第六話 散りゆく想い。
夜鈴が案じた通り、儀式は失敗した。祭器はことごとく砕け、二度と儀式は行えない。
それから三日、夜鈴と神主は部屋にこもって話し込んでいた。
「神主様、皆不安がっています。どうかあのことを告げましょう。」
「しかし…」
「私一人の命で済むのです。大切な人を守れるのなら、喜んで命を捧げましょう。」
「…」
神主は悩んでいた。夜鈴は舞うだろう。間違いなく。
(夜鈴のことは他に方法がない限り頼むしかなかろう。だが、今告げたら…友羽は必ず止める。失敗したら取り返しのつかぬことに…)
突然夜鈴は自分の髪飾りを外した。
「神主様が案じていることもよくわかります。私は自分に呪いをかけましょう。」
「?」
「魂の欠片を髪飾りに封じ、死して後ヒダマリとこの世を隔てる扉となりましょう。そうすれば、万が一失敗してもどうにかなります。」
夜鈴にしては少し無理やり出したような答えだったが、神主は渋々頷いた。
夜鈴はその場で移魂ノ儀式を行った。桃色の髪飾りに、輝く宝石のような魂の欠片がすっと入って行く。
夜鈴は髪飾りをもう一度つけ、立ち上がった。
「神主様、急ぎましょう。時間がありません。私は身支度をしてきます。六ノ鐘が鳴る時刻に皆様を本堂へお集めください。」
夜鈴はそう言うと、神主の部屋から出て行った。が、すぐに引き返してくると神主に言った。
「神主様、これを友羽様に渡してくださいませんか?もちろん私が舞った後に。」
「わかった。必ず渡そう。」
神主は最後に小さな声で言った。
「……すまない、夜鈴…お前にこんなことを……」
夜鈴は微笑むと、今度こそ部屋を出て行った。
「何事か…」
「悪い知らせでないといいが…」
本殿はざわめきに包まれていた。
スッと戸が開き、神主と夜鈴が入ってきた。二人とも正装している。
「みんな揃っているか?」
数人の姿が見当たらなかったが、二人は構わずみんなの前に立った。それっきり神主も夜鈴も口を閉ざした。
(まさか…)
儀式を任された一同は、嫌な予感に身震いした。
「世界は…滅びてしまうのですか?」
「儀式はどうなったのですか?」
「もうどうしようもないのですか?」
事情を知らない人々が、沈黙に耐え切れず声をあげた。
夜鈴は周りを見渡すと、落ち着いた声で言った。
「儀式は失敗です。…ただ、あとひとつだけ方法があります。」
事情を知っている者の顔は強張ったが、それ以外の者は表情を和らげた。
だが、夜鈴が方法について話すと全員の表情が固まった。
「そんな…」
「他には…何か…」
「これしか方法はありません。」
人々の小さな抗議の声も虚しく、夜鈴は冷静に言った。
「ご理解ください。」
その時、大きな揺れが本殿を襲った。
「きゃあ!」
「何⁉︎」
「危ない!」
「気をつけて!」
夜鈴は顔をしかめた。
「まさか…こんなに早く……みなさん!急いでここから離れてください!急いで!ヒダマリが予想よりも早く開放されたようです!北へお逃げください!」
「なっ⁉︎」
「急げ!」
夜鈴の珍しく切羽詰まった声に、人々は波のように本殿から出て行った。
「鈴!」
友羽が夜鈴を追おうとすると、神主に手首を掴まれた。
「離してください!鈴を、夜鈴を追わないと!」
「少し待て。」
「なんでですか⁉︎」
神主は友羽を一瞥し、開け放たれた扉に目を移した。
”どうか、友羽様に私を負わせないでください。”夜鈴はそう言っていた。
(”友羽様に止められたら、きっと決意が鈍ってしまう。”か。)
神主の頬を涙が伝う。
「神主様?」
「友羽…きっと、絶対夜鈴は舞うだろう。救いを求めて。」
