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第四話 月日は巡る。

 「もうすっかり春になりましたね。」

夜鈴よすず友羽ゆうやを振り帰って言った。

「そうだな。夜月希よつき殿の様子はどうだ?」

「鹿を追って森をかける間に、体力もつき、今では私たちといい勝負ですよ。」

夜鈴は青空を見上げた。

「友羽様と出逢ったのもこんな日でしたね。」

「あぁ。」

 友羽は笛を取り出すと静かに吹いた。

ピロロロ〜ロロロ、ピロロ〜ピロロロ…‥

笛の音は雪の歌を紡いだ。フワッと空から白い粉が舞い降りる。

「あの時も雪を降らせてくださった…」


 いつの日のことだっただろうか。母も姉も神事の用意に追われていた。

 夜鈴は神主に呼び出され、初めて一人でここに訪れた。途中で、案内してくれた巫女を見失い迷っていたのだ。

「どうしたの?」

「!」

夜鈴が振り返るとそこには少年が立っていた。

「あの、神主様のところへ行きたいの…」

「案内してあげるよ。」

少年はそう言うと夜鈴の手をとって歩き始めた。夜鈴より二歳くらい年上だろうか。五歳くらいの少年だった。

 神主は夜鈴に儀式の舞い手を頼んだ。

「舞姫が怪我をしてしまってな。代わりが見つからないのだ。」

夜鈴は怯えていた。大勢の前で舞ったことがなかったから。

 神主に言われるがまま、夜鈴は舞台に立った。だが、立ったはいいものの、身がすくんで動けなかった。

 そんな夜鈴を友羽は励ましてくれたのだ。

ピロロロ〜

どこからともなく聞こえてきた笛の音に人々は周囲を見回した。そんな人々の上に白い粉雪が舞うのを夜鈴は見た。


 人々のざわめきが小さくなった時、夜鈴は舞った。雪に励まされるかのように。その動きは流れるように美しかった。この時から夜鈴は胡蝶こちょう舞螢宮のまいのほたるみやと呼ばれるようになったのだった。星明りの下で蝶のように鼓舞する巫女として。そしてまた、この時から夜鈴は友羽を尊敬するようになったのだった。 


