるように雲が走り、地平へと消えていく
風が強まり、時々砲声のような音が遠くで聞こえた。
その度に召集された新兵は身を強ばらせたが、進み出てきた新兵の気色は違う。
「172番です」
そう短く答える。
砲声に気付いて空を仰いでいた軍曹は、新兵の身長に気付いて、目を細める。
持っていた書類を捲り、改めてプロフィールに目を通した。
「172番……。お前、10歳というのは本当か?」
軍曹は「ぷっ」と小さく吹き出しながら尋ねる。
10歳と言うが、少年の背丈は平均から考えてかなり低い。
さらに中性的な顔と、長く伸ばした金髪のせいで人形のような愛らしさすらあった。
「…………」
少年兵は沈黙を以て答える。
そのふてぶてしい態度に、当然軍曹の語気が荒くなった。
「答えろ。軍隊では上官の命令は絶対だ」
寡黙で、背丈が軍曹の肩もない少年兵に注意する。
鉄拳制裁すら躊躇しない軍曹は振りかぶると、やたら中性的な少年の顔に拳打を放った。が、あっさりと躱される。
それも奇妙な動きだった。
咄嗟に避けたというよりは、何か水が緩やかに方向転換するような卓越した動きのように見え、軍曹以外のものは感嘆の息を漏らす。
気が付けば、少年兵は軍曹の間合いの奥に踏み込んでいた。
剣で突いても、魔法でなぎ払っても、拳打で突いても、まさに必中の間合いだ。
「失礼しました、軍曹殿。その情報の通りです。どうぞ進めて下さい」
軍曹はペタリと尻餅を付いた。
少年は何もやっていない。
ただ言葉の上に、ほんの少し殺気を混ぜただけだ。
ただそれだけで、すでに二桁に及ぶ戦場をくぐり抜けた軍曹に尻を突かせた。
しばし軍曹は唖然としていたが、少年に舐められたことをふと思い出し、顔を真っ赤にして立ち上がる。
その後、鉄拳制裁を試みることはなかったが、「下がれ」と現れた少年兵こと〝172番〟を手で払う。
大人しくしたがった〝172番〟は、軍隊式の直立こそしたが、表情から軍曹の能力を侮るようなふてぶてしさは消えなかった。
軍曹は再び書類を捲る。
「ふん。それにしても10歳で志願兵とは。人類に対する忠誠心だけは褒めてやる。……ほう。孤児か。今さら珍しくないが、よくその歳で院を出ていくことを認められたものだな」
「シスターのサインは、その書類に書いてあると思いますが」
また殴りかかりそうになるのを、軍曹自らは押しとどめる。
だが、その軍曹の怒りを逆撫でするように〝172番〟はこう続けた。
「俺の目的は人類の救済ではありません」
「なに?」
「心配には及びません。それは結果的に達成すると思います。ただ俺の目的はそこにはないだけです」
「は? なら、お前の目的はなんだ?」
「六代職業魔法の同時取得……。すなわち――――。
【戦士】
【聖職者】
【魔導士】
【鍛冶師】
【探索者】
【学者】
「樹状世界ガルベールにおける魔法をすべて取得することです」
〝172番〟はそう言い切った。
「ぷぷぷ……。あははははははははははは!!」
軍曹は大きなお腹を抱えて、笑い出す。
彼だけではない。聞いていた新兵たちや、他の将校たちも失笑を禁じ得なかった。
「お前、バカか!!」
軍曹は喝破する。
「六大職業魔法は、1人1つの職業魔法しか使えない。魔法がそもそも使えない【村人】を除いてな。それはガルベールを作った創造神がお決めになったことだ。同時取得など、神の所行よ」
「神に会っています。無理だと言われましたが」
「はあ? お前、本当にさっきから何言ってるんだ。舐めてるのか? ああん?」
ついに軍曹の堪忍袋の緒が切れる。
整列する新兵を押しのけ、10歳の少年を捻り上げた。
誰も止めることもない。それは軍曹が怖いというより、周囲もまた子どもの戯言にうんざりしていたからだろう。
教育的指導ということで、一発殴り、戦場と社会の厳しさを教えてやれ。
皆の胸中は1つに一致していた。
「別に舐めてなどいません。百歩譲ったところでおいしそうには見えないし、食べたところでお腹を下しそうですから。それより早く戦場へ行きましょう。魔族を蹂躙すればいいのでしょう?」
「まだ喋るのか!?」
「俺は訓練するために、軍隊に入ったのです。魔法をすべて習得するため」
〝172番〟の言葉に、再び沈黙が降りる。
そしてまたお決まりの笑いが漏れた。
しかし、〝172番〟は相変わらず大まじめに答える。
「今のままではスキルポイントが少なすぎます。当面の生活費も必要です。なら、軍人に成る方が手っ取り早いと考えました」
「バカか! お前みたいな上背のない新兵が、前線に出れると思うな。精々便所を磨くか、病人の下の世話が関の山だ」
すると、〝172番〟は手を掲げる。
次の瞬間、ステータスウィンドが開いた。
それを見た瞬間、怒り心頭だった軍曹の表情が緩む。
目を細め、忌々しげに吐き捨てた。
「チッ! こんなクソ生意気な小僧が【魔導士】とはな」
【魔導士】は職業魔法の中で、最強の戦闘魔法と言われている。
性質上、遠距離に特化しているが、その威力は極めればあらゆる職業魔法を凌駕すると言われてきた。
六大職業魔法の中でもっとも少なく、貴重。
戦地に送られれば、即戦力として鍛えられる。
「それよりも軍曹殿」
胸ぐらを掴まれながら、〝172番〟の表情は涼やかだった。
周囲から見てわからなかったが、軍曹はずっと力を入れ続けている。
だが、それ以上持ち上げることも、首を絞め上げることも叶わない。
それがわかっているのは、軍曹と〝172番〟だけである。
「いつになったら、新兵実地試験というのは始まるんだ?」
〝172番〟は視線を余所に向ける。
そこには軍曹による手荒い歓迎を受けた新兵たちが倒れていた。
頭や腕に痣が浮かび、中には骨折して立てない者すらいる。
男女容赦なく、むしろ女などは執拗にいたぶられた形跡があり、新品の軍服がすでにビリビリに剥かれて、辱められていた。
今日、着任した新兵の力量を計るというが、もはやそれは虐待に近い。
将校たちは後ろでそれを見ていたが、止めに入る様子はない。
むしろ先ほどから軍曹の気遣いに一喜一憂している様子だった。
すでに試験という趣はない。
新兵を使ったストリップショーの様相を呈していた。
軍曹は微笑む。
その質問を待ってましたというばかりにだ。
ようやく〝172番〟から手を離すと、こみ上げてきた笑い声を隠そうとしなかった
「子どもだと思って免除してやろうと思ったが、本人は試験を望むというなら仕方ない」
「別に……。望んではいません。ただ試験に受からないと、戦地に行けそうにないので」
「ふははははは! よーし。良かろう」
軍曹は後ろを向き、将校たちの様子を伺う。
3人の将校たちは勝手にしろとばかりに、葉巻を振った。
お許しが出た軍曹は目を光らせる。
パシッと手を叩くと、肩口から何か燃え上がるのが見えるほど、やる気を漲らせた。
また長らく小説家になろうでご愛顧いただいた『劣等職の最強賢者』ですが、
近くカクヨムにお引っ越しさせていただきます。
こちらのページは今回の外伝を残して、すべて削除させていただきますので、
あしからずご了承いただければ幸いです。
引き続きニコニコ漫画のコミックスおよび原作小説を楽しんでいただければ幸いです。
よろしくお願いします。