「だから止めなくてはっ!」
「だめだ。今止めたら、夜鈴の決意を無駄にしてしまう。夜鈴のことを本当に想うのなら…」
「世界なんてどうだっていいんだ!鈴が、夜鈴が…」
「夜鈴は世界のために舞おうとしているのではない。全ては…」
「もういい!」
友羽は神主を振り切ると走り出した。
=現世=
春の野原を駆ける鹿、始まりは常春の地で。
黎明の頃に空を見よ、導きの星が天空に。
宵の口まで地を歩き、青光の星を目にしたら、松濤を追い山の中。
雲雀笛に導かれ、西へ西へと進む旅。
嬬恋鳥の鳴く声が、聖なる泉へ導いて。
泉に住まう清き鳥、青き月が上り詰め、東風吹く頃に涙する。
その鳥の名は鈴鳴流波瑠凪。
鈴鳴流波瑠凪が与えるは、清き心の者にのみ。
輝く聖魂の主にのみ。
(月が、青い。滅びの月。)
前世の月。それと同じように、少女たちの上空にも青い月があった。
二人は封印ノ儀を行うことにした。
かつての森があった場所で。祭壇を作り、手順どうりに儀式を行う。
「これはここでいいの?」
そんな風にお互い確認しながら。
すべてが終わり、あとは片付けるだけ。封印に使った道具を燃やす。
二人は気がついているだろうか。儀式が失敗していることに。二人は二つの失敗をした。
一つ目は舞の動きが遅かったこと。二つ目は封印の扉がちゃんと閉まっていなかったこと。二つとも、闇の者たちが仕掛けたものだった。
滅びは少しずつ、でも確実に迫っていた。
儀式から一ヶ月。月は青く鈍い輝きを放っている。
「今日も青いね。」
希音は言う。季音も頷く。
青は不吉な色。災いの前触れ。青は涙の色だから。
希音も夜鈴と同じ舞を舞う時が来るのだろうか?
空には星が輝いている。その中に黒く大きな影が浮かんだ。
「青龍?」
希音が手を差し伸べると、青龍は人の姿をとって降り立った。
「どうしたの?」
<そなたに知らせがある。星文が浮かんだのだ。>
星文、星に印をつけることで後世にものを伝える術。後世で必要になった時に浮かぶのだ。
<悲劇を繰り返さないために。夜鈴の魂の欠片は今もこの世にある。それを使いなさい。星を見よ、そして紐解け。過去の知識と祈りの力を。>
青龍は姿を変えると、飛び立った。
希音は星を見上げた。星々は夜鈴からの文をくっきりと写していた。
『聖水出でし泉より、我汝へ文を申す。守護なる力を持ちし者へ。星々と共に輝ける灯火、青き輝き放ちし時、闇の使い来たりて、汝を苦しめん。闇を裂く灯火を守護し、闇の力封じし法ここに記す。記されし術持ちて、汝我を呼び出さん。我汝の元を訪れ、救いのため舞わんとする。汝の祈り星々が受け、我元へ放たれよう。時を遥かに結ばれし結。我汝の元にて、時と共に舞う。それ舞われし時、新たなる結によりて結ばれし、我ら心同一にあり。五祈同一に存ずる時、赤き光放たれ、青き光封じられようとせんことを祈する。四は我らと汝ら、一は皇子にあり。全ての結は夢中より通ずる。次に記すは封じの法なり。
光陰も寸陰に足らず露の間と呼ぶに当たる。悠久の時を越え星霜と共に生する。我永安を祈りここに舞う。黎明と共に悪しき者の力を封ずる。初夜を星々が迎えると共に儀は始まる。星々に月に祈りを捧げここに唱える。花々よ美しく在り給へ。草木よ風にそよぎ給へ。鳥よ高く囀り給へ。川よ清く流れ給へ。空よ青く澄み給へ。星々よ強く輝き給へ。月よ気高く在り給へ。時の彼方の巫女よ、美しく空に舞い給へ。時を数えし我ここに祈る。すべての者を救い給へ。五つの星ここに舞い降りて地を照らさん。我が願いのもと、願い叶え給へ。』