 「嬉しかったです、とても。私を助けてくださったこと、感謝してもしきれません。」

頭をさげる夜鈴を見て、友羽は微笑んだ。

「鈴は十分頑張ってる。もういいよ、そんなに気を負わないで。」

「ありがとうございます。」


 夜鈴が去ると、入れ違いに夕虹ゆうにじが中庭を訪れた。

「友羽様?」

「あぁ、夕虹か。…調子はどうだ?」

「いつも通りです。今、そこで夜鈴様とすれ違いました。」

「あぁ、先程までここにいた。」

「なぜ、お気持ちをお伝えしないのですか?」

「鈴は…夜鈴は舞っている時が一番美しい。」

「?」

夕虹は首を傾げた。

「私が気持ちを伝えたとして何になる?婚約という鎖で繋がれることを、舞姫の汚れとするこの神社で育った鈴に気持ちを伝えるなど、鈴にとっては重荷でしかない。」

「ですが、夜鈴様は知りたいと思っていますよ。」

「鈴が?」

「夜鈴様は友羽様のことを想っています。」

「どうしてそう思う?」

「見ていればわかります。」

 夕虹は空に手を掲げた。そして、夕虹は舞い始めた。雨乞いの舞を。

 こうなった夕虹に、もはや言葉は通じない。夕虹が舞終わるまで待たなくてはいけないのだ。そんなわけで、こうなった夕虹は放っておかれるのだった。

 ザァー

夕虹の舞によって雨が降り始めた。夕虹は濡れるのも気にせず、舞い続けた。

 一方、友羽はというと、かなり前に中へ戻っていた。

 雨の中一人舞う夕虹に、一人の少女が近づいていった。少女の名は星流希せらき。夕虹が指導を担当している巫女見習いだった。

 星流希もまた、夕虹と一緒に舞い始めた。


 夕虹は目を閉じ、自分の愛しく思う者へ思いを馳せた。

いつのことだっただろうか。

暖かな日差しの降り注ぐ日だったように思う。


 「急がなくては!」

パタパタとなる足音は廊下に響き、一足踏み間違えたら躓いてしまいそうだ。

 彼女の名は夕虹。夜鈴とともに舞う舞姫だ。

「これからの舞はとても大切な場なのに。そのうち律亜りつあ様のような位の高い方がたくさんいらっしゃる。」

そう、今日は年に一度の感謝祭なのだ。

「あっ!」

 そうこう考えているうちに、とうとう躓いてしまった。

「あれ?痛く…ない?」

夕虹は鼻の頭に手をやる。

いつもは大胆に転んで、鼻の頭を真っ赤にしてしまうのに。と、私の下で声がした。

「い、たたた。」

男の人の声だった。顔を上げるとそこには…

「り、律亜様⁉︎」

律亜とは、代々月の力を持つとされる月冴家の皇子だ。

「ま、誠に申し訳ございませんでした。」

「そ、そなたは?」

こんな会話をしていたら遅れてしまう。

「申し訳ございません。この後急ぎの予定がありますので。」

 夕虹は、素早く立ち上がって逃げるように立ち去る。

 「今のは一体…」

律亜はそのままの体勢で呆然と呟いた。

「律亜様、ご存じないのですか?夕虹様を。この神社で二番目の舞手ですよ。私は断然夜鈴様派ですが。」

律亜に付き添っていた家来が言う。

「夕虹、殿か。」


 「そんなことをして良かったのですか?」

夕虹が夜鈴に先ほどのことを伝えると、そう言われてしまった。

「うぅ、反省しております。昨晩、星流希様に舞を教えていたら、寝過ごしてしまったのです。」

「感謝祭が終わったら、ちゃんと謝りに行ってください。月冴家のご子息と訴訟を起こしたとなったら、この神社はすぐに潰れてしまいます。」

「はい、夜鈴様。」

 夜鈴は神社を守るという点において責任感が強い。ゆえに神主に信頼され、年配の巫女を差し置き、若くしてこの神社の巫女を束ねる立場に立ったのだ。

 二人は立ち上がり、舞台に向かう。

 二人が舞う時、人々の時間の流れが緩やかになる。そして、二人は舞を見た人と人の間に見えない絆、結を結ぶ。やがてその結に導かれ、誰かと誰かが結ばれる。

 夕虹と夜鈴もまた、結で結ばれていた。出会った人々は全て皆、結によって結ばれているのだ。


 「いや、見事だった夕虹。」

「神主様、ありがとうございます。これでもまだまだ足りません。もっと美しく舞えるように努力いたします。」

夕虹は笑みを浮かべた。

「そういえば、律亜殿が探しておったが…」

「それは大変。急がなくては。失礼いたします。」

夕虹はまたせかせかと走って行った。

「やれやれ、夕虹も忙しいのお。」


 南の森の泉に律亜は立っていた。

 「律亜様はどこに?」

夕虹はあちこち探し回った。

 そして今、夕虹は森の泉付近を探していた。

「夕虹殿!」

夕虹が後ろを振り向くと、そこには月光を身にまとった律亜が立っていた。

「さ、先ほどは申し訳ございませんでした。それに、きちんと謝罪をせずに行ってしまい…今日はうまく舞えませんでした。」

夕虹は俯向く。

「こんなことをしてしまったから、きっと神様がお怒りになられたのですね。」

夕虹はそう言うと、曖昧な顔で笑った。

「夕虹殿はお美しいですね。まるで、雨が降った後の虹を見ているようだ。」

彼は、幼い少年のようにクシャッと笑った。

「私は、あなたのような人がとても好きです。」

律亜はそう言って夕虹の手を取った。

突然のことに、夕虹は顔を赤らめた。


 その後も何回か会う内に、夕虹は律亜に惹かれていった。美しい月のような彼が、夕虹にはとても素敵に見えていた。

 「今日もわざわざ遠いところからお越し下さりありがとうございます。」

「そんな、たわいもない。私は、あなたの顔が見たかったのですよ。」

夕虹は頬を赤らめる。

「感情が顔に出ていますよ。でも、あなたのそんなところも魅力的です。」

そう言う律亜に夕虹の心は虹色に染まった。

「あなたも十分魅力的です、律亜様。」

 

 この時の夕虹は知らなかった。幸せな日々はもろく、はかなく消えてしまうことを。


 律亜と別れた後、夕虹は一人で雨乞いの舞を舞っていた。夕虹が舞出すともう誰も止めることはできない。雨がしとしと降り始め、やがてザァーと響き始める。

 そこに一人の少女が加わった。星流希だ。星流希も水の力を持っている。夕虹は、星流希にもこの舞を教えてきた。

 二人の舞が終わると、そこには美しい虹がかかった。

「夕虹様は美しいですね!この舞を舞っている時が一番ですわ!」

はしゃいだ声で星流希が言う。夕虹は微笑む。

「さぁ、服が濡れてしまいましたし、早く着替えましょう。風邪をひいてしまいます。」

「はぁい。」

星流希は自分の部屋に戻っていった。


 夕虹は着替えた後に星を見ていた。

「なんとも美しい星々。」

 目を閉じて口ずさむ。両親が教えてくれたあの歌を。

「梓弓、引きみ緩へみ、来ずは来ず、来は来、其を何ぞ…」

 歌い終わるともう一度星を見る。その中に、怪しく暗く光る星があった。赤黒く、闇の原点のような光。夕虹は星に詳しくない。

「何かしら、あの星は。夜鈴様に…でもそれほどのことでもないか…」

森がざわめく。

(今日はもう眠ろう。)

夕虹は、強くなり部屋に駆け込んだ。


 夕虹は後悔する。この時夜鈴に知らせていたら、未来は良き方に進んでいたのだ、と。


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